第21話 奇跡のような確率

 そんな馬鹿げた話があるか、とフェリオは思った。赤い花火をあげる手段がないまま王都に突入して、その突入した先で赤い花火を上げられる魔法使いと出会うなど、そんな都合のいい話があるわけがない。誰かに先手を打たれているようで気分が悪かった。


「何か疑ってるみたいだけど、私がここにいるのは、ドルアドさんに言われたからよ。そっちの君は知ってるんじゃない?」


 ルシアはマリーへ顔を向けた。


「ドルアドって、あのドライフルーツを売ってた……」


 マリーは思い当たることがあるようで、独り言のように呟く。マリーが知っているのなら、ルシアの言葉は嘘ということではないようだ。フェリオは少しだけ警戒を解いて彼女を見据えた。


「ちょっとは信じてくれた? あのドルアドさんって人は、少し未来のことを予知できる先見の力を持っているの。だから、あなた達が北門から来ることも赤い花火に困っていることも事前に知ることができたのよ」


 恐らくドルアドはフェリオ達が赤い花火に困ることを先見の力で知り、彼女に協力を求めたのだろう。

 だがそんな与太話にしか聞こえないような話をよく信じられたものだ。


「そりゃ信じるでしょ。私もノルスウェートの出身だからね」


 顔に出ていたのか、ルシアはフェリオの疑問に答えてきた。フェリオは心を読まれてしまったことに僅かに目を見張ったが、彼女の言葉を聞いて納得した。


 ネスヴェルディズナ王国があるリンデンシア大陸の東にはイストリノ大陸がある。その西部に位置するのがノルスウェート王国である。かの国にはフェリオのような魔法ではない、特殊な力を持つ一族が複数存在する。先見の力もその一つだ。ドルアドがノルスウェートの出身なのかどうかはわからないが、ルシアがノルスウェートの出身なら、ドルアドの話を素直に信じたのも納得である。

 ちなみにフェリオもノルスウェート王国の出身だ。


「なるほどな……」

「……で、どうするの? 赤い花火、上げる?」

「ちょっと待て」


 フェリオは魔法を打つ準備を始めようとしたルシアを制した。


「やらないの?」

「その前に確かめることがある。……ルリ」


 一呼吸間を置いてルリの名を呼ぶと、彼女は「御意」と静かに頭を垂れた。

 ルリは俯きがちに目を閉じ瞑想し始めた。彼女の体が淡い光に包まれる。


     ★  ★  ★


 フェリオ達が王都に突入する少し前、レイトはクレア、ヒスイ、ハウエルを連れてお城へ忍び込むための隠し通路を進んでいた。


 初めてここを通った時はハウエルを王都から脱出させるためだった。この隠し通路は有事の際に王家の人間を逃がすためのものだ。それを侵入するために使うというのは、何だかおかしな話である。


「ソコデ止マレ!」


 分岐のある少し開けた場所に出ると、蜥蜴頭の魔物が二匹待ち伏せしていた。向かって左側が赤い蜥蜴で右側が緑の蜥蜴だ。


「ここにまで魔物が……!」


 ハウエルが驚いた声を出した。


「ハハハハハ! マサカ待チ伏セシテイルトハ思ワナカッタダロウ! 大人シク我々二従エ! ソウスレバ生カシテオイテヤルゾ」


 最初に止まるよう命令してきた赤い蜥蜴頭の魔物が、上から目線でまたも命令してきた。


「……断る、って言ったら?」


 レイトは試す口調で問いかける。


「ナラバココデ死ネ!」


 赤い蜥蜴は興奮しているかのような声で叫んだ。腰に差している剣を抜いて突撃してくる。


「ヒスイ、やれ」

「御意」


 レイトが静かに命令すると、ヒスイは返事をしながら袖の中から二本の短刀を取り出した。そのまま特に構えることもせず、赤い蜥蜴頭の魔物に向かって行った。

 赤い蜥蜴が剣を振り下ろすより早く、ヒスイの短刀が赤い蜥蜴を切り刻んだ。


「ギャアアアア!」


 赤い蜥蜴頭の魔物は黒い血飛沫を上げながら、地に倒れ伏した。


「クソ! 愚カナ人間ドモガ!」


 緑の蜥蜴頭の魔物は誰が見ても分かるほどに激昂し、剣を抜いた。その剣からは黒い霧のような物が溢れている。魔物だけが体内に溜め込んでいるという瘴気だ。


 この瘴気は人間にとって有害だ。軽く触れてしまった程度なら体調を崩すくらいで済むが、大きく吸い込んでしまうと、体の一部が魔物化してしまったり、最悪死んでしまうこともあるのだ。


