第16話 世界でたった一人の

 シデン王国の王都に着くまでに街を一つ経由した。


 このシデン王国はその国土の割に町村の数が多い。それというのも、三百年前に西の国が滅び、その時の生き残りがシデン王国に避難し繁栄したからだ。

 だからだろうか、シデン王国の王都はネスヴェルディズナの王都に比べて、民家が密集している印象がある。


 レイトはシデン王都の入り口の門をくぐってそんなことを思った。


「入り口が広い……」


 マリーが門をくぐってすぐにそんなことを呟いた。

 確かに門をくぐってすぐに広場のような開けた場所に出た。周囲にはその広場を囲むように色とりどりの花が植えられている。


「ここは遠征などに出かけて行ったり帰って来た時に兵士が家族と挨拶を交わすための場所なんですよ」


 クレアがマリーの呟きに答えるように言う。


「そのための場所をわざわざ作ってあるんだな……」


 レイトは感心した。国民の立場に立った考え方だ、と思った。

 レイト達は道幅の広い通りを進んで城を目指す。ネスヴェルディズナの王都と同様、様々な店が軒を連ねている。南国ということもあってか、服飾店などでは肌を露出した衣装が多く売られていた。


 クレアは時々、マリーやハウエルに王都の歴史などを説明している。ハウエルは熱心に聞いているが、マリーは興味がないのか、周囲の店を興味深そうに眺めていた。エリンは歩き疲れたのか、ハウエルの背中で眠っている。


 そういえばクレアとマリーがネスヴェルディズナの王都を脱出する時に助けてくれた人物というのは、あのドライフルーツを売っていた男性らしい。名をドルアドと言った。クレアから聞いた話では、そのドルアドという男は瞬時に状況を把握し、逃げ惑う国民達にも的確に指示を出していたという。とてもただの果物売りの男性には見えませんでした、とクレアは言っていた。


 レイトも同感だった。言葉を交わしたのはあの時だけだが、とても堂々とした佇まいで、立ち居振る舞いに隙がなかったように思う。


 ふと右側の袖を引っ張られた。考えにふけっていたせいで、袖を引っ張ったのがマリーだと気づくのに数秒かかった。


「どうした?」

「お城が見えてきた」


 マリーは前方を指差して言った。つられるように前を見ると、薄い青で塗装された城壁が見えてきた。城門の側には同じく薄い青の花が数種類植えられている。


「綺麗な花じゃの」


 ハウエルが感嘆の声を漏らした。


「その花は夏切り草と言って、触るとひんやりしてるんですよ」


 クレアが説明すると、ハウエルはエリンをクレアに預け花に手を触れた。


「本当じゃ。少しひんやりする」


 ハウエルは楽しそうに花の触り心地を確かめている。


「その花のおかげで、夏でもこの辺りは涼しいんですよ」


 その時城門の前に立っていた二人の兵士のうちの一人が近づいてきて声をかけてきた。


「なるほどの。見張りの仕事も助かっているのではないか?」


 ハウエルが問いかけると兵士は「ええ、おかげさまで」と笑顔で答えた。


「立っているだけ、と思われがちじゃが、見張りというのは意外と神経を使う仕事じゃからの」

「ええ、ご理解していただいてありがとうございます。……ところでお城に何かご用でしょうか?」


 兵士はハウエルを見た後、レイト達を順に眺めた。


「ああ……うむ……」


 ハウエルは曖昧に頷いた後、レイトのほうを見た。レイトはその視線に気づいて兵士に声をかけた。


「すまないが、女王陛下にお会いしたいのだが通してくれないか? 以前手紙を送らせてもらったことを伝えればわかって下さると思うんだが……」

「手紙を……? わかりました。確認して来ますのでしばらくお待ち下さい」


 兵士はもう一人の兵士と目を合わせると無言で頷いた。するともう一人の兵士が城内へ走って行った。

 ハウエルと話していた兵士は城門の前まで戻り仕事を再開する。見張りが自分一人になったから話をしているわけにはいかない、といった感じだ。


 十分ほど経った頃、城内へ走って行った兵士が戻ってきた。


「お待たせ致しました。女王陛下にお伝えしたところ、早く連れて来い、とのことでしたので、謁見の間までご案内致します」


 兵士は姿勢を正し、敬礼をしてきた。


「ご苦労さん。じゃあ頼むよ」

「はっ!」


 レイトは兵士の対応に懐かしさを感じつつ彼の後をついて行く。

 レイトとて北の大帝国の皇子だ。何年もふらふらと旅をしている人間を皇子と認めてくれるかは疑問だが。


 声の呪いによって両親が虜になり、特に強い影響を受けた母親によって幽閉されていた時も気を遣って会いに来てくれた兵士は数多くいた。その兵士達もやがて呪いの影響を受けてしまい、まともな会話などできなくなってしまったのだが。


