第41話 精霊の申し子と依代
クレアは静かに語り出した。
自分は子供の頃大病を患い、生死の境目にいたこと。ありとあらゆる治療法を試しても何ら効果がなかったこと。死を覚悟した夜に緑色の髪をした女性に出会ったこと。
自分が横になっているベッドの側に立ったその女性は「死にたいか死にたくないかどちらだ?」と問うてきたという。
「……それで何て答えたんだ?」
レイトは呟くように訊いた。
「もちろん死にたくないと答えました。魔法の勉強とか、いろいろやってみたかったですからね」
クレアは自身の右手を見つめた。それが何を意味するのか、レイトにはわからない。
「……緑髪の女性は私の答えを聞くととても穏やかに微笑んで私の頭を撫でてくれました。その後のことはあまり覚えていません」
クレアは最後に目を伏せて首を左右に振った。
気がついたら女性はどこにもいなかったという。その日からクレアの体調は劇的に良くなったのだそうだ。鉛のように重かった体も羽が生えたように軽くなったし、習ってもいない風の魔法も自在に使えるようになった。
だが、周りはクレアを気味悪がるようになった。誰も教えたことがないのに風の魔法を使うようになったからだ。
「それから私は王都を追い出されるようにして旅に出ました。あの緑髪の女性が風の精霊だと知ったのは、最初の野宿の時ですよ」
クレアは静かに語る。王都というのはシデン王国の王都だ。
最初の野宿の時、またあの緑髪の女性、風の精霊に会った。クレアが何故自分を助けたのか問うと、精霊は「自分も死ぬ直前だったから」と言ったらしい。
「精霊って死ぬのか?」
マリーが誰にともなく呟いた。
「はい。精霊は不老ですが、不死ではありません。いずれ力の全てを失い、消滅します」
その後、申し子が跡を継ぐのだ。
だが風の精霊の申し子はとある事件に巻き込まれて死亡した。風の精霊が跡を継がせようとした矢先のことだったらしい。
そこで風の精霊はクレアに目をつけた。死の床についていたクレアは申し子になることはできないが、精霊の力で病を治すことができる。消滅しかけていた精霊はクレアを依代とすることで、生きながらえることができたのだ。
だが、同時にクレアは「人」であることを捨てることになった。
いくら死ぬ直前だったとはいえ、精霊をその身に宿すことになったのだ。人の身体が精霊の力に耐えられるはずがなかった。
クレアの身体は成長と共に精霊の力によって作り変えられていき、二十歳を少し過ぎたあたりで老化が止まった。だからこそ、どれだけ魔法を使っても疲れることがないし、異常なほど高い自己治癒力を持っているのだ。
「…… 後悔、してないのか?」
レイトは無意識に問いかけていた。クレアは静かに目を伏せた。ゆっくり目を開けるといたずらっぽい笑みを浮かべて続けた。
「否定形で訊くんですね。レイトさんは私を何だと思ってるんですか?」
「!」
責める口調ではない彼の言葉に、レイトは面食らった顔をした。自分がいつか彼に言った言葉だ。
クレアは右手の拳を口元に持っていきクスッと笑った。
「冗談ですよ。……後悔していないと言えば嘘になりますけど、死にたくないと思ったのも事実ですしね……」
彼は一呼吸間を置いて続けると、立ち上がり窓から外を眺めた。レイトからはクレアの背中しか見えないが、彼の表情は何となく察せられた。
「……それに、死んでしまうよりは何倍もいい、と思うんですよ……」
クレアの声はいつになく悲しげだ。クレアが今の姿のまま何年生きてきたのかわからないが、恐らく寿命以外の死を何度も見てきたのだろう。
レイトはレオナルドのことを思い出した。今何をしているのだろうか。今もどうやって死のうか考えているのだろうか。
レイトはレオナルドがどうしてあそこまで死を望むのかわからない。だからこそ思うのだ。クレアとレオナルドはどうしてこんなにも考え方が違うのか、と。
