第40話 クレアの正体

 正直、レイトにとって皇位継承などどうでも良かった。今現在弟が第一皇位継承者になっているならそれで良いではないか。

 だが自分がこのロザリオを持っている以上、そういうわけにはいかなかった。このロザリオを作れる職人はもういない。いずれレイトの弟が皇位を継ぐにしても、継承の儀式の際に必ずこのロザリオが必要になってくる。帝国は血眼になってレイトを探すだろう。もしかしたら既に捜索隊が結成されているかもしれない。


 滑稽な話だ。レイトをいないものとして扱っているのに、ロザリオのためにいないはずの兄を探しているなど。

 どちらにしろ、レイトはロザリオを譲るつもりなど一片たりともない。これはささやかな復讐だ。自分は今まで通り、旅を続けるだけだ。


 住宅区の外れに小さな宿があり、レイトとマリーはそこを訪れた。フェリオ達との合流場所として教えられていた場所だ。

 そこの地下にはこれまた小さな酒場があった。宿も酒場も家族で経営しているような感じだ。


 その酒場の、階段から一番遠いテーブル席にフェリオ達は座っていた。余っている椅子に座ると、「何か飲みますか?」とクレアが声をかけてきた。


「いや、さっき飲んできたからいいよ。……それより気になる話を聞いた」


 レイトはクレアに手を振って答え、先程聞いた話を語って聞かせた。


「その観光客の話なら私達も聞いたわ。どうやら行く先々で話してるみたいよ」


 ルシアは低めの声で言った。その観光客は自慢げに話していたらしい。人が消えたという怪現象についても大事に捉えている風ではなかったという。ルシアの声が低めで怒っているように感じるのは、その観光客の態度が気に入らないのだろう。「人が一人消えてるのに信じられない」とぼやいていた。


「……結局、光の山についてはほとんどわからなかったが、どうするんだ?」


 フェリオがグラスの中身をゆらゆらと揺らしながら訊いてきた。ちなみに酒ではない。飲めないことはないが、喉が焼ける感じがするのが嫌いらしい。


「セナが光の山のことを知らないはずがない。光の山へ来い、と言ったのには理由があるはずだ。じゃなければ、何の前触れもなく、あんな話をするわけがない」


 この世界の他にも別の世界があるなどという話など、自分で目の当たりにしない限り、信じられるものではない。


「この世界は数多あるうちの一つ、全てはある場所を挟んで繋がっている、ですか……」


 クレアがセナの言葉を繰り返す。


「ああ。だから言われた通り、光の山へ向かう」


 レイトは皆を見回した。

 真っ先に反応したのはルシアだ。


「まさかあの抉れた場所に行くつもり!?」

「ああ。虎穴に入らずんば何とやらって言うしな」

「危険すぎるわ! 今のところ何も起こってないけど、また爆発があるかもしれないのよ!?」


 ルシアは両手で机を叩いた。

 クレアも彼女に同意した。


「……私もルシアさんに賛成です。危険の度合いがわからないところに行くのは無謀すぎます」


 今までレイトの意見を聞いていたクレアが初めて反論した。やはり優秀な副官タイプだ、と思う。


「そこは頼りにしてるぜ、クレア」


 レイトはにっこりと笑う。クレアは目を見開いて「え……?」と驚いているが、レイトは構わずに続けた。


「言おう言おうと思ってたんだがこの際だ。暴露するみたいで嫌なんだが構わないか?」

「…………」


 笑顔を消して問いかけると、クレアは無言で見返してきた。その表情には普段の穏やかさは欠片もない。

 フェリオも無言でクレアを見ている。レイトが言わんとしていることに気づいているのだ。マリーとルシアだけが戸惑った表情をしている。


「……場所を変えましょう」


 クレアは静かに告げた。


     ★  ★  ★


 手配した宿の一室。二人部屋なので、ベッドは二つしかない。そのうちの一つにマリーとルシアが並んで座り、もう一つのベッドにフェリオが座っている。レイトとクレアはテーブルを挟んで向かい合って座った。


「一体何の話……?」


 ルシアが恐る恐るといった感じで呟いた。


「ネスヴェルディズナの王都を取り戻して終わりなら別にどうでも良かったんだが、精霊とか申し子とかいろいろややこしくなってきたから、明らかにしておきたくてな……」


 レイトはルシアの方を見て答えた。ちらりとクレアへ目を向けると「構いませんよ」と彼は言った。レイトは「あまり詳しくないんだが」と前置きして続けた。


「飛翔魔法は飛んでいる間魔力を消費し続ける。だから魔力が高かろうが低かろうが、使った後はかなり疲れる。これは間違いないよな?」

「はい」


 クレアは躊躇なく答えた。

 飛翔したり浮遊したりする魔法は魔力を一定間隔で消費し続けるため、そのコントロールが難しい。仮に上手に飛んでいたとしても、使用後は著しく疲労する。


「じゃあ何でお前はケロっとしていられるんだ?」


 その言葉にマリーがはっとしたような顔をしたのをレイトは横目で見た。


 そう。クレアはネスヴェルディズナの王都を取り戻すためにレオナルドと対峙した時も、レイトが服従の調べを暴走させた時も、浮遊と飛翔魔法を使い、その後も疲れた素振り一つ見せなかった。クレアが人間である以上、そんなことはありえないのだ。


 人間は魔の力に特化した種ではない。だからといって武の力に特化しているわけでもない。どちらでもないのだ。

 精霊の申し子も人間だが、彼らは精霊から莫大な魔力を与えられているため飛翔魔法もテレポートも容易に使うことができる。故にレイトはクレアの様子に疑問を持ったのだ。

 彼も申し子なのではないか、と──。

 クレアはゆっくりと口を開いた。


「……私は、精霊の魂をその身に宿した存在です」

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