9 ローズ

 その人は、胡散臭い笑顔を顔に貼り付けた男だった。

 年齢は二十代後半くらいだろうか、長身で爽やかな青年だった。だけど、どうにも信用できない。ちょっとでも隙を見せたら足をすくわれそうな、油断のできない男だった。

 名前を「三好」と名乗ったその男は、カフェに着くなり私の意見も聞かずに珈琲を二つ注文した。店員が去ったあと「あ、飲める?」と挑発するように言ってきたので、私は「大丈夫です」と静かに返答した。


「僕ね、珈琲がないと最近ちょっとイライラするようになっちゃってね。ははっ、世間的にカフェイン中毒っていうやつらしいんだけど」

「そうなんですね」

「うん。別に珈琲とかあったら飲む~くらいだったのに。人間って変わるものだよね」

「……」

「ゆらちゃんが死んでからかな。僕が眠るのが怖くなったのは」


 三好さんは、そう言って私をじろりと舐めるように見つめた。余裕のあるその瞳に、私は上手く言葉を返せずに黙り込んでしまった。

 ゆらが残した「電話番号のメモ」に書かれていたのはこの男の連絡先だった。電話をかけると、彼は私のことを知っているかのように「僕と会ってみる?」と言ってきて、私は何も考えることなく「はい」と答えていた。

 

「どこまで、ゆらちゃんから聞いてるの?」


 三好さんは珈琲に口をつけながら私に尋ねる。


「どこまで、って。何も知らないですよ。三好さんのことも知らないです」

「うん。知ってる」

「……どういうことですか、三好さんは本当にゆらの知り合いなんですか。私はゆらからあなたのことなんか一度も聞いたことなっ」

「そりゃ言わないよ。君は彼女のただの友達だもんね、居心地のいい休憩所。でも、僕は彼女のそれにはなれなかった」

「え……ゆらのこと、好きだったんですか?」

「まさか、そんなわけないじゃん。ご冗談を」


 彼は私の質問に真面目に答えてくれる気はないのだと思った。私のことを挑発するように笑う彼が、ゆらが残した最後の鍵だとは到底思えなかった。

 

「私も暇じゃないんです。真面目に答えてもらってもいいですか」

「……なんで、そんなにイライラしてんの君。ほらっ、珈琲飲んだら」


 まだ口のつけてない珈琲の入ったカップを私の顔の前に彼が運ぶ。人が死んでるというのににやにやと笑えるこいつの神経が理解できずに、私は思わず彼の手をはたいてしまった。衝撃でカップが震え、珈琲が少しだけ飛び散る。こぼれた珈琲を無視して、私と三好さんの視線はぶつかっていた。


「怒んないでよ、そんなに」

「……怒ってません」

「怒ってんじゃん。そんなプンプンしてても人生楽しくないよ~勿体ないじゃんこれからの人生。全部ゆらちゃんのために使うの? それでゆらちゃんが喜んでくれると本気で思ってる?」

「ゆらのことは関係ありません。私がやりたいからやるんです。おかしいですか?」

「……もしさ、ゆらちゃんが最後に爆弾を残したとしようよ、その起爆スイッチをどうして君に託したと思う?」


 たぶん、三好さんが言ってるのはあの「鍵」のことだと思う。この人が何を知ってるのかは分からなかったけれど、私の結論はもう決まっていた。


「そりゃ、爆発させたいからじゃないですか?」


 ゆらが最後に爆弾を残したとして、私は彼女が望むなら自分を巻き込んででも起爆させてやる。これが復讐なのだと思う。ゆらを傷つけた人間を片づけたら、私はもうそっちにいったって構わないでしょ。


 あーあ。こうなってしまう前に、いっそ自分の気持ちを伝えてしまったら良かった。きっと、無理だけど。死んでしまった恋心はもう戻ってこない。残念ながら、ゆらの死とともに爆発しちゃったのだ。

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