第38話 リセットしないか?

「……は?」


 レイトは間の抜けた声を出した。

 セナに光の精霊に会いたいなら、光の山へ来い、と言われたことを話したら、ルシアが「それは無理よ」と言った。なぜなら光の山とは、今東に見えている丁度山が抉れている部分のことだからだ。


「どういうことだ?」


 マリーはルシアを見た。


「さあ……。知らなかったとか?」


 ルシアは首を傾げながら答える。


「そんなことないだろう。アイツは申し子だぞ」


 フェリオが少し驚いた声を出した。

 フェリオの言う通りだ。セナが知らないはずはない。あの山が抉れたのはそれほど昔ではないようだが、光の精霊の申し子として世界を見て回っているセナが知らないはずはなかった。


「それもそうよね。じゃあ……」

「ルシア、あの山で爆発があったのは正確にはいつかわかるか?」


 レイトの質問がルシアの声に被る。


「え? ……えっと、正確にはわからない。でも十日以上前なのは確かよ。私達がネスヴェルディズナでセナと会うよりも前」


 ルシアはレイトの質問に答えながらフェリオの方を向いた。フェリオが無言で頷いている。

 それが確かなら、尚更セナが知らないはずがない。何か意図があるのだろう。


「レイトさん、これからどうしますか? ネスヴェルディズナへ帰りますか?」


 クレアが声をかけてきた。


「いや、もう少し東の山について情報を集めたい」

「それなら南東の街に行くか? 結構大きい街だし、人が集まりそうな酒場も何件かあるしな」


 フェリオが提案した街は丘の上にあるニーシェの街のことだ。大きな風車がある街で、それを見るために各地から観光客が来るという。最近では魔物騒ぎが後を絶たないというのに、よく観光などできるものだと思う。


「そうだな……」


 レイトは頷いてミリエラの街を見渡した。街として賑わっていただろう時の面影はどこにもない。フェリオは何を思ってこの街を合流場所に指定したのだろうか。


 ふと、ルシアがある一点を見つめていることに気づいた。その視線の先には周りと同じように壊れた建物しかないが、それでも少しだけ大きな建物だとわかる。

 それが何の建物かはわからない。だが、この街は彼女にとって思い出のある場所なのだろう。


 レイトは気づかないフリをして、街の外へ向かって歩き出した。


「ルシア、行くぞ……」

「あ、うん……」


 背後でフェリオがルシアに声をかけている。

 彼女の声は少し悲しげに聞こえた。


     ★  ★  ★


 ニーシェの街は少し高い丘の上にある街だ。周囲に遮る物がなく、いつも穏やかな風が吹いている。その風を受けて、大きな風車がゆっくり回っている。とても堂々とした佇まいだ。


 レイトはしばしその様を眺めていた。セナから風車のことは聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてだ。その悠然した佇まいを見ていると、自分の悩みがとてもちっぽけなものに思えてくる。


