第43話 だって、仕方がない

「やはり服従の調べを譲渡する許可など出すべきではなかったのだ……」


 光の精霊は独り言のように呟き、語り出した。

 光の精霊は精霊達の中では最上位であり、その申し子になれる条件も厳しい。なかなか相応しい者が現れなかった。

 そんな光の精霊の態度に業を煮やしたセナが自分が探しに行くと言い出した。光の精霊は止めようとしたが、ちょうど同時期に申し子候補の気配を感じた。素晴らしい潜在能力を秘めた輝きだ。これならセナも間違うまい。光の精霊はセナに申し子候補を自分の元へ連れて来るよう言った。


 だがセナはこの時、自分が与えられた服従の調べを譲渡しても良いか許可を求めてきたのだ。光の精霊はさすがに間違えないだろうとは思ったが、精霊自身が見極めなければいけない決まりだっため、許可しなかった。

 それでもセナは許可を求めてきた。そこで光の精霊は根負けし、不承不承ながらも許可を出した。まず間違えないだろうと思ったのだ。


 だがセナは間違えた。申し子候補には年子の兄がいた。兄弟はどうしても気配が似てくる。だからセナは間違えた。


「……いつ間違いに気づいたんだ?」


 フェリオは光の精霊の話を遮り、セナに問いかけた。怒りが爆発する寸前のような表情だ。


「譲渡した後です……」


 セナは目を逸らして答えた。

 レイトは全く何も答えられないでいた。自分の人生は全て間違ったもの。今まで生きてきた全てを否定された気分だった。自分の手を握るマリーの手の温もりがレイトをかろうじて正気を保たたせていた。


 セナは早く申し子から解放されたかった。だから光の精霊に許可を得て服従の調べを譲渡した。これで申し子から解放されたのだ。

 本来なら精霊の加護として精霊の力を一部与えられているのだが、セナはあくまで次の申し子が現れるまで暫定的に申し子になっていただけなので、加護は受けていなかったのだ。


「……正直、間違えた後、行方をくらませてしまえばなあなあで終わると思ったんですけどね……」


 セナは力無く呟いた後、光の精霊を見た。恨みがこもっているように見えた。


「人間は窮地に陥ると、ついつい悪魔の囁きに乗ってしまうものだ。お主が行方をくらまそうとすることは容易に想像できる」


 光の精霊は険しい目つきでセナを見据えた。

 行方をくらまそうとしたセナは光の精霊に見つかり激しく責められた。

 当然だ。人一人の人生を狂わせたのだから。

 そこでセナは責任を取るように言われ、レイトをあの地下牢から助け出したのだ。


 間違えたセナが悪い。だがセナからしてみれば、光の精霊がもっと詳しく説明していればセナが騙されたと誤解することもなかったことである。自分に丸投げしてきたくせに、間違えたら鬼のように怒る。セナにとってとても納得できるものではなかった。


 ディーナの家ではそのイライラがつい出てしまったのだろう。


「……どうすれば服従の調べを返すことができるんだ?」


 レイトは蔑むような目で光の精霊とセナを交互に眺めた。答えなど薄々わかっていた。


「それはできない」

「…………」

「服従の調べは精霊が与えるもので、一度与えてしまったら、精霊でも取り出すことはできないのだ」


 服従の調べは与えた相手によって発動方法が異なるからだ。無条件に従わせる、という効果は同じだが、やり方は違ってくる。レイトは声で相手を従わせるが、レオナルドは相手を睨みつけて従わせるからだ。見たことはないが。


「ではレイトさんが申し子になるしかないのですか?」


 今度はクレアが口を開いた。口調に僅かに怒気が含まれている。


「……まずはレイトの弟に申し子になるよう話をするしかない。そこで弟が承諾すれば、申し子の契約で服従の調べを譲渡することができる」


 光の精霊は静かに答えた。

 服従の調べは契約の魔法陣の上でのみ、本人の意思によって譲渡することができる。故に魔法陣の上だろうと、与えた精霊自身でも取り出すことはできない。

 その魔法陣は精霊の許可があれば、申し子でも展開することができるのだ。


「だがレイトの弟が拒めば、レイトが申し子にならなければならない」

「何でだよ!? 別の候補を見つけてそいつにもう一回服従の調べを与えりゃいいだろうが!」


 フェリオが間髪入れずに反論した。


「それは無理だ。服従の調べは精霊一人につき一つしか持っていないからだ」


 つまり、光の精霊が持っていたであろう服従の調べはレイトが持っているものだけということである。


 精霊や申し子も結構融通がきかない存在なんだな。レイトは冷め切った頭でそんなことを考えた。マリーの手を握っていないと正気を保てなかったのが嘘のようだ。


「……クク……アハハハハ!」


 レイトは声を上げて笑った。もう笑うことしかできない。この場にいる全員の視線が突き刺さるが知ったことか。

 レイトはマリーの手を離し、一歩前へ出た。地面などないのに、地上を歩くように足を動かすと、自然と体は動いた。


「ああ、ああ、もういいよ。……セナ、一応弟には話をしに行くが、もし弟が申し子を拒んだらオレが申し子になってやるよ」

「ちょっ……お前!? 何言ってんだよ! こんなヤツの言うこと聞く必要ねぇだろうが!」


 フェリオが荒々しい口調で叫んでレイトの肩を掴んできた。

 レイトはフェリオのほうを見ずに呟いた。


「だって、仕方ないだろう……?」


 その言葉にセナは目を見開いた。

 正式に申し子になるなら、服従の調べは必須だ。


「生きている以上、我慢は強いられるんだろう……?」

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