第23話 精霊の後継ぎ
レオナルドはあの時と同じ顔をしていた。レイトが本当の目的を尋ねた時と同じ、無言でこちらをじっと見つめている。その瞳には何の感情も浮かんでいない。レイト達に対する憎しみすらも。
レイトは戸惑いを覚えざるを得なかった。向こうはこちらの憎しみを煽るようなことばかり言うが、彼自身にはレイト達に対する憎しみがまるでない。自分の本当の目的のために、レイト達に憎しみを抱かせているようだ。公園のほぼ中央にレオナルドは立っていた。レイト達は彼から少し距離を取った場所に降り立つ。クレアが風の結界を解除したのを認めると、レオナルドは楽しそうに笑った。今見ると、作り笑顔のように見える。
「じゃあ第二ラウンド始めようか?」
レオナルドは剣を構えた。
「その前に質問に答えろ」
「本当の目的ってやつ? 初めて会った時に言ったじゃん。みんなのご飯を調達するためだよ。忘れたの?」
「ふざけるな! 本当にそれが目的なら、数に物言わせて恐怖で支配すればいいだけだ! なのにお前はオレや陛下を逃す時間を与えているし、今だって魔物達にオレ達を攻撃させようとしない! 矛盾だらけなんだよ!」
レイトは苛立ちを募らせて怒鳴った。レイトにとってレオナルドは敵である。相手の目的など気にせず、倒すことに集中すればそれで良い。余計なことを考えずに済むからだ。敵を深く知れば知るほど戦いにくくなる。そのことは充分わかっているはずなのに、レオナルドのあの顔を無視することができない。
何の感情も映していない瞳。あれを無視すれば取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
レオナルドのあの顔を見た時から、レイトの中で根拠のない警鐘がずっと鳴り響いている。
「……じゃあ聞くけどさ、申し子って、知ってる?」
レオナルドは剣を下ろすと呟くように問いかけてきた。
「申し子……?」
レイトはおうむ返しするように呟いた。申し子という言葉は知っているが、レオナルドが何を指して申し子と言っているのかはわからない。
「確か、精霊の後継ぎとも呼ばれる存在だと……」
クレアは右手を口元に持っていく。
「そうだよ。精霊の力の一部を受け継ぎ、精霊の死後、精霊となるよう定められた存在。それが申し子だよ……。知らないの?」
レオナルドはクレアに相槌を打つと、低めの声でレイトに問いかけてきた。どこか悲しげに聞こえるのは気のせいだろうか。
「精霊は各地で信仰されている精霊信仰で知ってたけど、詳しくは知らない。あまり興味なかったからな。……それで、お前が申し子なのか?」
レイトは正直に答えた後、さらに問い返した。
「……そうだよ。僕は世界中のありとあらゆる闇の力を司る闇の精霊の申し子だよ。でも申し子のことを知らないなら、これ以上話す気はないよ! さあ構えなよ! 第二ラウンドに行くんでしょ!」
レオナルドは自分の感情を振り切るように声を張り上げ、剣を突きつけてきた。
やはり何かある。これ以上話す気はない、ということはまだ続きがあるということだ。
「待て! 何を考えてるんだ! オレに……オレ達に何をしてほしいんだ!」
警鐘が鳴り止まない。レイトは怒鳴るように問うが、レオナルドはもう答える気がないのか、発狂しているかのような叫び声を上げて突撃してくる。
「うるさいうるさいうるさい! してほしいことなんて何もないよ! それ以上喋るなあぁぁ!」
レオナルドは脇目もふらず剣を振るう。感情に任せているように見えるが、その剣筋は恐ろしく正確だ。
皆と旅をするようになってからは、合間を縫って剣の訓練もしているが、その程度の訓練でレオナルドの腕に追いつくはずもない。レイトはあっという間に剣を弾かれてしまった。
「レイト様!」
「邪魔するなって言っただろ!」
ヒスイが駆け寄ろうとするが、レオナルドは謁見の間の時と同じように、鬼のような形相で叫んだ。しかも今度は魔物達がヒスイやクレア達を囲み始めた。