二人とも不老であることは変わらない。寿命以外の死も見てきただろう。それなのにこの違いは何なのだろう。
「レイトさん」
名を呼ばれ、レイトははっとして顔を上げた。そこで自分が俯いていたことを知った。
「皆さんも……。今まで黙っていてすみませんでした」
クレアは皆を順に見回し、頭を下げた。誰も何も言わなかった。かける言葉が見つからないのだ。「そんなの気にしてないよ」と明るく言うのは何か違う気がする。
レイトは静かにこう言うしかなかった。
「ああ……。話してくれてありがとう……」
──と。
無理矢理話させたのは自分だ。
★ ★ ★
ニーシェの街から北へ馬車で半日ほど戻り、そこから東へ何日か歩くと、ミリエラの街で臭った異臭が強くなり始めた。
周囲はただ荒野が広がるだけだ。雑草すら生えていない。ところどころに鏡石と思われる鉱石の破片が落ちている。爆発があった場所からはまだ少し距離があるのだが、ここまで破片が飛んできていることが爆発の規模を物語っていた。
長時間ここにいるのは無理だな、とレイトは思った。
「さあ、来てやったぞ……」
レイトは荒野を見渡して呟いた。
文句を言いたいなら光の山へ来い、とセナに言われてやってきた。言いたいことはたった一つだ。
『次の申し子を何故探さない?』だ。さっさと次の申し子を探し、セナを申し子から解放してあげれば、自分がこんな思いをせずに済んだのだ。
だが、行けども行けども光の精霊の姿もセナの姿もなかった。人の気配が感じられない。自分達が歩く音だけが響いていた。
「ここにいるんじゃないの……?」
ルシアが呟いた。
レイトは足を止めた。周囲を見渡すと、山肌が剥き出しになっているところがある。そこにはまだ無事であろう鏡石の原石があるのだろう。
周囲の風景を映し、光を反射する鏡石が採れることからこの山は光の山と呼ばれるようになった。鏡石が採掘される鉱山は他にも存在する。まさかセナが示す光の山はここではない、というのだろうか。
いや、そんなことを考え始めたらキリがない。光の山が比喩表現の可能性もあるのだ。
「レイト、あそこ……」
ふとマリーに名を呼ばれた。彼女はある一点を指差していた。そこにはひときわ大きい鏡石があった。
それは原石なのか研磨されたものなのかわらないけれど、汚れ一つなくそこに鎮座していた。遠目からでもわかるほど大きかった。
「でかいな……」
フェリオが声を漏らす。
レイトはゆっくり近づいていった。マリー達も後をついてくる。
サリ、と足音が変わった。今までたくさんの砂粒を踏みしめていたような音だったのに、その踏みしめていた砂粒がなくなったような音だ。
レイトは足元を見ると、確かに細かな砂粒が少なくなっていた。
そこでレイトは気づいた。地面には何かで引っ掻いたような跡が複数ついていたのだ。目の前の巨大な鏡石を中心にした放射状の跡が。
まさか、と思った瞬間、目の前の鏡石が光り始めた。
「まずい! クレア、飛べ!」
レイトの叫びに反応し、クレアは飛翔魔法を展開するが、それよりも早く鏡石から光が放たれる。
「す、吸い込まれるっ……!」
ルシアは持っている杖を地面に突き刺して耐えようとするが、ずるずると杖ごと引っ張られていく。
(爆発の中心だと思ったのに……!)
レイトも剣を地に突き刺して踏ん張るが、ルシアと同様に剣ごと引っ張られていく。
地面にある引っ掻いたような跡は、ここを訪れた者達が同じように踏ん張った跡なのだろうか。
「これ以上は無理ですっ……!」
吸い込まれる方向とは真逆の方向へ飛翔魔法を発動させていたクレアが苦悶の表情を浮かべた直後、レイト達の体は宙に浮いた。
「うわああぁ!」
鏡石に激突する、と思った時、レイトは例えようのない不快感を覚えて意識を失った。
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