第39話 光る鏡
マリーもいろいろ考えていたと言う。マリーにとって、レオナルドは両親の仇で、敵討ちはしたいとずっと思っていた。だが、レイトがレオナルドに敵意を持てなくなったことも知っていた。それなら、マリーがレオナルドを殺そうとしていることをレイトは良く思わないのではないか、と思ったらしい。
最初はそんなこと知ったことではない、と思っていたと言う。彼が今までやってきたことは、誰が見ても許されることではない。だったら自分がやろうとしていることは当たり前のことなのだ、とマリーは考えていた。
だがレイトのことを思うと、それは本当に正しいことなのかわからなくなったそうだ。
レイトは自分をネーリスの街から助けてくれた。そんな大切な恩人の意思を無視しても良いのだろうか。そう思ったらしい。
そう考えるようになってからは、自分にとっての「当たり前」が正しいことなのかわからなくなったと言う。
そんな時、レイトから「リセットしないか」と言われ、頭が真っ白になったと言う。まさか自分達二人が会わなかったことにしよう、という意味なのかと思ったらしい。だが「一緒に考えよう」と言われ本当に嬉しかった、とマリーは言った。
「嬉しかった……?」
レイトは首を傾げた。マリーは頷く。
「私の事も考えてくれたから……」
マリーの声は嬉しそうだ。そこでレイトは気づいた。
マリーはネーリスの村でずっと嫌がらせを受けていた。領主からも、面倒を見てもらっていることを盾に屈辱的なことを強いられていた。当然、そこにマリーの意思はない。
そんな彼女にレイトの言葉はどれほど染みたことだろうか。
自分にとっての「当たり前」が相手にとってそうではない。レイトは今更になって気づいた。知っていたつもりだったが、いざ自分がその渦中にいると気づかないものだ。
「マリーだってオレのこと考えてくれたじゃないか」
レイトは少し明るめの声で言った。マリーはこちらを見上げ、きょとんとしている。
「………?」
「本当は仇を討ちたいのに、オレのことを考えて、それが本当に正しいのかって思い留まってくれたんだろう?」
レイトの言葉にマリーは「あ……」と小さく声を上げた。無自覚だったのだろう。
「ほら、行こうぜ。フェリオに怒られちまう」
レイトは冗談めかして言いながら、左手を差し出した。マリーは再び小さな笑顔を見せてレイトの手を握った。
「レイト」
「ん?」
名を呼ばれ、レイトはマリーの方を向いた。意思の強い瞳が穏やかな光を放っている。
「人を思いやるって、簡単にできるんだな」
今まで自分のことしか考えられなかった少女の一言を、レイトはきっと一生忘れないだろう。
★ ★ ★
ニーシェの街の北側にある酒場は、酒場というよりアルコールも提供している喫茶店という感じの店だった。スイーツを食べている女性が多くいた。
レイトは注文を取りに来た女性従業員に光の山のことを聞いた。
「あぁ、あの鏡石が採れる所で有名な山ですよね。少し前に突然爆発があったって言う……」
「ああ。爆発のことはオレ達も知ってるんだけど、何で爆発したのかは知らないんだ。何か知ってるか?」
レイトが問いかけると、女性従業員は首を傾げて唸り始めた。
「う〜ん……。理由はわかりませんけど、私の友達のお父さんがその山で働いてて、爆発が起こる直前に鏡石が光ったって言ってましたね」
「光った?」
レイトが鸚鵡返しするように呟くと、女性従業員ははっきりと頷いた。
「はい。突然光ったとかじゃなくて、淡く、ぼんやりと光ったみたいですよ」
その父親はそれを見て、直感でやばいと思い、山から脱出したという。
直後に爆発が起きたのだから、それは肝を冷やしたことだろう。
「ぼんやりと、か……。ありがとう、参考になったよ」
レイトが礼を言うと、女性従業員は明るい声で返事をして厨房の奥へ消えて行った。
「鏡石って光ったりするものなのか?」
女性従業員が去った後、マリーが訊いてきた。
「鉱石のことはオレもよく知らないけど、そんな話は聞いたことないな……」
レイトは女性従業員が立ち去った厨房の方を眺めながら答える。ルシアに鏡石を見せてもらったが、光ってはいなかった。特定の条件下では光るのだろうか。
