第18話 国を取り戻すために②

 二人の女性はフェリオに頭を垂れた後、レイト達のほうに向き直り、上品に一礼した。


「お初にお目にかかります。私はヒスイと申します。よろしくお願い申し上げます」


 まずは向かって左側に立っている女性が名乗った。くすんだ緑色の髪を腰近くまで伸ばしており、瞳は濃い緑だ。お伽話に出てくる十二単を思わせる衣装を着ており、これで歩けるのか、と思ってしまう。


「お初にお目にかかります。私はルリと申します。お見知りおき下さいませ」


 次に向かって右側にいる女性が名乗った。群青色の髪をヒスイよりも長く伸ばしていて、お尻が完全に隠れている。瞳も同じ群青色でやはり十二単を思わせる衣装を身に纏っている。これで一体どうやって戦うのだろうか。


「お、女の人……? 一体どこから……?」


 クレアは驚きに目を見開いている。


「こいつらはオレの心の一部を核として作られた擬似人格だ」

「擬似人格……? 分身体ではないのですか?」


 クレアはヒスイとルリを順に眺めた。


「違う。分身体はあくまで自分のそっくりさんだろう?」

「ああ、そうですね」


 フェリオの答えにクレアははっとして頷いた。


「詳しい説明は今は省くが、とにかくオレの家系には自分の心を分け与えることで、こいつらのような独立した人格を作り出す能力が伝えられているんだ」


 フェリオが両手を広げてヒスイとルリを示すと、二人は再び深く一礼した。


「で、たぶんこれが、エリンがオレを疑った理由だ」

「………?」


 フェリオに名を呼ばれ、エリンはきょとんとした。


「今ここにいるのはヒスイとルリだけだが、オレが作れる擬似人格は後一人いる。全員が女性だから、オレの心の核、心核には女性三人分の人格が眠ってることになる。エリンは無意識にそこを感じ取ったんじゃねぇか?」


 だからってオレを変な目で見るんじゃねぇぞ、とフェリオは冗談めかして言う。エリンは相変わらずきょとんとしている。

 十歳の子供がそんなことわかるか、レイトは心の中でツッコミを入れつつ口を開いた。


「だから言っただろ? オレより戦力になるってな」


 レイトが楽しそうに笑うと、ハウエルは難しい顔をした。


「そこなのじゃが、フェリオよ。その二人はいかにも動きにくい服装じゃが、戦えるのかの……? その、失礼だと思うが……」

「ええ、問題ありません。こいつらは二人だけで、この国の兵士全員を叩きのめしているので」

「は……?」


 フェリオの答えにハウエルは間の抜けた声を出した。「冗談でしょう?」とクレアも呟いている。


「……試してみるかい?」


 フェリオが声を低くした直後、ヒスイは両手の袖の中から二本の短刀を取り出した。ルリからは魔力が溢れ出す。


「フェリオ、そこまでだ。エリンが怖がるだろう」


 レイトが咎めるように言うと、フェリオは「はいはい」と嘆息しながら答えた。


「……ところでレイトさん。この後はどうするのですか?」

「……そうだな……」


 クレアの問いかけにレイトは小さく相槌を打つと、上空を見上げた。するとタイミングを見計らったかのように白い鳥が飛んできた。


「それはまさか式神か……?」


 ハウエルの呟きにレイトは頷いた。


「ええ。定期船に乗っていた時に、東へ飛ばした式神が帰ってきたんですよ」


 正確には、レイトが飛ばした式神に書かれていた文章を読んだ相手の返事だ。式神は基本片道だけで、往復はまずしないからだ。


「相手は一体誰なのじゃ?」

「その前に、今日は十四の月の最終日ですよね」


 レイトはハウエルの問いには答えず、別の問いを投げかけた。


「そうじゃが………ああ、そうか。明日から十五の月……。十五の月の中日はワシの誕生日か……。……! そうか、東に飛ばした式神の相手というのは……!」

「そうです。東の大陸にあるノルスウェート王国の王様です」


 レイトの答えを聞いて、ハウエルは納得した顔になった。

 ノルスウェート王国は、ネスヴェルディズナ王国があるリンデンシア大陸の東に位置するイストリノ大陸の西部にある国である。魔法とは違う特殊な能力を持った一族が複数存在する、という話を聞いたことがあるが、詳しいことはレイトにもわからない。