 レイトはマリーとの間にできた溝をどうやって埋めれば良いのか悩んでいた。

 単に「ごめんなさい」と謝って済む問題なら、いくらでも頭を下げるつもりだ。だが事はそう単純ではない。


「おい」


 ふと何かで頭を叩かれた。振り向くと、フェリオが扇を突きつけていた。


「北側の商業区にも酒場があったはずだ。そこで情報収集な」


 フェリオは言いながら扇でマリーを示した。マリーは先程からずっと風車を眺めている。

 つまり、マリーと情報収集しながら、できた溝を何とかしてこい、ということだ。

 レイトは目を伏せて、小さく唸った。逃げるわけにはいかない。


「マリー」


 まだ風車を眺めているマリーに声をかけた。マリーがこちらに近づいてくる。


「どうした?」

「別れて情報収集しよう。オレ達は北側だ。行くぞ」

「わかった」


 必要なことだけを伝えて北側へ向かって歩き出す。仲間の視線が痛い。ぎこちないことなど百も承知だ。腹をくくるしかない。仕方がないで済ませて良い問題ではないのだ。


 街を北へ向かって少し歩くと、広めの公園が見えてきた。陽当たりも良く、適度に風も吹いている。どこにでもあるような遊具で子供達が無邪気に遊んでいた。


「……レイト……」


 ふとマリーが声をかけてきた。レイトは内心驚いて後ろを歩くマリーを振り返った。


「あの……えっと……」


 マリーはどうやって言葉を続ければ良いのか悩んでいるようだった。レイトは先に言うことにした。


「マリー……ごめんな」

「え……?」


 レイトの言葉にマリーは驚いたように声を上げた。俯いていた顔を上げ、大きい瞳でこちらを見上げている。


「マリーにとってレオナルドは両親の仇で、オレもそれを知ってたのに……。アイツの本当の目的を知ってからは、アイツに敵意を持てなくなったんだ……」


 レイトは俯きながら続けた。彼の、レオナルドの非人道的な言動が許せなくて怒りを抱いていたのに、彼の死を焦がれる思いを知ってからは敵意を持てなくなった。


 レオナルドがやってきたことは到底許されることではない。フェリオにも言われたことだ。だからといってこのまま怒りを向け続けるのは違うと思うのだ。レイトはたどたどしくマリーに語った。


「ああ、言いたいことはわかる……」


 マリーはぽつりと呟いた。


「レイト、お前は意志が強い男だと思う……。ネスヴェルディズナを取り戻す時の行動には迷いがなかった。……そんなお前がレオナルドと共にいたんだ。だから、余程の理由があったんだと、思う……」


 マリーの表情がだんだん辛く苦しげなものになっていく。

 マリーもいろいろと考えていたのだろう。彼女にとってレオナルドは両親や大切な故郷の人達を殺した仇だ。それは動かしようのない事実だ。その憎しみは計り知れないだろう。だがそれでもマリーはレイトの気持ちを理解しようとしてくれている。

 レイトは胸に込み上げてくるものを感じた。


「だから……!」


 マリーが言葉を続けようとしたが、レイトは咄嗟に彼女の口を片手で覆った。言わせたくない。彼女は何も悪くないのだから。「私のほうこそごめんなさい」は必要ない。


「その続きは言わないでくれ……」


 レイトが言わんとしていることがわかったのか、マリーは何も言わなかった。だが、その目には困惑の色が浮かんでいる。彼女の中にもモヤっとしたものがあるのかもしれない。このままではそのモヤモヤを解決することができない。


「レイト……」


 レイトが手を離した時、マリーが縋るような目をしてレイトの名を呟いた。レイトはそれに応えるように言った。


「……一度リセットしないか?」

「え?」


 レイトの言葉をマリーは理解できなかったのか、ぽかんとする。


「もう一度最初からやり直さないか? このままだと、オレもマリーもモヤモヤするだけだし……。レオナルドに対して、どういう対応をするのが一番いいのか、一緒に考えないか……?」


 レイトはレオナルドに対して以前のように敵意を抱くことができなくなった。だが、マリーにとって彼は仇であることはわかっている。でもマリーに仇を討たせたくない、と思っているのも事実だ。


 憎しみからは何も生まれない、などと綺麗事を言うつもりはない。

 ただ死を焦がれるレオナルドに対して、マリーに本懐を遂げさせて、彼を死なせてあげても良いのだろうか、と思ってしまう。

 レオナルドの死を願う気持ちに嘘はないだろう。だが無意識に望んでいる何かがあるのではないか。そう思えてならないのだ。


 レイト自身幽閉されていた時、何度死を願ったかわからない。死にたくないからと、後五分、後五分、と思い続けてきたが、絶望した時もあった。それでも誰かに助けてもらいたかったのだ。


 だからレオナルドもそうなのではないだろうか。それとも、これはエゴに過ぎないのだろうか。


 レイトは言い訳がましくならないように、マリーに自身の胸の内を語った。

 マリーに責められるのを覚悟していたが、彼女は何も言わず、一言だけ告げた。


「……うん、わかった」


 彼女の両の口端が僅かに上向いている。目を凝らして良く見ないとわからないほどの変化。

 レイトは久しぶりにマリーの笑顔を見た気がした。

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