第24話 半端な詩人
レオナルドが消滅してから十日が経った。あの後、ノルスウェート王国の兵達にも協力してもらいレオナルドの捜索をしたが、とうとう見つけることはできなかった。
レオナルドは闇の精霊の申し子だ。普通の人間とは違うのかもしれない。だからこそ、ありえないタイミングで紅の里に来ることができたのだろう。
そういえばルシアから聞いたが、あのヴァンストレイヤーという魔物は炎の精霊の眷属らしい。それが何故魔物になってしまったかは知らないが、レイトの声の呪いが効かないのはそのあたりに理由がありそうだった。
レイトは必要以上に国民を不安にさせるわけにはいかないと思い、ハウエルに勝ち鬨を上げてもらった。
国民達は泣いて喜んだが、その涙は嬉しさからくるものばかりではなかった。魔物に殺されてしまった者も数多くいたのだ。特に兵士達が多く、中には遺体に抱きつき泣き叫ぶ者もいた。
抵抗しなければ殺されなかったのだから、抵抗するほうが悪いのだ、と言う者もいたが、亡くなった人達は自分達にとって大切な誰かを守るために死んでいったのだ。もしかしたら国のために戦った人もいたかもしれない。
そんな人達を埋葬して終わりにはしたくない、ちゃんと弔ってやりたい、とハウエルは言った。レイトは快諾した。
城下町の復興が一区切りついた頃、レイトは住宅街のある一画で瓦礫の片付けをしていたドルアドに声をかけた。
「ドルアド」
声に気づくとドルアドは顔だけこちらに向けた。
「ああ、レイトか。他の地区の復興はどんな感じだ?」
ドルアドはレイトの姿を認めると瓦礫を片付けていた手を止めて、体をこちらに向けてきた。
「瓦礫はだいぶ片付いてきたが、壊れた家々の建て直しはまだ先になりそうだ」
「そうか……。魔物達はオレ達を脅すために手当たり次第壊していたからな……」
ドルアドは周囲を見渡しながら答えた。周囲の民家は全壊している家こそないものの、半壊している家ばかりで、破壊された部分を直すより、いっそ全部建て直したほうが早いのではないかと思われるものが多かった。
「……そういえばオレに何か用事だったか?」
ドルアドはレイトのほうへ歩いてきた。
「ああ。実は亡くなった人達の葬儀をやりたいんだ。北街区の墓地へ来てくれないか?」
レイトは彼を見上げて言った。レイトより頭一個分以上背が高い。二メートル以上あるのではないだろうか。
「わかった。だが、少し待ってくれないか? 手を洗いたいんだ」
ドルアドは自分の両手を広げて見せた。瓦礫を片付けていた彼の手は泥などで黒く汚れていた。
レイトが頷くと、ドルアドは少し離れた所に置いてある水瓶で手を洗った。
「すまない、待たせたな」
小走りで戻ってきたドルアドの手は中途半端に濡れている。レイトは小さく溜め息をついた。
「ちゃんと待っててやるから、しっかり手を拭け」
「あ、ああ、すまない……!」
ドルアドは慌てた様子で首にかけているタオルで手を拭いた。
★ ★ ★
北街区にある墓地にはたくさんの人が集まっていた。墓地に入りきらず、外にも溢れている。
レイトは人の波の間を縫うように歩いて行く。墓地の最奥にハウエルの姿を認め、声をかけた。
「陛下」
レイトの声に気づいたハウエルは軽く手を上げた。近くにいるマリー達もこちらを見た。
「お待たせして申し訳ありません」
ドルアドが頭を下げるとハウエルは無言で首を横に振った。
「……構わんよ。この葬儀に参列していない者もいるじゃろう」
ハウエルは沈痛な面持ちで墓地に溢れている人々を眺めた。レイトとドルアドもつられて背後を振り返る。
嗚咽を漏らしながら泣く男性、子供を抱きかかえて泣く女性。とても見ていられない。
本来ネスヴェルディズナの葬儀は王家が抱える楽士数人が鎮魂の曲を奏で、死者の魂を弔う。だが、その楽士は今回の事件で何人か亡くなってしまい、無事生き残った楽士も楽器を壊されてしまって演奏できなくなってしまったのだ。
それを知ったハウエルはレイトに演奏を依頼した。当然国民の中にも楽士とまではいかなくても、何かしら楽器を演奏したり、歌を歌える者もいただろう。だが、心身共に疲弊しきった国民達には、そんな余裕などあるはずがなかった。
レイトは了承したが、歌うことはしない、と念を押した。
レイトは竪琴を取り出し、右手で持つと、ゆっくりと左手を動かした。
柔らかく、優しい音色が墓地に響き渡る。だが、その音色の中には悲しさも混じっている。今回の事件で命を落としてしまった人達の死を嘆き、悲しむ旋律だ。
その旋律に心を刺激され、中には再び泣き出してしまう者もいた。
音色が変わった。雪が溶けた草原に小さな芽が顔を出したような僅かな変化。まだ悲しみはあるものの、その変化は次第に大きくなっていく。
それを希望と呼ぶにはあまりにも浅はかだ。大切な人を失って、希望など持てるはずがない。だが、いつまでも嘆き悲しんでばかりいてはいけない。希望など持てなくても前を向いて生きていかなければいけない。それが残った者のすべきことなのだ。
レイトの奏でる旋律は、優しいながらも心を奮い立たせる力強さを持っていた。
レイトの演奏が終わった後、小さな女の子がこちらに近づいて来た。
「どうした?」
レイトは少女の前に膝をついて、できるだけ優しく問いかけた。
「……あたしのパパね、この国のお歌が好きだったの……。お兄ちゃん、詩人さんなんでしょ……? この国のお歌、歌って……?」
少女の願いにレイトは顔を歪めた。
予想はしていた。ハウエルが勝ち鬨を上げた時、レイトが吟遊詩人だということを明かしていたからだ。今のように葬儀の時でなくとも、何か歌を歌ってほしい、という依頼はくるのではないかと思っていた。
レイトは目を伏せて黙り込んだ。
嘘をつくしかない。こんな小さな子供に呪いだの何だのと話しても理解できるはずがない。だが、こんなに大人がいる前で嘘をつくのも躊躇われた。今の今まで普通に喋っていたのだから、喉を痛めている、という理由は通用しない。
「……ごめんな。オレは……歌が歌えない半端な詩人なんだ……」
レイトは顔を上げた。
嘘はついていない。半端というのもあながち間違いではないからだ。竪琴にはそれなりに自信はあるが、詩人の道を極めたとは思っていない。
屁理屈と言われればそれまでだが、レイトはこう答えるしかなかった。
「……どうして歌ってくれないの? お兄ちゃん、詩人さんなんでしょ? ねぇ、歌ってよぉ……」
少女はレイトの服を掴んで揺すってくる。泣いてしまう直前の声だ。
それでもレイトは歌うことはできなかった。もしかしたら声の呪いを制御できるようになっているかもしれないが、レイトにはどうしても勇気が持てなかった。一度だけ歌って暴走させたことがあり、その記憶が脳裏をよぎってしまう。
レイトは再び目を伏せた。少女が自分から離れていく気配がした。立ち上がり目を開けると、少女が母親に抱かれて泣いている姿が見えた。母親の目にも涙が浮かんでいた。
レイトはもうその場にいられず、早足で墓地を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます