エピローグ
42 ピンクと地雷
ふと気が付くと、そこはカフェだった。俺の前には話には聞いていた三好さんという男性と、隣にはゆらの親友だった桐島さんがいた。数日前に三好さんに連絡をとったという話はしていたけれど、本当に会うことになるとは思っていなかった。
桐島さんがお手洗いで席を立ったとき、俺も三好さんも気まずかったのだろう、ほとんど喋ることはなかった。うっすらとだけどゆらのことに対して彼に酷いことを言った自覚はあったし、結局ゆらがもう帰ってくることはないんだから忘れたほうが楽なことは分かり切っていた。いまだに変に執着して、彼女の真意を確かめようとする方がおかしいんだ。ゆらはただ死んだだけ。恋人にも友達にも何も言わずに死んだだけなんだ。
「……ペアリング」
三好さんがぼそりと呟いた言葉に俺はふと顔をあげる。
「ペアリング、あなたはしてないんですね」
は?
聞き返そうとしたタイミングで桐島さんが戻ってくる。驚いた表情の俺に気が付いたのか「どうかしました?」と聞いてきたから、俺は「なにも」と返答することしかできなかった。
桐島さんからゆらのペアリングを貰ったのは数週間前のことだ。ゆらの形見として渡されたあの指輪は俺が彼女の誕生日にプレゼントしたものだった。そうだ、どうして桐島さんがあのペアリングを持ってたんだっけ。本当は私にくれるはずだったもの、と彼女はそう言っていた気がする。何が何だか分からなくなって頭がふわふわとして、そこから記憶は曖昧だ。気づいたら、俺は家に帰ってきていた。
あの三好さんのペアリングの話が気になって、俺は自分がつけていたほうのペアリングをしまった引き出しを開けた。と、同時に見たことのない手紙がそこには入っていた。中を見ると可愛らしいピンク色の便箋が数枚入っていて、ゆらの文字で「裕太へ」と、俺宛てへの内容が綴られていた。
俺のことが本当に好きだったこと。俺の記憶が戻る前に早く別れなければいけないと分かっていたこと。病気のことに関してずっと隠し続けていたこと。
俺に幸せになってほしかった。ゆらの手紙には、裏でいろんなことをしていた懺悔が書き残されていた。彼女はどうしようもない人間だったんだなと思う。それでも、俺はゆらのことを愛おしく思うし、もう会えないという事実が苦しくて仕方がない。
ゆらと幸せになりたかった。ゆらが隣で笑っててくれたら、それが一番だったのに。
このどうしようもない感情は、俺にだけしかわからない。あいつは、瀬名裕太そんなこと一ミリも思ってないだろう。きっと、読んだらこの手紙通りびりびりに破くと思う。でも、それはきっと怒りじゃない。
いつか終わる恋だった。俺もそうだ。いつか、いい子じゃいられなくなる日がくるのは分かり切ったことだった。
作り物だった俺には綻びがいくつもあったから、よくここまで耐えたと思う。俺も、もう楽になっていいだろうか。
夢を見る。ゆらの隣にいる夢。ゆらが「好きだよ」と照れたように耳打ちして、二人で一緒に笑った。ゆらのことが好きだ。誰に何と言われようが、ゆらのことが好きだ。
だから、もうお別れだ。
俺はそっと、手紙をもとの場所に戻した。
■
「瀬名さーん? 瀬名さん起きてます?」
ぼうっとしていたのか、ふと顔をあげるとそこには桐島愛莉の顔があった。思っていたより近くてびっくりすると、彼女はへらっと笑って俺にマイクを渡した。
「次、瀬名さんの番ですよ~何入れます?」
彼女の顔は少し赤い。お酒を飲むと彼女はすぐに酔っぱらってしまうのだろう。酒は控えめにした方がいいと何度言ってもきかない。酔ったほうが全部忘れられて楽なんだと言われると、俺も何も言い返せなかった。
「ていうか、お前が歌いたい曲入れて勝手に歌ってればいいだろ」
「え~瀬名さんも歌おうよ。さみしい」
「独りで寂しいなら、早く恋人でも作れよ」
「え~そうだなぁ、そうだよね。できたら、いいのにね」
桐島愛莉がへらっと笑う。意識が朦朧としているのか、頭が俺の肩にこつんと当たった。
今日はゆらの命日だった。彼女が死んで一年が経つ。
今日は一人でいたくないという彼女のお願いを聞く俺も優しいのか、これが下心なのか分からない。ゆらの墓で泣き潰れたあの日の桐島愛莉を思い出すと、彼女を簡単に見捨てることはできなかった。
好きになってはいけない。ゆらの思い通りになってしまうから。
破り捨てたあの手紙のことを思い出す。あの憎たらしい女はきっと今頃、俺のことを嘲笑っているんだろうな。
「好きになるよ、きっと」
カラオケルームの一室で、よく知らないアーティストの曲の宣伝がずっと流れ続けている。
笹原ゆらが最後に残した爆弾はたくさん歌って疲れたのか、俺の隣で幸せそうに眠っていた。
ピンクと地雷 花乃 @loveberry
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます