17 サロメピンク

「ねぇ、わたしのこと好き?」


 誰かを好きになったとしても、その人と結ばれることはない。わたしはいつか、親の決められた人と結婚をして、その人のために一生を捧げなければいけないのだ。


「もちろん、好きだよ」

「うわぁ、ほんと嘘つくの上手だよね。裕太くん」


 瀬名裕太という男は、本当に「いい性格」をしていると思う。なんなら理想の彼氏と言うべきだろうか。好きと言えば好きと返してくれて、平気な顔で「君だけだよ」と嘘をつく。わたしを手懐けることは容易だったのだろう。わたしは当初の目的をすっかり忘れて彼に恋をして、そしてあっという間に振られてしまったのだ。

 デートを何回か重ねてもうすっかりと恋人同士になったと思った瞬間、ごめんねという最悪な言葉が頭上に降ってきた。世にも不思議な話だ。恋人である「笹原ゆら」と別れていない衝撃事実を突きつけられたあと、彼は当たり前のように「付き合うことはできない」と謝った。もうすっかり恋に落ちて盲目になっていたわたしには衝撃的過ぎてしばらく立ち直れなかったし、許せないと思った。

 だけど、裕太くんはわたしの一枚も二枚も上手で、わたしが笹原ゆらへの復讐のために自分に近づいてきたことを気づいていたし、それを咎めることもしなかった。

 

「ゆらに何されたの?」

「え、えっと、彼氏とられたっていうか」

「ふうん」

「いや、分かってるんだけど、彼氏が勝手に笹原ゆらのこと好きになって振られたのは分かってるんだけどね」

「うん」

「それでも女というものは、奪われたら復讐せねばならぬときがあるんだよ」


 わたしの必死の訴えに、裕太くんはいつも笑っていた。

 我儘なわたしを受け入れてくれた人が久しぶりで心地よくて、わたしは彼の恋人にはなれなかったけれど、私の良き相談相手になってくれた。

 仲良くなればなるほど、わたしは彼のことを好きになっていったし、それと同じくらい彼が笹原ゆら以外の人間に好意を持つことはないという現実を突きつけられた。裕太くんは勘が良かったし、わたしの嘘にすぐに気が付く。だから、ついうっかり口を滑らせてしまったのだ。絶対にお墓にまでもっていこうとしていた秘密も。


「なぁ、お前だれ」


 だからわたしと彼の出会いは必然だったし、これは諦めなければいけない恋だった。私には到底背負いきれないほどの「依存」でしかなかったし、わたしは可哀想な彼を救うことすらできない。

 わたしには笹原ゆらの考えが一ミリも想像できないから、もどかしい。彼女も許されたかったのだろうか。解放されたかったのだろうか。もうわからない。

 「好き」という感情の全てを裏切るそれを、わたしは咎めることができない。だって、彼女と同じ立場になったとき絶対にわたしは逃げてしまうから。


「裕太の幸せがあたしの幸せなんだよ」


 笹原ゆらの言葉を思い出す。あの憎らしい顔で、憎らしい声で、最後にあたしに笑って言ったあの言葉を。

 そんなわけないだろ。あいつは逃げたいだけだ、楽になりたいだけだ。愛とはとても残酷で、そして儚いものだった。


「ねぇ、こたえてよ千晴。」


 わたしは「やばい女」と幼馴染に囲まれて、ホテルの一室で息を飲む。逃げることも許されない。死と隣り合わせの箱に飾りつけのお人形として放り込まれた。笹原ゆらが作ったドールハウスだったんだ、ここは。

 足がすくんで声が出なかった。包丁を突き立てられた千晴がこんな状態なのに笑みを浮かべているのが気持ち悪くて、私は彼が黙り続けるのに無性に腹が立った。

 知らないのはわたしだけだ。わたしだけ除け者だった。

 

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