第17話 百聞は一見にしかず

 お城からほど近い喫茶店でレイト達はテーブルを囲んでいた。ミネア女王への用は終わったので城を後にしたのだ。


 ミネアは女王という立場上、他国からの協力要請に応えるわけにはいかない。ネスヴェルディズナ王国とシデン王国は友好国ではあるが、正式に同盟を結んでいるわけではないからだ。それに例え友好国だとしても、国同士が密談をした、などという話は国民に知られないほうが良い。


「いや〜悪い悪い。てっきり知ってるつもりだったよ」


 レイトは片手を顔の前に立て、謝罪の意を示した。


「知るわけないでしょう。踊り子と言えば女性が多いんですから……」


 クレアは顔を紅潮させて文句を言う。謁見の間で大声を出してしまったことが恥ずかしいらしい。


「だから悪かったって。それにしても初めて見たぜ、お前があんな大声だすの……」

「まさかレイトさん、私を驚かせるために黙ってた、なんてことありませんよね……?」


 大声を出したことが余程恥ずかしかったのか、クレアは疑心暗鬼になってとんでもないことを聞いてきた。


「だから、お前はオレを何だと思ってるんだ……? さすがにそんなことしねぇよ」


 その言葉に偽りはない。フェリオが世界で唯一の男性の踊り子だということは、自分にとっては当たり前のことだと思っていたし、周りも知っているものだと思っていたのだ。


「すみません……」


 クレアは小さく謝罪した。


「まあ、オレも言い忘れてたしな。お互いさまだ」


 気にするな、そう言ってレイトは隣に座っているクレアの肩を手の甲で軽く触れた。


「ねぇ……」


 ふとエリンが口を開いた。


「どうした?」


 レイトが先を促すとエリンはマリーの忍び服を引っ張った。ちなみにレイトの左隣にクレア、右隣にマリー、さらにマリーの右隣にエリンが座っている。


「……エリンがフェリオは本当に男の人なのか、って……」


 マリーの言葉にレイトは僅かに目を見開いて無言になった。ハウエルとクレアはきょとんとしている。フェリオもレイトと同様、驚いた顔をしているが、無言のままだ。


「エリン、声と気配でわかると思うが、フェリオは……」

「ハウエル様……」


 フェリオはハウエルの名を呼んで彼を制した。


「エリンとマリーって言ったっけ? それについては後で説明してやるから、ちょっと待ってくれ」


 謁見の間での時よりも少し低い声でフェリオは言った。


「レイト。本当に女王を尋ねてまでオレに会いに来たってことは急ぎの用事でもあるのか?」


 フェリオは不審な顔をして問いかけてきた。

 レイトはハウエルに目を向けた。彼は無言で頷いた。


「……単刀直入に聞くぜ。ネスヴェルディズナの王都が乗っ取られたことは知ってるな?」

「……ああ。ちらほらと話は聞いた。王都にはまだ影響は出てないと思うけど、時間の問題だろうな……」

「影響って……?」


 マリーは首を傾げた。


「食料不足になるかもしれないってことだよ」

「シデン王国は国土が狭いので食料を生産する場所、畑を確保しにくいんです。そのため、食料は他国からの輸入に頼っている部分が多いんです。今シデン王国は複数の国と貿易を行っていますから、すぐに食料不足になることはないと思いますが、楽観視はできないと思います」


 フェリオの答えを引き継ぐようにクレアが答える。


「それじゃあ早く助けに行かないと……!」


 マリーはレイトを見た。


「ああ。……そこで、だ。フェリオ、ネスヴェルディズナの奪還に協力してくれないか?」

「ワシからもお願いする! いや、本来はワシが一番に頼まなければならないんじゃ! どうか手を貸してはくれまいか? でなければ王都はあのレオナルドとかいう男にめちゃくちゃにされてしまう……!」

「レオナルドだと!?」


 突然フェリオは椅子を後ろに倒し立ち上がった。そのまま、ハウエルを睨みつけるように凝視している。周囲の視線がフェリオに集中する。


「どうしたんだ……?」

「……あ、いや……何でもない。レオナルドに個人的な恨みがあるだけだ」


 レイトが不審な目を向けると、フェリオははっとして椅子を元に戻し、また腰を下ろした。


「まあ、いいけど……。で、協力はしてくれるのか?」

「ああ。レオナルドが関わっているならオレにとっても他人事じゃねぇ。できる限り協力してやるよ」


 レイトが再度問いかけると、フェリオはまた睨むような目つきで頷いた。一体どれほどの恨みがあるのだろうか。


「すまない、感謝する……!」


 ハウエルは感謝の言葉と共に頭を下げた。


「どうか気にしないで下さい。オレは個人的な恨みを晴らしに行くだけなので……。じゃあ場所を変えようぜ」


 ハウエルに言うだけ言うと、フェリオは今度は静かに席を立った。


「どこに行くんだ?」


 マリーが目を丸くして聞いた。


「ん? オレに協力を求めるってことはあの力目当てだろ? ここじゃ狭いし、人目がありすぎる」

「ああ、悪い。あの力については何も話してないんだ。説明が面倒なんでな」


 レイトも立ち上がり説明する。肩を竦めた仕種をしたせいか、フェリオは小さく嘆息した。


「ものぐさだな。説明する時間はたくさんあっただろうに……。まあ、いいか。とにかくついて来な。百聞は一見にしかずだ」


 フェリオは言いながら歩き出した。マリーやクレア達はお互い顔を見合わせている。

 別に説明をサボったわけではない。「あんなもの」を一体どうやって説明しろ、と言うのだ。それこそ百聞は一見にしかずだ。


     ★   ★   ★


 先程の喫茶店から西にしばらく歩くと瓦礫が点在した小高い丘に辿り着いた。この瓦礫は三百年前に滅んだ西の国の物らしいが、何故その瓦礫がシデン王都にあるのかは不明である。


 フェリオはレイト達と少し距離を取ると、腰につけているポーチから扇を二本取り出した。その扇には小さな鈴が一つずつついている。

 フェリオは扇を持った両手を左右に広げると、妖艶な笑みを浮かべて言った。


「一回きりだからな! よぉく目に焼き付けておけよ!」


 言い終わると同時に両手首を上下に振った。透明感のある澄んだ音色が響き渡った。


 フェリオは大きく体をしならせながら幻想的な舞を舞う。太陽が西に沈みかけているからか、フェリオの全身を橙色の光が包み込んでいる。手首を振る度に響き渡る鈴の音すら橙色に染まっているようだ。このまま太陽の光に溶けて消えてしまうのではないかという錯覚に陥ってしまう。


 レイトは以前一度だけフェリオの舞を見たことがあるが、その時も今ぐらいの時間帯だった。やはりこの時間帯に見るのが一番好きだ。


「あれ……?」


 クレアが小さく声を上げた。フェリオの全身から光が発せられているのだ。太陽の光に包まれているのではない。フェリオ自身が光っているのだ。

 その光は徐々に強く大きくなっていき、やがてフェリオの全てを包んでいった。


「眩しい……!」


 光が一際強く放たれ、マリーは思わず片手を目の前にかざした。

 光が少しずつ消えていく。光がやんだそこでは確かにフェリオが一人で踊っていたはずだった。だがそこには、フェリオの他に二人の女性が立っていたのだ。


「お久しぶりでございますね、我が主よ……」


 二人の女性はフェリオの前に跪き、恭しく頭を垂れた。

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