「ネスヴェルディズナ王国と同盟を結んでいるノルスウェート王国なら、ハウエル様の誕生日に行われる誕生祭に出席するために、定期船に乗った頃ぐらいにリンデンシア大陸に上陸するんじゃないかと思いましてね……」

「まさか、あの時からこうなることを想定しておったのか?」


 ハウエルは喉を鳴らした。


「ちょっと予定は狂いましたけど、概ね予想通りです」


 レイトは紙片に戻った式神を広げた。「何という男じゃ」とハウエルの恐れにも似た呟きが聞こえる。


「返事は何と……?」


 クレアの問いかけに、レイトは口端を吊り上げながら紙片を彼に手渡した。


「我らに突撃を命じるなら、赤い花火を二度上げよ……。これは……!」


 クレアは音読した後、はっとしてレイトのほうを見た。


「ああ。これでノルスウェートの協力も取り付けた。後は……」

「まだ何かあるのか?」


 マリーが首を傾げる。


「ああ、あるぜ。マリー、王都を脱出する際、あの果物売りの男、ドルアドの協力を得たらしいけど、そいつは王都奪還に協力してくれると思うか?」


 レイトの問いかけにマリーは俯いて考え込んだが、すぐに顔を上げた。


「たぶん協力してくれると思う。私達が脱出する時、君達が帰ってくるまではオレが何とか持ち堪えてみせよう、って言ってたから……」


 帰ってくるまでは、ということは、ドルアドという男はマリー達が王都を取り戻すために戻ってくるということを初めから知っていたことになる。何故そう言い切れることができたのかはわからないが、あの男は信用できるとレイトは思った。


「……なるほどな。後一つ。ドルアド以外に協力してくれそうな人はいたか?」


 二つ目の問いかけにマリーはまた俯いて考え込んだ。だが、すぐには顔を上げず、少し経ってから首を傾げ、クレアのほうを見た。


「……直接見たわけではないのですが、言葉を話す魔物達が、あの女魔法使いは厄介だ、と話しているのを聞いたことがあります。魔物に厄介だと言われているのなら、抵抗している方だと思いますが……」


 マリーに縋る目を向けられ、クレアはその時のことを思い出しながら答える。


「女魔法使いか……。まあ、会えるかどうかはわからないけど、覚えておくか……」


 レイトはクレアから返された紙片を折り畳むと上着の内ポケットにしまった。


「よし。なら明日、ネスヴェルディズナの王都へ出発する」


 レイトはその場の全員に向けて言った。

 正直、まだ戦力は足りない。だが、ノルスウェートの国王に同行してくるであろう兵士達に魔物達の気を引いてもらえれば、まだ勝機はあるはずだ。レオナルドさえ倒してしまえば、指揮系統が瓦解するからだ。


 魔物は基本単独で行動する。群れで行動する時は互いの利害が一致しているか、格上の存在に統率されているかのどちらかである。ネスヴェルディズナの王都を襲った魔物達は後者だ。


「……本当に大丈夫なの……?」


 ずっと話を聞いていたエリンが不安そうな声を出した。レイトはエリンの側まで歩いて行き、目の高さを合わせた。


「ああ、大丈夫だ。レオナルドっていう親玉さえ倒せばオレ達の勝ちなんだ。その為の方法はちゃんと考えてあるよ。エリンにも頑張ってもらうからな」


 最後に頭を撫でてあげると、エリンは満面の笑みを浮かべた。


「……うん!」


 エリンの笑顔にレイトも笑顔で返した後、ハウエルに顔を向けた。


「いよいよじゃの……」


 ハウエルは低い声で呟いた。


「ええ。これ以上時間をおくと、混乱が広がります。今のうちに決着をつけないと……」

「うむ……。レイト殿、他の皆も……、我が国の為に集まってくれて感謝する。改めて、王都を取り戻すのに力を貸してくれ」


 ハウエルは力のこもった声で皆に依頼した。ここで拒否する者など、どこにいようか。


「もちろんです!」


 レイトの返答を皮切りに、次々に了承の声が上がった。

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