しばらく経つと、注文した飲み物が運ばれてきた。持ってきてくれたのは、先程の女性従業員だった。マリーが「あ……」と声を上げると、女性従業員は小さく会釈して話し始めた。
「そういえば鏡石が光る、で思い出したんですけど、前に旅行でウチに来られた方が光る鏡のことを話してたんですよ」
「光る鏡……?」
レイトはコーヒーに口をつけようとしてやめた。
「はい。その方の故郷にある教会には大きな姿見があるそうなんですが、たまにそれがぼんやりと光ることがあるらしいですよ」
昼夜関係なく、たまに光るらしい。
女性従業員はこういった怖い話が大好きなのか、目を輝かせて話している。まるで誰かさんのようだ。
「昔、姿見の前で人が突然消えたって話もあるんですよ」
「何……?」
その言葉にレイトは反応した。
『──ごく稀にその入り口が開くことがあるんです。その入り口は吸引力が強いので、入り口に近づいた人が吸い込まれることがあるんです。そうやって吸い込まれた場合、まず戻って来れませんから、周囲からは突然消えたように見えるんですよ。これが俗に言う神隠しです』
セナの言葉が蘇る。この世界は数多ある世界のうちの一つ。それらはある場所を挟んで全て繋がっている。
光の山が無くなっていたことを知らないはずがないセナがこのことをレイトに話したのには理由がある、と思っているレイトには、この光る鏡や鏡石の話が無関係とは思えなかった。
「どうかされたんですか?」
女性従業員が不安そうな声で訊いてきた。もしかしたら、睨むような目つきになっていたかもしれない。
「いや、何でもない。ありがとう」
レイトは首を左右に振ってコーヒーを一気に飲み干した。銀貨二枚をテーブルに置き、立ち上がる。
「マリー、行くぞ」
マリーに声をかけると、マリーは急いでフルーツジュースを飲み干す。
背中越しに「またいらして下さい」と女性従業員の声が聞こえる。レイトは振り返った。
「そういえば、その観光客の故郷ってどこなんだ?」
思い出したようにレイトが問いかけると、女性従業員は先程までレイト達が使っていたテーブルを片付けながら答えてきた。
「インズバーグ帝国の帝都、ルヴェンティーナですよ」
その答えにレイトは絶句した。
「……そうか。ありがとう……」
何とかそれだけ返し、喫茶店を後にした。
まさかこんな形で帝都が絡んでくるなんて……。レイトは視線を地に落とした。
母親によって幽閉されていた日々。セナによってそんな毎日から助け出されてから、一度たりとも帰ったことはなかった。
インズバーグ帝国では、第一皇位継承者として民へのお披露目があるが、それよりも前から幽閉されていたから、国民はレイトの顔を知らない。だが、母親似であるこの顔を見た誰かが不審がるかもしれない。だからレイトは今まで帝都を避けていたのだ。単純に行きたくない、という思いもあるのだが。
風の噂で聞いたが、現在帝都はレイトの弟が第一皇位継承者として認知されているらしい。つまり、レイトという人間はいないものとされているのだ。
第一皇位継承者にはレイトが持っているロザリオが必要のはずなのだが、どうするつもりなのだろうか。
「………?」
ふとマリーがレイトの手を握ってきた。彼女のほうへ顔を向けると、心配そうな目を向けていた。
レイトは小さく笑ってマリーの手を握り返した。
「大丈夫……。フェリオ達と合流しようか」
レイトが努めて穏やかに答えると、マリーは「うん」と頷いた。感情のこもっていない声だったが、レイトの手を握る手には力がこめられている。
レイトの過去を知っているから、故郷が関わった時のレイトの「大丈夫」が信用できないと思っているのだろう。
実際少し取り乱した。今までは昔のことを何でもないことのように話すことができるが、帝都に行くことになるかもしれないと僅かでも考えたら、背筋がゾッとした。
レイトは空を見上げた。
決着をつけなければいけない。
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