第4話 泣かれるよりは

 この力は呪いだ。レイトはネーリスの村を出て、北に向かいながら思案する。この力を呪いだと思わなかった日などない。上手に使う方法もあるのだろう。だがレイトはこの力を使えるようになって数年間、そんな方法を思いついたことなど一度もなかった。


 先程は上手く使ったではないか、そう思う者もいるだろうが、あれはただ力を使って黙らせただけだ。自分の勝手な思いで、あれ以上マリーへの暴言を聞きたくなくて、黙らせただけだ。


「……レイト」


 マリーの遠慮がちの声でレイトの意識は現実に引き戻された。はっとして背後を振り向くと、マリーが少し困ったような顔をしていた。


「マリー……?」


 レイトは立ち止まって名を呼んだ。


「……あの、手……」


 マリーは自分の手を握っているレイトの手と顔を交互に眺めた。


「ああ、悪い。 痛くなかったか?」


 彼女の手をずっと握ったままだったことに気づいて慌てて手を離した。


「ううん、大丈夫」


 マリーは首を横に振りながら答えた。


「ところで、レイトさん。これからどこへ向かうのですか?」


 それまで黙っていたクレアが問いかけてきた。


「ああ、王都に行くんだよ」


 王都という言葉を聞いて、クレアは驚いた顔を向けてきた。


「まさか、ネーリスの村のことを国王に直訴するつもりですか!?」

「ああ、そうだ。ネーリスの領主は国王から領地を与えられているからな」


 ネーリスの村はここネスヴェルディズナ王国の国土の一部だ。王国からさほど離れていないが、領主の家系が王家の遠縁にあたるため、領地を与えて管理させているのだ。


 だが、王家の遠縁ということがあったからか、領主はどんどん傲慢になっていき、悪政を強いるようになっていった。その結果、村から人が次々に出て行ってしまい、村の規模が小さくなってしまったのだ。


「私達のような者が行っても、すぐに会えるとは思えませんが……」


 クレアはやや呆れた顔をしている。レイトが簡単に王に会う、と言ったからだろう。


「大丈夫だ。オレに当てがある」


 レイトが自信に満ちた口調で答えた時、マリーに袖を掴まれた。


「どうした?」


 マリーが険しい目を向けてくるので、レイトは思わず声を低くした。


「魔物の臭いがする……!」


 答えながらマリーは周囲を警戒している。レイトとクレアは同時に息を詰め、周囲を見渡すが、魔物の影らしきものは確認できない。


「何もいないようですが……」


 クレアがそう呟いた時、街道脇の林の奥から三匹の魔物が飛びかかってきた。


「マジかよ!」


 狼に似た魔物は雄叫びをあげながら、レイトに襲いかかってきた。レイトは咄嗟に逆手で剣を抜き、そのまま切り上げた。吟遊詩人ではあるが、一応剣は扱える。竪琴と同様、それほど上手くはないが。


「キャイン!」


 悲鳴と共にその魔物の腹部から血しぶきが舞った。一匹目が簡単に倒されたからか、二匹目と三匹目は飛びかかってきたものの、それ以上襲いかかって来ることはせず、一目散に逃げて行った。


「最初の一撃でオレとの力の差を確信して逃げたってところだろうけど……」

「随分頭のいい魔物ですね」


 レイトの言葉を引き継ぐようにクレアが呟く。

 いや、あの魔物はあそこまで賢くないはずだ。あの魔物、グラスウルフはこの辺りに生息している比較的弱い魔物で、単独で生活している。あのように群れて人を襲うという話はあまり聞いたことがない。


 そういえば、ネスヴェルディズナ王国の国境付近に忍びの里があったな、とレイトは思い出した。だが、その里は何年か前に魔物に襲撃され、滅んでしまったと聞いたことがある。


「レイト? どうしたんだ?」


 レイトが剣を手に持ったまま考え込んでいるので、マリーが無表情のまま顔を覗き込んできた。その距離があまりに近すぎたため、レイトは思わずドキっとしてしまう。


「えっ……! あ、いや、あんたの格好が忍びの格好に似てるから、国境付近に忍びの里があったのを思い出してな……」


 忍びの里、という言葉を聞いた瞬間、マリーは目を輝かせた。


「じゃあそこへ行けば、私が何者かわかるのか!?」

「……いや、あそこは何年か前に魔物に襲撃されて滅んだって聞いたことがある」

「その話は私も聞いたことがあります。確か八年前に大型の魔物に襲われて滅んでしまった、と……」


 マリーはレイトとクレアを順に眺めて俯いた。


「そうか……」


 あまりの落胆ぶりに申し訳ない気持ちになってくる。


「そんな顔するなよ。もしかしたら生き残りがいるかもしれないぜ。国の端っこと言えども国内だ。王様が何か知ってるかもな」


 レイトはマリーを元気づけたくて、わざと明るい口調で言った。だが彼女には気づかれているのか、その表情からは疑惑の感情が見てとれる。滅んだ、という話があるのに、生き残りがいるのか、と。


「私もレイトさんも正しい情報はわからないのです。国王陛下に話を聞いてみるだけでも良いのではありませんか?」


 クレアが絶妙なタイミングで助け舟を出してくれた。


「……わかった」


 マリーの表情からはまだ疑いの感情が消えなかったが、何とか頷いてくれた。不承不承ながらも、といった感じだろうか。


「……」


 レイトは沈んだ表情のまま後をついて来るマリーを振り返りながら内心ほっとした。


「ほっとしましたか?」

「えっ!?」


 隣を歩くクレアから突然図星を指され、レイトは声が裏返りそうになった。


「顔に書いてありますよ」


 クレアは片手を口元に持っていき、上品に微笑んだ。


「あ〜……、まあ、否定はしない」


 レイトはベレー帽をかぶり直しながら認めた。ああ、認めてやるとも。


「そんな簡単に泣くようなヤツじゃないと思うけど、泣かれるよりずっとマシだろ?」


 レイトが同意を求めるようにクレアを見ると、クレアは上品に微笑んだまま「そうですね」と答えてくれた。

 できれば笑顔を見てみたいと思ったが、それはまだ先になりそうだ。

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