ピンクと地雷

花乃

プロローグ

1 マゼンタ

「あ、そうだ愛莉聞いた? 笹原さんの首吊り自殺の話」


 爆弾の投下はいきなりだった。

 高校のときの同級生だった笹原ゆらが死んだらしい。友達との通話中に突然出てきた話題に私は思わず言葉を失った。へぇ、そうなんだ。打った相槌はもしかしたら棒読みになってたかもしれない。


「まだわたしたち22なのにねぇ。笹原さんとはそんな仲良くなかったけど、同級生がこんな若く死ぬとなんか悲しいなって」

「うん。そうだね」

「わたし高校のときのクラスのグループ退会するの忘れてて連絡来たんだけどさ、お葬式も身内だけでやったみたい。お墓は高校の近くにあるお寺にあるみたいだから、今度一緒にお墓参り行かない?」

「うん。私もお盆にはそっち帰る予定だから、一緒に行こう」


 声がもしかしたら少し震えていたかもしれない。私はそのとき、一週間前に会った笹原ゆらの姿を思い出していた。高校のときと変わらない綺麗な顔立ちで、髪は淡い栗色に染めていて緩いパーマがかかっていた。髪を耳にかける仕草で見える薄ピンクのネイルが綺麗で、相変わらず男をとっかえひっかえしているのかな、なんて馬鹿なことばかり妄想して、そして彼女の大事な話を軽率に聞き流してしまったのだ。

 私があの時になにか解決策の一つでも見つけていれば彼女は死ななかっただろうか。きっと未来にはいいことあるよ、なんて胡散臭いことの一つや二つ流暢に語っていれば彼女は自殺なんて道を選ばなかっただろうか。一瞬だけ想像して私はかぶりを振った。そんな都合のいい未来があるなら、彼女はきっと死んでいない。


 笹原ゆらが死んだ。高校のときの同級生。クラスのマドンナだった。

 学校のイケメンとそこそこのイケメンはみんな彼女に惚れ、そして一週間ほどで泣かされた。クラスの女子たちはみんな彼女のわがまま女王様っぷりに腹を立て、獣のような好意を抑えられない男たちを軽蔑していた。噂では付き合っていたカップルの男側を誑かして別れさせただとか、気に入られれば一回ならヤらせてもらえるだとか、まあ散々なもので、当時の私はとにかく「関わりたくない」がすべてだった。高校三年間必要な時以外はほとんど喋らなかったような気がする。噂を信じていたというわけではなく、ただカーストが違う人間だと理解していただけなのかもしれない。


「愛莉、今日はありがとね」


 笹原ゆらとのメッセージのやりとりを開いて、最後の文章を読み直す。

 目を瞑ると彼女のことを思い出す。初めて彼女にネイルの仕方を教えてもらったときのこと、ずっと行ってみたかった美術館に付き合ってくれた日のこと、ばかでかいパンケーキタワーを一緒に食べた日のこと。そのときのゆらの笑顔を思い出すと自然と目の縁には涙がたまっていた。

 悲しんでいいのか分からずに、私はその時ようやく気付いたのだ。ゆらはいつも別れ際に次に会う日の予定を大雑把でもいいから決める。でも、それをしなかった。あれが最後だと決めていたかのように。


「なんでさ、勝手に死んじゃうんだよ。ばか」


 夏のはじまり。少しずつ気温が高くなっていて、扇風機を押し入れから出した日。私は友人の訃報を聞いた。

 その日。



 彼女の恋人だった男が訪ねてきた。

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