 自分とまともに会話ができる兵士がとても懐かしく、また嬉しくもあった。


「やっと来たな。ずいぶん遅かったではないか」


 謁見の間の扉を開けると、そんな言葉が飛んでくる。初めて会った時と何ら変わらない、凛々しい女王の声だ。


「申し訳ありません。ちょっと寄り道しておりました」


 レイトは謁見の間の長い通路を進みながら女王に謝罪する。


 玉座に座っている女王は四十代半ばか後半くらいで、座っていてもわかるほどの長身だ。もしかしたらレイトよりも高いかもしれない。夏切り草と同じ色の鎧を身につけており、女王の右側には見事な装飾がされた槍が立てかけられいる。シデン王国の女王ミネアは文武両道で知られる存在だ。


「お主のことだ。そんなことだと思っておったわ」


 女王は遅かったことを責めることはせず、むしろ楽しそうに喉を鳴らして笑っている。


「レイト。女王と会ったことがあるのか?」


 マリーがこちらを見上げて聞いてきた。


「ああ、初めて旅を始めた頃にな」

「ふ〜ん……」


 レイトが答えてあげると、マリーはつまらなさそうに呟いた。

 レイトは内心苦笑した。自惚れるわけではないが、自分はマリーに慕われていると思う。そんな自分がマリーにとってわからない会話を女性としているのが面白くないのだろう。


「初めて会った頃か、懐かしいの。あの頃は他人と話すことに極端に怯えておったな。私の個人的な趣味では、あの頃の子犬のような目が一番好みだったのだがな」


 ミネアは当時のことを思い出したのか、拳を口元に持っていき面白そうに笑っている。


「昔話はそのくらいにして頂けると助かるのですが……」


 レイトは複雑な顔をして肩を竦めた。からかわれるのは別に構わないが、仲間の前ではさすがに恥ずかしい。特にマリーの前ではあまりそういう弱い面は見せたくない。


「くっくっ……、そなたも男よの。まあ良い。……さてネスヴェルディズナ王都奪還の話だったな……」


 楽しそうに笑っていたミネアは本題に入った途端、目を細め厳しい顔つきになった。ハウエルのほうに目を向ける。


「ハウエル王もご存じのはず……。王という立場上、表立って協力するわけに参りません」

「それは承知しております。ですがレイト殿は直接協力を求めるわけではない、と言っておりました」


 ミネアの当然の言葉にハウエルもしっかりとした口調で返す。


「ふむ……、どういう意味だ?」


 ミネアはレイトへ目を向けた。


「すみません。式神ではあまり詳細を書くことができなかったのです」


 定期船で飛ばした式神にはネスヴェルディズナの王都を取り戻すのを協力してほしい、という旨しか書かなかった。式神自体が小さいので、あまり長い文章を書くことができなかったのだ。


「そうか。それで、私に何を望むのだ?」


 ミネアは足を組んだ。


「かの有名な踊り子がどこにいるか、教えて頂きたいのです」

「女王様〜、ただ今戻りましたよっと……」


 レイトの声と突然謁見の間に響いた声が重なった。

 レイト以外全員が背後を振り返るが、レイトはミネアを見据えたままだ。


「タイミングが良いな。帰ってきたようだぞ」

「そのようですね」


 レイトは答えてから背後を振り返る。こちらへ歩いてくる焦げ茶色の髪をした人物こそ、レイトが会いに来た相手だ。


「久しぶりだな、フェリオ」

「まさか本当に女王を訪ねてくるとは思わなかったぜ」


 レイトが挨拶がわりに左の拳を突き出すと、フェリオと呼ばれた青年は同じように左の拳を突き出し軽く当てた。


「え……、男の人……?」


 クレアは目を見開いてフェリオとレイトを交互に眺めている。


「踊り子じゃと聞いていたんじゃが……」


ハウエルはフェリオを凝視している。


「ああ。あれ? 言わなかったか? 踊り子は踊り子でも、フェリオは世界でたった一人の、男の踊り子だぜ」

「ええぇぇ!?」


 今まで出したことのない大きな声で驚いたクレアは「聞いてませんよ!」と連続で叫んでいる。その声で背中のエリンが目を覚ましたのは言うまでもない。

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