第20話 厄介な女魔法使い

 ネスヴェルディズナ王都の東にある草原を縦断し、王都の北側に回り込んだフェリオは近くの林に身を潜め、王都の様子を伺った。外壁に囲まれているので中の様子はわからないが、異様に静か過ぎる気がした。


 ふと近くの茂みが擦れる音がした。フェリオは特に驚かず、静かにそちらへ顔を向けた。


「どうだった?」

「あんまり近づくと気づかれるから遠くからだったけど、外を歩いているのは魔物ばかりで、人の姿は見なかった」


 フェリオが茂みに声をかけると、茂みから出てきたマリーは簡潔に答えた。彼女に偵察に行ってきてもらったのだ。


「街の様子はどうだった? 建物の壊れ具合とか、倒れている人がいたとか……」

「建物はたくさん壊れてた。でも倒れている人はいなかった。見えなかっただけかもしれないけど……」


 マリーは王都のほうを眺めながら答える。


「そうか。……レイトから聞いてたけど、本当に抵抗しない者は殺していないのか……」


 あのレオナルドが律儀にそんな約束を守るなんて。

 あり得ない。あんな最低な男が律儀に約束なんて守るわけがない。フェリオは憎しみに染まった目で、王都の、レオナルドがいるであろうお城を睨みつけた。


「……フェリオお兄ちゃん、どうしたの……? 何だか気配が怖いよ……」

「………!」


 エリンの怯えた声を聞いて、フェリオはハッとした。つい昔のことを考えてしまった。


「悪い……、ちょっと考え事してた。怖がらせて悪かったな」


 今は考え事をしている場合ではない。フェリオは先程まで思い出していた昔のことを頭の隅に追いやり、少しだけ笑みを浮かべてエリンの頭を撫でた。


「フェリオ様、いかがなさいますか?」


 ルリが静かに問いかけてきた。フェリオは一度だけルリに目を向けると、すぐに王都のほうへ顔を向けた。


「このまま突っ込む。赤い花火のことはまだ解決していないが、オレ達が動かないとレイト達が動けないからな」

「御意」


 ルリが綺麗な仕草で一礼する。


「ただし、これ以上は無理だと思ったら、どんな状況だろうと逃げるからな。そこだけは忘れるなよ」


 フェリオはきつい口調で言い放つ。自分達は魔物に勝つことが目的ではない。レイト達がレオナルドを倒すまで魔物達を引きつける役目なのだ。


 フェリオは自分がとどめを刺したかったが、そこは仕方がない。集団で行動している以上、私怨で動くわけにはいくまい。

 背後で皆が頷く気配を感じ取ったフェリオは腰につけているポーチから小さな扇を二つ取り出した。


「行くぞ!」


 フェリオは扇を広げて走り出した。透明感のある鈴の音が響き渡る。


 ネスヴェルディズナ王都の北門は老朽化が進んでいるのか、どれだけゆっくりと静かに開けても、木材がきしむ嫌な音が響く。魔物達を引きつける役目なのだから勢いよく開け放って目立っても良いのだが、どうせなら静かに侵入して不意をつきたいものである。


 門が開いた先には二匹の魔物がいた。一方は二足歩行で狼の頭をした魔物。もう一匹は大型の四足歩行の魔物だ。鮮やかなオレンジの体毛に炎のような真っ赤な瞳をしている。魔物は動物が突然変異を起こしたものだと言われているが、詳しいことはわかっていない。


 狼頭の魔物が門のきしむ音に気づいてこちらに顔を向けた。


「ム……! 人間! ナゼ外カラ入ッテクル! 外出ハ禁止シテイルハズダ!」


 狼頭の魔物は右手に持っている斧を振り上げ、襲いかかってきた。

 フェリオは返り討ちにしようと扇を構えたが、その直後にフェリオの両側からマリーとエリンが一足早く狼頭の魔物に一撃を浴びせていた。


「グワァァァァ!!」


 両脇腹を切り裂かれ、狼頭の魔物は悲鳴を上げた。悲鳴というより雄叫びのようだ。


「グオオオオオ!」


 四足歩行の魔物が先の悲鳴に感化されるように雄叫びを上げた。その口からは炎が生まれている。


「させません!」


 ルリが右手の人差し指を四足歩行の魔物に突きつけた。すると、指先から水が一直線に放たれ、魔物の左目を掠める。まるで光り輝く光線のようである。


「ガウッ……!」

「フェリオ様!」


 魔物の声とルリの声が重なる。

 フェリオはルリの声を合図に扇を構え直して、四足歩行の魔物に突撃した。扇を剣のように振り下ろす。その軌跡の通りに魔物の体は切り裂かれた。真っ赤な血が噴き出す。


「グオオオオオン!」


 四足歩行の魔物は断末魔の叫びを上げて地に倒れ伏した。痙攣を起こしたかのように体が震えていたが、やがてピクリとも動かなくなった。完全に絶命したことを確認すると、フェリオは扇をポーチにしまった。


「お見事でございます、フェリオ様」


 ルリは先程魔法を放った時のような勇ましさからは想像もつかない優雅な仕草でフェリオの側へ歩み寄った。


「ふん、オレなんかまだまだだろ? あそこで高みの見物してる誰かさんと比べればな!」


 フェリオは言葉の最後の語気を強めて、上空を振り仰いだ。正確には二階建てくらいの高さの城壁に座っている人物を仰ぎ見た。


 マリー達も気づいていたようで、大して驚いた様子もなく、同じように振り仰いだ。


「降りてきやがれ! その笑い声耳障りなんだよ!」


 フェリオは苛立ちを露わに叫ぶ。


「ごめんごめん。炎属性の魔物は私と相性が悪くてね。それに、本当に君達が北門から現れるなんて思わなくてさ、つい笑っちゃったんだ」


 城壁に座っている人物は申し訳ないという感情が微塵も感じられない口調で謝罪すると、そこから飛び降りた。着地する直前、魔力を発生させ、ゆっくりと地に降り立つ。


 フェリオはその口調にも腹立たしさを感じたが、それよりも気になることがあった。


「……お前、オレ達が北門から来ることを知ってたのか?」


 フェリオは険しい顔をして目の前の人物、魔法使いの女性に問いかけた。


 聞き間違いでなければ、彼女は「本当に君達が北門から現れるなんて思わなくてさ」と言った。これはあらかじめ、フェリオ達が北門から来ることを知っていなければ言えない台詞だ。


「ええ、知ってたわよ。あんた達が北門から来ることも、赤い花火に困っていることも。だから私がここに来たのよ」

「何で赤い花火のことを……!」


 マリーは目を見張り、驚いた声を上げた。フェリオは一瞬だけマリーに目を向けたが、すぐに魔法使いの女性に戻した。赤い花火のことを知っているなら、ハッタリというわけではなさそうだが。

 そこでフェリオは思い出した。クレアが言っていた「厄介な女魔法使い」のことを。


「まさか、あんた……!」


 そんな都合のいいことがあるわけがない。だが目の前の女性はあっさりとフェリオの言葉を肯定した。


「そう、そのまさかよ。私はルシア・ナミスレイ。得意属性は炎で、ここの魔物達が話してる厄介な女魔法使いよ!」

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