第25話 曇りなき瞳

 声の呪いは生まれつきだ。物心ついた時から呪いはあった。最初は呪いの力を制御できず、普通に喋るだけでも聞いた人達を魅了した。そのせいで呪いの影響を受けた母親に地下牢に幽閉されていたのだ。

 あれからどうやって制御する術を身につけたのかはもう覚えていないが、これなら大丈夫だろう、と歌を歌ったら、何故か呪いの力が暴走した。あの時のことは思い出したくない。


 レイトは頭を振った。お城の四階にあるバルコニーから城下町を眺めると、灯りが動いているのがいくつか見える。夜勤の兵士達だろう。今は深夜の時間帯だ。


 レイトは最初、この王都の復興を手伝うと言った時、宿に部屋を取るつもりだった。だがハウエルが一番の功労者に宿代を払わせるわけにはいかん、と言ってお城に部屋を用意してくれたのだ。


「そろそろ寝ないと明日に響くよなぁ……」


 レイトは思わず呟く。だが眠気はなかなかやってこない。


「あれ? レイト……?」


 ふと名前を呼ばれた。レイトは僅かに驚いて背後を振り返ると、マリーがこちらに向かって歩いてきていた。


「マリー? こんな時間にどうしたんだ?」

「それは私のセリフだ。レイトがなかなか戻ってこないってクレアが心配してたぞ」

「ああ……」


 レイトは中途半端に相槌を打つ。どうやら部屋の外へ出て行くのを気づかれていたようだ。それで廊下をうろうろして、その物音でマリーが目を覚ました、といったところだろうか。


「昼間のこと、気にしているんだろう?」

「えっ……!?」


 レイトは図星を指され、思わず目を見開いた。

 マリーは初めて会った時と変わらず強い意思が宿った瞳でこちらを見上げている。忘れていた記憶を思い出したからか、今までその瞳の中にあった幼さがすっかり消えている。こちらが本来のマリーなのだろう。


「……まあ、な……。今まで気にしないようにしてきたけど、吟遊詩人が歌えないってのは致命的だよなぁ……」


 レイトは自分でも信じられないほど、力の無い声が出てしまった。


「……その声の呪いは生まれつきなのか?」


 マリーが遠慮がちに聞いてきた。


「ああ、物心つくころには既に持ってたしな……。そういや、ちゃんと話したことなかったっけ……」


 レイトの呟くような問いかけにマリーは無言で頷く。聞いて良いものなのか、瞳に迷いが浮かんでいる。目に感情が表れるのは、記憶喪失の時と変わらないな、と思った。


「オレが五歳くらいの時だったと思う……」


 レイトはマリーに全てを話した。

 物心つく頃から声の呪いを持っていて、その力を制御できず、呪いの影響を強く受けた母親によって地下牢に幽閉されていたことを。


「何故幽閉されていたんだ? その力は声を聞いた者を魅了してしまうものなのだろう?」

「自分が独占したいからだよ。閉じ込めておけば、好きな時に声を聞きに来れるだろう……?」


 レイトの答えにマリーは僅かに目を見開いた。

 レイトは少し間をあけて続けた。


「オレを気遣って会いに来てくれる兵士達もいたけど、そいつらも次第に呪いの影響を受けて、まともに会話すらできなくなった……」


 それからはずっと孤独だった。誰でもいいから相手をしてほしかった。だが自分が喋れば呪いの影響を与えてしまう。寂しくて寂しくて、孤独を紛らわすために歌を歌うようになった。恐らくその時から呪いの力を制御しようと死に物狂いになっていたのだろう。


