第48話 無責任な男にならないために
レイトは誰かに腕を引っ張られた。加護が与えられる直前に魔法陣から引きずり出された。背中に当たる硬い感触。クレアが身につけている軽鎧だ。レイトはクレアに背中越しに抱きとめられていた。
「何を……」
光の精霊が驚いたように呟いた。
クレアはレイトを庇うように前へ出ると、全員へ向けて叫んだ。
「やっぱりこんなのはおかしいです! 何故レイトさんが犠牲にならないといけないんですか!? マリーさんの言い分もわかりますけど、それはレイトさんが人生を犠牲にしなければいけないことなんですか!?」
クレアの声は悲痛に満ちている。自分の人生を壊してでも生きることに執着したクレアらしい、とレイトは思った。だからこそ、レイトには何も言えなかった。クレアは寿命以外の死別を経験している。だからレイトにはしっかりと天寿を全うしてもらいたい。そういう彼の意思がはっきりと感じられたからだ。
「だったらどうするっつーんだよ……。解決策なんてあんのかよ……」
「あります!」
クレアはフェリオの言葉を遮って答えた。
「…………は?」
これにはレイトもさすがに驚いた。精霊に返すこともできない、まさに呪いのように定着してしまった服従の調べをどうやって取り出すというのか。
「まさか取り出す方法があるの?」
「いいえ、取り出すわけじゃありません」
ルシアの問いにクレアは首を横に振った。
「どうするって言うんだ……?」
「……出て来て下さい!」
クレアはレイトの問いには答えず、森の奥へ向かって叫んだ。
すると、雪を踏み締める音と共に一人の少女が姿を現した。淡い水色の衣装を身に纏った少女だ。かつて幽閉されていたレイトの話し相手になっていた雪女の六花だった。
「六花!? 何でここに……!?」
予想外の人物が現れて、レイトは思考が追いつかない。
「ずっと前にクレアから相談されてたのよ。レイトの服従の調べをなんとかできませんか? って……」
「ずっと前……?」
レイトはクレアを見上げる。
「……前にあの森で服従の調べを暴走させたことがあったでしょう? あの時なかなか目を覚さなかったのでその時に相談したんですよ」
「ああ……」
そこでレイトは思い出した。確かにそんなことがあった。正直あの時のことははっきりと覚えていないのだが、自分の存在を全て否定されたように思えてパニックを起こしたことだけは覚えている。
「もしや、その下位精霊を宿らせるつもりか?」
光の精霊がやっと気づいたかのように声を上げた。レイトもはっとした。そういえば、クレアも大病を患って死にかけたところを風の精霊をその身に宿すことで命を繋いだのだ。
「その通りよ。私がレイトへ宿り、服従の調べを制御する。私は下位精霊だから、最上位精霊の服従の調べを制御するのに精一杯になるから、私が宿ることでレイトが不老になったり他の影響が出ることもないわ」
六花は淡々と説明する。まさかこんな解決法があるとは。
レイトが不老にならず、やがて寿命で死ねば、レイトが持っている服従の調べは自然と光の精霊へ還る。役目を終えた六花はレイトから出てくれば良いだけだ。
「でもよ、結局服従の調べは持ったままなんだろ? 光の精霊が申し子契約を実行しようと思えばできるんじゃねぇの?」
フェリオは不審な目で光の精霊を睨んだ。
「それはないな」
光の精霊は目を伏せて首を横に振った。「何でだよ?」とフェリオが突っかかると、光の精霊は抑揚のない声で答えた。
「先程私は失敗したが加護を与えた。あのタイミングでは契約を行ったことになる。申し子契約は一度行ってしまえば、向こう百年は契約が行えないのだ」
「……と、いうことは……」
今まで成り行きを見守っていたライアスが何かに気づいたかのように呟いた。
「少なくとも、オレやライアスが死ぬまでは契約は行えない……」
レイトは自然とライアスのほうを見ていた。
「良かったじゃない! これで誰も人生を犠牲にしなくて良くなったってことでしょ!」
ルシアが手を叩いて喜んでいる。ライアスもほっとした顔をしていた。
「でも、六花には迷惑かけてしまうけど……」
「気にしないで。私にとって百年足らずなんてあっという間よ。だから私のことなんて気にしないで、やりたいことを思う存分やりなさい」
レイトの言葉に六花は小さく笑った。
「ふふ……。またあんたに助けてもらう時がくるなんてな……」
「あら、一度目なんてあったかしら?」
レイトが差し出した左手を六花が躊躇いなく握る。
「オレの孤独を最初に癒やしてくれたのはあんただよ。……って消えた!?」
レイトの言葉と同時に彼女の姿は消えた。きらきらと輝く雪の結晶を残して。
「あれで宿ったんですよ。知らなかったんですか? 手を出すのでてっきり知っていたのかと思ったんですが……」
「マジかよ!? オレはとりあえずよろしくな、ってことで握手でもしようと思っただけだったんだけど……」
レイトは自分の手とクレアを交互に見る。どうやら精霊にとって宿りたい相手に触れれば宿れるらしい。
「レイト、体は何ともないのか?」
マリーが側に寄ってきた。
「ああ、何ともないよ。本当に宿ってるのかわからないくらいだ」
レイトが答えてもマリーの表情は晴れなかった。クレアの言葉を気にしているのだ。自分がエリンとのことを引き合いに出したから、レイトに申し子になる、という決意をさせてしまったと思っているのだ。
レイトは笑顔でマリーの頭を撫でた。
「気にするな。お前の言ったことは正しいんだから」
今回は結果的にレイトは申し子にならずにすんだ。だがマリーに言った言葉や、フェリオとの約束もある。レイトはライアスに向き直った。
「ライアス。お前が第一皇位継承者として認知されている以上、オレが城に帰れば国が混乱する。だから戻ることはできない。だけど、一旦ネスヴェルディズナに帰った後、顔は出してやるよ。旅の吟遊詩人としてな」
「……はい、楽しみにしてます」
ライアスは穏やかな笑顔を向けてきた。その表情にはまだ僅かに悲しさがあった。レイトはそれには気づかないふりをして彼に背を向けた。
「帰りますか?」
クレアの問いに「いや、ちょっと待って」と答える。
「セナ、レオナルドはどこに行ったんだ? いつの間にかいなくなってたけど……」
「近くにいると思いますよ。彼が死ぬにはもうこれしかなかったと思いますし……」
セナは魔法陣があった場所を指差した。
「どういうことだ?」
レイトが首を傾げる。
「闇の精霊の加護を受けている状態で光の精霊の加護も受ければ、加護によって与えられる大量の魔力に体が耐えられなくなって爆発するんです」
「えっ……!?」
レイトは目を見開いた。そんなことをしてまで彼は死を望んでいたというのか。だが、それすら失敗に終わった。これでレオナルドの死への道は完全に断たれたというわけだ。
「……彼のことは私に任せておいて下さい。一応、友人なので……」
「セナ……?」
「そんなことより、さっさと帰ったらいかがですか? 結局私が光の精霊の申し子を続けなければいけないんです。やることが山積みなのであなた方に構ってる暇ないんですよ」
少し早口に話すセナは苛立ちを隠そうとしない。それはあんたの自業自得だろう、と言いかけてやめた。セナの言う通り、早くネスヴェルディズナ王国に帰らなければ。自分はまだレオナルドに拉致されて行方不明のままである。
「はいはい、なら任せるよ」
レイトは片手を振ってその場を後にした。
「兄上! お元気で!」
ライアスの声に背中を向けたまま手だけで答える。
さて、ネスヴェルディズナ王国に帰ったらさっそく歌ってみようかな。
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