最終話 生きることとは、死ぬこととは

 帝都ルヴェンティーナから東に進んだ森の中で、一本の木にもたれかかって雪の上に座り込んでいるレオナルドを見つけた。


「お尻、冷たくありませんか?」


 セナは木の反対側にもたれかかって呟いた。


「…………知ってるくせに」


 レオナルドは低い声で返す。申し子になると加護の影響か、気温の変化を感じなくなるのだ。セナは加護を受けていないが、知識として知ってはいた。


「どうして出てこなかったんですか?」


 別の問いを投げかける。


「出ていけるわけないだろう! あんた僕を馬鹿にしてるの!?」


 レオナルドは立ち上がり、先程までもたれていた木に拳を打ちつける。


「仕事が山積みなのに、あなたを探さなきゃならなくなるじゃないですか」

「じゃあ探さなきゃいいじゃん。僕に何の用なの?」

「あなたに伝えておきたいことがあるんですよ」


 セナはもたれていた木から離れ、レオナルドのほうへ近づく。彼は泣きそうな顔をしていた。せっかく良い方法を見つけたのに。そんな顔だ。


 レイトにも話したが、レオナルドは光の精霊の申し子契約に乱入し、加護を受けるつもりだったのだ。そうすれば光と闇の双方の力が反発し、レオナルドは爆発して死ぬ。レイトの服従の調べで殺してもらう方法が失敗し、自害もできない彼が死ぬにはもうこれしか方法がないからだ。


「何さ……」

「私は取り敢えず本業の仕事を片付けるためにこの世界を離れます。すぐに戻ってくるので、それまで生きててくれませんか?」


 仮とはいえ光の精霊の申し子なのだから、この世界を離れるわけにはいかないのだが、そこは光の精霊もわかっているのか、何も言ってこない。


「何で僕があんたを待ってないといけないわけ?」


 レオナルドは苛立ちを露わにしてセナを睨みつけた。


「こうでも言わないとあなたはまた大きな事件を起こしてしまいかねないからですよ。さすがにあの規模で死者が出るのは見過ごせませんし、アレイスターも黙っていないと思いますよ」

「…………」


 セナの言葉にレオナルドは押し黙る。

 セナはレオナルドに自殺を思い止まってほしかった。姿をくらますのが得意だったレオナルドは、今まで八年間セナに居場所を特定させなかった。もうとうに死んだのではないか。何度そう思ったかわからない。だが、レイトを拉致した時にアレイスターの力を使ってくれたおかげでようやく突き止めた。


「……僕が生きてて、あんたに何のメリットがあるってわけ?」


 レオナルドは顔を背けてボソリと呟く。セナはそんなレオナルドを見つめた。


 今まで必死に顔に出さないようにしてきた。レオナルドにどのような理由があろうと、彼はレイト達にとっては絶対に許せない相手だ。そんな相手を心配するような素振りを見せれば、レイト達、特にマリーの神経を逆撫でするだろう。レオナルドを止めるためにレイトを助ける必要があったセナにとって、レイトの仲間達の協力が得られないのは避けたかった。


 だが、今はもう必要ない。


「……少なくとも私が一人になることはありませんね……」


 セナは小さな声で答えた。ほとんど空気が抜けるような掠れた声だったが、辺りが静かだったため、レオナルドにもはっきり聞こえただろう。レオナルドは目を見開いてこちらを見ている。セナは続けた。


「あなたが死んでしまったら、私の中で“生きている友”が一人もいなくなってしまいます」


 セナとて寿命以外の死別を経験している。その中には親友のように親しくなった者もいた。「忘れなければ本当に死んだことにはならない」と言う者もいるが、セナは納得できない。言っている意味はわかるし、セナ自身、彼らのことはずっと友人だと思っている。だがやはり死んだらそこで何もかも終わりなのだ。セナは彼らが天寿を全うするまで付き合っていたかったと思う。


「……僕を友って、言うんだ……?」

「いけませんか?」


 今度はセナが顔を背ける。恐らく顔が赤くなっているだろう。


「……で、僕はどれぐらい待ってればいいの?」


 レオナルドはセナの「いけませんか?」には答えず、別の問いを投げかけてくる。幾分か声が明るくなったように思う。


「大急ぎで本業の仕事を片付けてくるので、五年くらいですかね」

「本気で言ってんの?」

「あなたにとって五年なんて五分と同じようなものでしょう? あと五分だけ生きてて下さい」

「無茶苦茶だね」


 だが、レオナルドの表情は嫌そうではなかった。

 セナは心の底から安堵した。


 レオナルドの心の傷が癒えることはないだろう。大切な人を亡くすというのは、どれだけ時が経とうと忘れられるものではない。だがそれはセナにも言えることだ。セナにとってレオナルドは大切な友人だ。寿命以外の死別は経験したくない。不老になっている自分達に寿命があるのかは知らないが。とにかく、セナは「その時」が来るまでレオナルドに生きていてもらいたいのだ。


「それじゃあ、行ってきますか」


 セナはレオナルドに背を向けた。


「五分で帰って来て」

「善処します」


 レオナルドのお願いを背中で聞き、セナは光の粒に包まれてその場から姿を消した。僅かに残った光の粒が風に乗って天へと昇っていった。


  〜〜〜〜〜〜〜〜完〜〜〜〜〜〜〜〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歌わない吟遊詩人 ゆきんこ @yukioko-biyori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