「……じゃあ、私が呪いの解き方を見つける!」

「えっ……!?」


 城下町を眺めていたレイトは突然のマリーの言葉に驚いて、彼女のほうに顔を向けた。


「レイトは私を助けてくれた。だから今度は私が助ける番だ。私が呪いの解き方を見つけてあげる」

「っ……!」


 レイトは一点の曇りもない瞳で見上げてくるマリーに圧倒され、言葉に詰まった。

 強い意思の宿った瞳。俗世の汚れが全く無い瞳。記憶が戻った今もそれは変わらない。

 レイトが強く惹かれたところだ。だからこそ、レイトは彼女と共にいたいと思う。

 だが──。

 レイトは目を伏せてかぶりを振った。


「……気持ちはありがたいけど、記憶を全部思い出したんだろう? エリンと一緒にいてやらなくていいのか?」


 レイトが優しく問いかけると、マリーは「それは……」と口ごもった。予想はしていたけれど、どう返事をするか考えていなかったのだろう。

 レイトはマリーの頭を撫でた。


「明日、みんなを集めてこれからのことを話し合うつもりだ。その時に一緒に考えよう……」

「うん……」


 マリーは悲しげな顔で頷いた。


     ★  ★  ★


 翌日、レイトは城内の会議室に皆を集めた。もちろん、事前に会議室を借りる許可はもらっている。

 今この場にはレイト、マリー、クレア、エリン、フェリオ、ドルアド、ルシアの七人が集合している。ヒスイとルリは既にフェリオと一体になっている。

 レイトは皆を見渡した後、口を開いた。


「みんな、やる事があっただろうに呼び出してすまない。そろそろこの後どうするのかを決めておきたくてな……」

「この後って、ここの復興が終わった後?」


 レイトの言葉に真っ先に質問したのはルシアだ。


「ああ。だけど、何も完全に復興するまで留まる必要もないと思うぜ。オレももう少し手伝ったら、また旅に出るつもりだしな」

「えっ……レイトお兄ちゃん、旅に行くの? だったらエリンも一緒に行く!」


 マリーの左隣に座っていたエリンが弾かれたように顔を上げた。


「でもエリンは目が見えないんだろう? ついて行くのは大変じゃないか?」


 ちょうどエリンの向かいに座っているドルアドが躊躇いがちに言った。


「そこは心配ないと思うぜ。オレ達より足も速いし、何も言わなくても障害物を避けていくしな。な? クレア」


 レイトが同意を求めると、クレアは「はい」と頷く。


「私もレイトさんから事情を聞いた時は驚きました」

「……というわけだ、マリー。昨日の夜、オレの声の呪いを治す方法を探してくれるって言ったけど、エリンも一緒でいいよな?」


 レイトは椅子から立ち上がり、マリーとエリンの間に入り、エリンの頭を撫でた。


「……そういうことだったのか」


 マリーは少し沈黙していたが、すぐにほっとした表情を浮かべた。


「そういうこと、って……?」

「昨日、エリンと一緒にいてやらなくていいのか、って言われた時、エリンと一緒に暮らしたほうがいい、って言われてるのかと思ったから……」


 マリーの答えを聞いてレイトは納得した。


「ああ……。紛らわしい言い方して悪かったな。あの時、お前の言葉は本当に嬉しかったけど、エリンのことを考えられていないようだったからああ言ったんだ」


 レイトはマリーの頭も撫でた。

 仮に昨日の時点でマリーが「じゃあエリンも一緒に連れて行く」と言ったとしても、この場でそれを皆に報告するだけだ。エリンが「行かない」と言うこともあり得たが、それならマリーと離れ離れになることを強調するだけだ。


「そうだったのか……。ごめんな、エリン。私はどうもたくさんのことを考えるのは苦手みたいだ」


 マリーは力なく微笑んだ。だがその微笑はレイトが初めて見た姉らしさだった。


「ううん。エリンはレイトお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にいられるなら気にしないよ」


 エリンがぱっと笑う。純粋な笑顔だ。


「……っつーか、オレらいる意味なくねぇ?」


 ふと、フェリオがボソリと呟く。頬杖をついてつまらなそうな姿勢に見えるが、顔はにやけている。そのことに気づいた時、レイトは大きく咳払いして叫ぶように言った。


「あるっつーの! これからちゃんと確認するんだから!」


 レイトが元の席に座ろうとした時だった。

 窓から入り込んでいた太陽の光が何かに遮られたかのように、突然辺りが暗くなった。


「えっ……!?」


 全員の声が重なる。窓の外を見ると、一切の光がなくなっていた。まるで一瞬にして夜になったかのようだ。


「ちょっと! 一体何が起こったのよ!?」


 ルシアは窓に両手をついて城下町を見下ろした。


「……!? まずい! レイト!」

「えっ……?」


 いきなりドルアドに名を呼ばれ、レイトは何事かと彼のほうを振り向く。が、視界が突然何かに遮られた。


「あはははは! あれで本当に僕が死んだと思ったの!」

「お前はっ……!?」


 マリーの憎しみが爆発したような声を最後に、レイトの意識は急激に遠のいていった。皆が口々に何か叫んでいるようだったが、何を叫んでいたのかはわからない。はっきりしているのは一つだけ。


 あの時、確かに消滅したはずなのに……。

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