「今までこの公園にはいなかったのに、いつの間に……!」
ドルアドはハウエルを守るように背中に庇う。ヒスイやクレアもハウエルを包むように庇う。ハウエルを中心に全員で背中合わせになっている感じだ。
「っ……!」
レイトは少しだけ背後を振り返った。クレア達を視界に捉えることはできなかったが、魔物に囲まれているせいで、レイトとかなり距離ができてしまっているように見えた。
「これで終わりだあぁぁ!」
レオナルドは大きく剣を振り上げた。
レイトは死を覚悟した。
「うあぁぁぁぁ!」
だが、何者かがレイトとレオナルドの間に割り込み、レオナルドの剣を受け止めたのだ。
「マリー!?」
「思い出した! 全部思い出した! お前が里を襲った! 長老やみんなを殺した!」
マリーはレイトの声が聞こえていないようで、発狂したかのようにレオナルドに攻撃を繰り返している。我を失っているように見えるが、短刀の二刀流による攻撃は無駄がなく、流れるような動きでレオナルドを押し返していった。
「マリー、お前記憶が……!?」
「誰かと思ったら、あの時の女の子じゃん! へぇ、大きくなったねぇ!」
レイトとレオナルドの声が重なる。
レオナルドはどこか馬鹿にしたような口調で言うが、その表情には焦りが滲んでいる。マリーの攻撃を受け流すので精一杯といった感じだ。
「黙れえぇぇぇ!」
マリーはレオナルドの剣を弾いた。その衝撃でレオナルドの両腕は大きく上へ上がり、僅かに仰け反った格好になる。マリーはその隙を逃さず、レオナルドの腹部を蹴りつけた。
「ぐっ……!」
レオナルドはバランスを崩し、数歩後退りした。彼は鎧をつけてはいるが、肩と胸部を覆っているだけで、腹部はガラ空きなのだ。
「っ……!」
マリーはすぐさま短刀を構え直し、レオナルドに斬りかかった。
躱される、とレイトは思ったが、その予想は大きく外れ、マリーの短刀はレオナルドの脇腹を深く斬り裂いた。肉を切り裂く嫌な音が響いた直後だった。
「えっ……!?」
レオナルドの動きは突如として止まり、小さな石が弾け飛んだような、軽く乾いた音を立てて、レオナルドの体が消滅したのだ。飛び散っていく黒い霧は瘴気のように見えた。
レイトは頭が真っ白になった。一体何が起こったのか、全くわからなかった。
いや、理解はできる。レオナルドが黒い霧のようになって弾けて消滅したのだ。だが原因がわからない。人間があのように消えるわけがない。
「……一体、何が……?」
マリーは何と言って良いのかわからないのか、己の短刀と先程までレオナルドが立っていた場所を交互に眺めながら独り言のように呟いた。
「レオナルドは、どうなったんだ……?」
レイトも誰にともなく呟く。
あれで死んだとも思えない。レイトは無意識に周囲を見渡した。
するとどうしたことか、つい先程まで大量の魔物に囲まれていたのに、今は一匹たりとも見当たらないではないか。
背後を振り返ると、クレアが驚愕と困惑が混ざった表情で周囲を見渡している。
「クレア、魔物は……!?」
思わず問いかけると、クレアは今気づいたかのようにこちらを見た。
「わ、わかりません……。レオナルドが消滅した瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったんです……」
「逃げた……!?」
レイトは間の抜けた声を出した。全く覚えていない。すぐ側にいた魔物達が逃げたことすら覚えていないほど、自分は茫然としていたのだろうか。
魔物を引きつけてくれていたフェリオやノルスウェート王国の兵士達がレイトの元へ駆けてきた。だがレイトは何を答えて良いかわからない。
あまりにも突然のレオナルドの消滅は、その場にいた全員から思考能力を奪っていったのだ。
レイトは混乱する頭で必死に考えた。やはり最優先にすべきは、王都の被害状況の確認だろうか。
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