第47話 自分が言った言葉だから

 ライアスはロザリオから目を逸らし、俯いて目を伏せた。

 そうやってどれくらい時間が経っただろうか。ライアスは顔を上げ、「わかりました」と言った。


「……申し子になります」


 一呼吸間をあけてライアスは答えた。


「ちょっと! レイト君、いくら何でもこれじゃライアス殿下がかわいそうだわ!」


 突然ルシアが声を上げた。


「殿下はレイト君の存在に勘付いていたと言っても事情を知らなかったのよ! それなのにいきなり自分は城に戻らない、申し子になるか選べ、って……!」


 ルシアは間髪入れずに叫ぶ。彼女の言い分はわかる。だが、ライアスは皇子だ。知らなかったことは理由にならない。

 レイトはルシアの言い分には答えず、ライアスを見据えた。


「お前、皇室典範読んだことないな?」


 レイトの問いにライアスはハッとしたような顔をした。図星だ。


「お前言ったな。ロザリオとオレのことを母親に訊いたことがあるけど、はぐらかされた、って……」


 ライアスは黙って頷く。レイトは続けた。


「ロザリオのことは何て言われたんだ?」

「……僕が、成人したら、渡す……って……。そういう決まりだって……」


 ライアスの答えを聞いてレイトは呆れた。

 皇室典範が見直されるのは皇帝が代変わりした時。現にレイトがロザリオを継承しているのだから、第一皇位継承者が生まれた時点でロザリオを継承する、という決まりは覆されていない。


 ライアスはその知識を持っていながら、母の言葉を疑うことをしなかった。ライアスは事情を知らなかったのではない。知ろうとしなかっただけだ。

 ライアスが母の言葉に疑問を持っていたなら、違う出会いがあったかもしれないのだ。


 ちなみに、子供の頃から幽閉されていたレイトがなぜ皇室典範を知っているのかというと、セナから聞いたからだ。なんとセナはインズバーグ帝国の皇室典範を全て暗記していたのだ。


 ふと城内が騒がしくなった。城内のあちらこちらからライアスを呼ぶ声が聞こえる。少し長居しすぎたかもしれない。


「ライアス、明日帝都の東にある古臭い小屋に来い。……申し子になる意志があるならな」


 レイトはそう言って急いで中庭を出た。仲間が後からついてくるのがわかる。辺りは完全に夜になっていた。

 城の周囲も慌ただしい。漏れ聞こえてくる会話からすると、不審人物が城内に入り込んだらしい。自分達のことだと思い、レイト達は静かに帝都を後にした。この顔を見られるわけにはいかない。


 帝都の北口から出て、湖を迂回して帝都東の小屋に向かう。その小屋とは、以前レイトがレオナルドに拉致された場所だった。


 帝都の東口から出れば近いのだが、そのためには帝都を横断しなければならない。慌ただしくなっていたあの状況で帝都を横切るのは危険だった。だから一番近かった北口から出ることになったのだ。


「レイト……」


 湖の迂回が三分の一くらい過ぎたところで、レイトはマリーに呼び止められた。歩くのをやめてマリーを振り返る。


「マリー……?」


 名を呼んでもマリーは俯いている。マリーはしばらく俯いていたが、意を決したように顔を上げた。彼女の目が真っ直ぐにレイトを捉える。レイトはドキッとした。


「レイトはこれで本当にいいのか?」

「え……?」

「……エリンが私のことをお姉ちゃんと呼ぶことを許してやれ、って言ったのはレイトなのに、レイトは自分を慕う弟に冷たくするのか?」


 マリーの言葉にレイトは目を見開いた。


『エリンのこと、何も覚えてないかもしれないけど、あんまり冷たくあたるなよ』

『でも悪いけど、エリンがお前をお姉ちゃんと呼ぶのは許してやってくれないか?』


 瞬時にあの時のことが脳裏に蘇る。あの時、レイトは仲間とのコミニュケーションを円滑にするために、マリーに姉の自覚がなかったのにエリンに冷たくするな、と言った。状況は違えど、今のレイトの立場はマリーと同じだ。