「喰ラエ! 我ガ瘴気ヲ!」


 緑の蜥蜴は剣から瘴気を放つ。だが、クレアの風の結界のおかげで瘴気はレイト達に届くことはない。


「……? レイト殿はどこへ行ったのじゃ?」


 ところが結界の中にレイトの姿はない。ハウエルが辺りを見渡そうとした時、肉を貫く気持ち悪い音がした。


「ナニ……! キサマ、イツノマニ……!?」


 緑の蜥蜴の腹部からは剣が突き出ていた。レイトは周りが赤い蜥蜴頭の魔物に気を取られている間に緑の蜥蜴の背後に移動していたのだ。


「貴様が知らねぇ間にだよ!」


 レイトは剣を引き抜き、すぐさま振り上げ、勢いよく振り下ろした。再び響く肉を切り裂く気持ち悪い音。

 緑の蜥蜴は背中からどす黒い血を噴き出させながら俯せに倒れた。


「お見事でございます」


 ヒスイは袖の中からハンカチを取り出し、レイトに差し出した。レイトは先程の一撃で返り血を浴びていた。


「卑怯な手だがな。……っていうか、お前の袖の中、一体どうなっているんだ?」


 レイトは肩を竦めて答えた後、ヒスイの袖を指差して聞いた。


「それを聞くことができるのはフェリオ様だけでございます。ご容赦下さいませ」


 ヒスイは目を伏せ、頭を下げた。

 ここでフェリオに聞いても教えてくれないだろう。つまり、企業秘密ということだ。


「……しかし、この通路にまで魔物がいるとはの……」


 ハウエルが険しい顔で呟いた。


「もしかしたら、出入り口である地下通路にも魔物が待ち伏せしているかもしれませんね……」


 クレアはハウエルに答えるように言った。


「それでも行くしかねぇよ。幸い、あの地下通路の幅はそんなに広くない。待ち伏せしてると言っても二匹ぐらいが限度だろう」


 レイトは剣を鞘に収める。もちろん魔物の血を拭き取った後だ。


「……そうですね。ここで話し込んでいてもどうしようもありませんからね」

「そうじゃな……」


 二人が頷いて歩き出そうとした時、ヒスイが「お待ち下さい」と皆に声をかけた。


「どうした?」

「……ルリから心話です」


 レイトの問いかけにヒスイは短く答えると、俯いて目を閉じた。


「シンワ……?」


 クレアは首を傾げてレイトを見る。


「ヒスイやルリはフェリオの心の一部を核にして作られた存在だ。だからどれだけ離れていても、心で会話することができるんだよ」

「へぇ、便利な能力ですね」


 クレアは特に驚いた様子もなく、短い感想を口にしただけだった。


 変わったヤツだな、とレイトは思う。フェリオが踊り子だと知った時にはあれほど驚いていたのに、心話に関しては大して驚きを示さない。まるで、知識としては知っていたかのような口ぶりに聞こえる。


「レイト様」


 ヒスイがレイトを呼んだ。


「ルリは何て?」

「はい。赤い花火を上げられる魔法使いと出会うことができました、と……」

「はあ?」


 レイトは間の抜けた声を出した。時間的に王都に突入してすぐだ。そんな都合良く会えるはずがないし、そもそもそんな存在がいる保証すらなかったのだ。こんな馬鹿げた展開があるわけがない。


「どうやら、その魔法使いはクレア様が以前仰っていた厄介な女魔法使いのようで、炎属性が得意なようです」


 ますます有り得ない話だ。クレアの話を聞いた時から、もしそうだったらいいな、とは思っていたが、本当に思っていた通りになり、しかも炎が得意ときた。都合が良すぎて気味が悪いくらいだった。


「まるで奇跡のような確率じゃな……」


 ハウエルは誰にともなく呟いた。


「ですが、これもチャンスです。利用しないわけにはいかないでしょう?」


 クレアが微笑みと共に問いかけると、ハウエルは「そうじゃな」と頷いた。


「その魔法使いには後で礼をせねばならんな。……レイト殿」

「わかりました。ヒスイ、今すぐにでも花火を上げてもらえ。既にフェリオ達が王都内にいるなら、魔物達を引っ掻き回すのは早いほうがいい」

「かしこまりました」


 ヒスイは短く頷いて再び目を閉じて俯いた。彼女の体が淡く光り始める。

 しばらくが経つと、ヒスイから放たれていた光は消えていった。


「レイト様、ルリに確かに伝えました」

「ご苦労さん。よし、ならオレ達も急ぐぞ」

 レイトは少し大きめの声で皆に呼びかけた。絶望的ともいえる数で魔物を引きつけるのだ。長く保とうはずもない。ノルスウェートの兵達が加勢に入っても、大して差は埋まらないだろう。一刻も早く決着をつけなければ。


 やがて遠いところから花火の音が二回聞こえた。

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