21 ダフニーピンク
「ゆらに、別れようって言われちゃった」
その日、裕太くんはいつも以上に落ち込んでいた。わたしが精いっぱい丹精こめて作り上げたクズで最低な裕太くんは、彼女の鶴の一声で元通りの純粋な男の子に戻ってしまった。今にも泣きだしそうな彼をずっと慰め続けるわたしは、自分のやった最低な行為の罪悪感で顔が引きつって上手く笑えていなかったかもしれない。
引き金は何だったのだろう。わたしは、結局何もわからない。
彼が現れるきっかけも、彼が何を望んでいるのかも、わたしはきっと理解することができない。だって、わたしもどうでもいいと思っているんだもん。笹原ゆらが苦しめば、裕太くんのことなんてどうでもいいと、そう思ってたから。
「そうやって、ゆらはまた俺を裏切るんだ」
裕太くんの瞳は真っ黒で、彼の視界にはわたしは映っていないかったのだと思う。深い溜息のあと、目の前を覆い隠すような手のひらが私の視界を奪った。
首をいきなりぎゅっと掴まれて、私は息が吸えなくなって苦しくてもがく。歯をぐっと食いしばって、あの日の記憶を思い出して恐怖でいっぱいになった。指の先が皮膚をじわじわと食い込んで私は嗚咽を漏らす。
「ゆらが何考えてるか知らねえけど、お前も都合のいい人形されてるだけだろ」
彼の手の力が抜けた瞬間、わたしはすとんと地面に向かって崩れ落ちる。自然と涙が溢れ出て、声は出せなかった。彼の言葉の意味が分からなかった。いや、理解しようとしていなかっただけだったのかもしれない。
そこにいるのは、やっぱり裕太くんの姿をした裕太くんじゃない人間で、わたしは2度目の「殺される」という恐怖心で精神が壊れてしまいそうになった。笹原ゆらの言葉を思い出してわたしは必死に逃げた。逃げなきゃいけないと思った。
「裕太くんとは上手くいっている」と嘘をつき騙し続けた千晴には「振られた」と言おう。そうだ、そうしよう。
わたしは千晴の家まで走った。ヒールが痛くて、もう歩けないと思いながらも必死に前に進んだ。部屋の中にいた千晴を見ると、安堵感で涙がいっぱい溢れた。許されたかった。裕太くんを自分の思い通りの玩具にして遊んだことを、許されたかった。そんなの、絶対に許されちゃいけないことなのに。
千晴に慰められるこの間、わたしは可哀想な女の子を演じ続けた。嘘をつき続けた女の末路はとても哀れだった。
彼が何なのか、誰なのか、裕太くんなのか分からない。
ただ、私の知っている優しい裕太くんではなかった。まったくの別人。
笹原ゆらが何を考えていたのか知らない、知りたくもない。もう、関わりたくない。たぶん次こそは殺される。恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
「……いっちゃった」
もう遅かった。次のカモはきっとあの女の子なのだ。
わたしの代わりはあの子なんだ。千晴から笹原ゆらが死んだことを聞いて、わたしは確信した。止められなかったことを後悔すると同時に、やっと解放されるのかという安堵間で胸が痛かった。笹原ゆらもおんなじだったのだろうか。
「ゆらちゃんが残した爆弾は、親友の女の子って言ってた。あの子だと思う」
千晴がぼそりと声を漏らした。わたしは涙でぐちゃぐちゃで前も見えなくて、後悔だけが積もり積もってわたしの精神を侵していく。
笹原ゆらの考えはもう誰にも分らない。だって、死んじゃったんだもん。
逃げたんだ。きっと、逃げたのだと思う。
あの化け物の責任をとることもなく、勝手に死んだ。生贄には親友を捧げようとしてる最低な女。あの二人のどっちかが死ぬのかもしれない。もう、わからない。正直どっちでもいい。
笹原ゆらの死を許せないあの女の子が裕太くんを殺すか、裕太くんの皮を被った化け物があの子を殺すか。もう、どっちかしかないのだから。
最後までわたしたちは笹原ゆらの掌の上で転がされ続ける。あの子の台本通りに動いて、そして絶望して終わるのだ。
「もう二人とも死んじゃえばいいんだ」
わたしはすべての思考を放棄した。もうどうにでもなれ。
わたしはこの罪悪感から逃げることはできない。
千晴のことが好きでも、わたしはいつか他の誰かと結婚して偽りの幸せの中で生きていかなければいけないのだ。
もうどうでもよかった。
笹原ゆらのことも、もうどうでもいい。どうでもいいのだ。
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