 姉である(兄である)自覚がないのに、エリンは(ライアスは)お前を慕っているのだから。

 かつてマリーに言った言葉はそっくり自分にも当てはまることだった。


 レイトは目を伏せた。無責任なことをするわけにはいかない。前にフェリオとも約束したことだ。自分の言葉に責任を持たなければいけない。

 レイトは目を開けてマリーを見据えた。


「そうだな。無責任なこと、しちゃだめだよな」


 レイトは優しく微笑んだ。


     ★  ★  ★


 翌日、ライアスは日の出と同時に小屋に来た。単身で。

 まあ当然かと思った。城の人間が許すはずがない。夜のうちに抜け出して来たに違いなかった。


「……兄上……」


 旅姿のライアスは緊張した面持ちで声を出した。レイトは小屋の壁にもたれかかった状態で彼を見た。仲間達には離れた場所で待機してもらっている。ライアスと二人きりで話したかったのだ。ちなみに、レオナルドはいつの間にかいなくなっていた。


 城で見た時より質素な衣装を身につけてはいるが、城で用意した衣装だからか、まったくくたびれておらず、違和感ありまくりである。だがもともと顔立ちが良いのと、上品な立ち居振る舞いのおかげで様になっている。


「……すごい度胸だな」

「え……?」


 レイトが何のことを言っているのかわからず、ライアスは目を丸くした。


「一人でここに来たことだよ。昨日の夜のうちに城を抜け出してきたんだろ?」

「あ、ああ、うん……。城のみんなはなるべく僕を外に出したくないみたいだから……」


 ライアスは俯きがちに答える。

 それはそうだろう。外に出して万が一のことがあっては大変だ。長男がアテにできない以上、ライアスが帝国の唯一の後継ぎだ。それはそれは大事にすることだろう。


「まあ、そりゃそうだろう。唯一の後継ぎだからな」


 レイトは言いながらロザリオをライアスに向けて放り投げた。紐を千切ったので、上着の内ポケットに入れてあった。


「えっ……ちょっと! 兄上、これは……!?」


 完全に不意打ちだったのに、ライアスは驚きながらもロザリオを受け取った。


「やるよ。それ持って帰んな」

「帰れ、って……何で? 申し子は……」


 ライアスはロザリオとレイトを交互に見る。


「無責任なことをしたくないだけだよ」


 レイトはライアスの言葉を遮るように答えた。

 皆と話し合って決めたことだ。


 結果から言えばレイトは被害者だ。セナに申し子候補として間違えられ、服従の調べを与えられた。だがセナに助けられ、別れた後は全て自分の意志で生きてきたのだ。

 レオナルドと関わるきっかけであろうネスヴェルディズナの王都でハウエルを助けたのはレイトの意志だ。もっと言えば、王都に行くきっかけになったマリーを助けたのもレイトの意志だ。

 それが巡り巡って今、この状況なのだ。無責任なことをするわけにはいかない。


 正直、服従の調べを手放したい気持ちはある。そうすれば、どこにでもいる吟遊詩人として生きていくこともできるだろう。

 だが、レイトの服従の調べをライアスに渡した時、彼が服従の調べを制御できる保障がない。発動方法が申し子によって違うなら、レイトとライアスでも違うはずだ。レイトが自分で制御できるように作り変えてしまったものをライアスが制御できるとは限らない。


 もし制御できなかったら、今度はライアスがレイトと同じ苦しみを味わうことになる。それは、レイトの本意ではなかった。


「無責任も何も……元々は僕が……!」


 ライアスがこちらへ駆け寄って来るが、レイトは一歩踏み出し、ライアスの胸を左手で軽く押し退けた。ライアスが二、三歩ふらつくように後退する。


 その直後、レイトの足元に魔法陣が現れた。セナが呼んだであろう光の精霊が展開した申し子契約の魔法陣である。


「兄上!」


 ライアスは魔法陣から放たれる魔力に煽られ、さらに何歩か後退する。

 レイトの背後にある小屋が吹き飛んだ。


「……………ぁ〜ぁ……」


 レイトは息を吐きながら小さく呟いた。本音が出そうになった。

 人は窮地に陥ると楽なほうを選んでしまう、と光の精霊が言っていたが、まさにその通りだと思った。


 光の精霊が目の前に現れ、正に加護を与えようと片手を天へ向けた時だった。


「待って下さい!」

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