第5話 心臓に悪い

 ネーリスの村から北へ二時間くらい街道を歩くと、ネスヴェルディズナ王国の王都が見えてきた。遠目にも豪華なお城だということがわかるが、派手な装飾などは無く、眺めていても飽きがこない造りになっている。造り手の工夫が見てとれる。


「うわぁ……!」


 入り口の門をくぐると、マリーは感嘆の声を漏らした。街の規模も人の数もネーリスの数十倍あるだろう。驚きと興味が半分ずつくらい、といったところだろうか。


「マリーさんは王都に来たことはないんですか?」


 クレアが問いかけると、マリーは首を横に振ってから答えた。


「ない。村を出たことが一度もないから……」


 マリーは道行く人々を眺めながら寂しそうな顔をした。

 正確には村から出してもらえなかったのだろう。そのまま逃げるのではないか、と疑われて。


「このネスヴェルディズナ王国は北の帝国と西の聖王国との交易が盛んだから、それらの国の特産品が売ってるんだよ」


 入り口から西に伸びる通りを歩きながらレイトは説明する。通りの左右には様々なお店が軒を連ねている。この辺りは服飾品を扱っている店が並んでいる。中には側に立っている木に釘を打ちつけて、そこにアクセサリーを飾っている店もあった。


「特産品?」


 マリーは聞いたことのないような言葉のように繰り返しながらレイトを見上げてきた。


「聖王国で織られている反物や、それで作られたドレスとか、帝国からは、その地方でしか採れない果物とかな」

「ドレス……」


 マリーは呟きながらお店を見渡した。丁度、真っ赤なドレスがウィンドウに飾られているお店があった。


「試着してみますか? お似合いだと思いますよ」


 クレアが促してみたが、マリーはドレスを眺めるだけで何も答えない。


「着てみないのか?」

「……いい。動きにくそう」


 レイトが再度促すと、マリーは顔をしかめて答え、そっぽを向いてしまった。

 レイトは苦笑した。視界の端では、マリーに気づいた店員が店先に出て来ていたが、彼女の言葉に落胆して店内へ戻って行った。


「じゃあこんな食べ物はどうだい?」


 ふと大柄な男に声をかけられた。髪をオールバックにし、少し長めの後ろ髪を一つに結んでいる男は、手の平サイズの皮袋からオレンジ色のドライフルーツを取り出した。


「……これは?」


 マリーはレイトの顔を見上げながら聞いてきた。目の前の男ではなく、自分に聞いてくれることを嬉しく思いながらレイトは答えてあげる。


「北の帝国でしか採れない果物だよ。グリノスって言ってな、これは豆粒くらいだけど、果物自体は人の頭ほどもある大きさなんだ」


 その果肉を豆粒くらいのサイズに切り分けてドライフルーツを作るので、一個のグリノスから実にたくさんのドライフルーツが作れるのだ。

 マリーはレイトの説明を聞いた後で再度、男が取り出したドライフルーツを眺めた。


「食べてみな、お嬢さん。サービスだ」


 男はマリーの意を汲み取ったのか、ドライフルーツのグリノスを一粒手渡してくれた。マリーは嬉しそうに口へと運ぶ。


「……おいしい!」


 マリーは目を輝かせて呟いた。


「だろう? 普通乾燥させると甘味が全部飛んじまうんだが、これはウチだけの製法で、甘味を逃がさずに乾燥させてあるんだ。携帯食料にもなるから、これで旅先でも美味い果物が食べられるって寸法だ」


 男の説明を聞いて、マリーの目はますます輝きを増していく。顔が無表情だからか、目に表れる感情が非常にわかりやすい。


「……レイト、これ、ほしい……!」


 マリーはついにレイトを見上げておねだりしてきた。元々買うつもりではあったが、こんな目を向けられては買わないわけにはいくまい。仮に買うつもりが無かったとしても「しょうがないな」と言って買ってしまいそうである。


「いいぜ。……おっさん、いくらだ?」

「一袋五十リルだ」

「じゃあ三つくれ」


 レイトは答えて百五十リルを男に手渡す。


「毎度~!」


 男は大きな声でお金を受け取り、皮袋を三つ手渡してくれた。


「じゃあ見かけたらまた声をかけてくれよ。この辺で売り歩いてるからな」


 男は手を振りながら去って行った。話していて気持ちの良い男だ。


「さて、クレア。お前、王都へ来たことってあるのか?」


 レイトは受け取った皮袋の一つをマリーに渡しながらクレアに問いかけた。


「あ、はい。何度か……」

「それじゃあ、マリーを連れて宿の手配をしてきてくれないか?」

「構いませんが、レイトさんはどうするんです?」


 クレアが聞き返してくる。


「決まってんだろ? 王様に会いに行ってくるんだよ」


 レイトは肩にかけている竪琴の袋を抱え直す。


「一人で行くんですか?」

「ああ。さすがにマリーのその肩丸出しの格好じゃ会いに行けないだろ」


 レイトがマリーに目を向けると、クレアは「ああ……」と呟いた。脱いでいる忍び服の上半身を着たとしても露出が高く、王へ謁見するのにふさわしい格好ではない。


「わかりました。では商店街を南に抜けた先にある宿へ行きます。いくつかある宿の中で、そこが一番安かったはずですから」

「ああ、わかった」


 レイトがお城へ向かって歩き出そうとした時、マリーに服の裾を捕まれた。


「どうした?」

「……すぐに戻って来るのか?」


 マリーはレイトの服を掴んだまま、不安そうな顔を向けてくる。


「ああ。ネーリスの村のことを話したらすぐに戻ってくるよ。心配すんな」


 レイトは明るい口調で答えて、マリーが手を離すのを待った。


「……わかった」


 マリーは少し間をあけてから返事をして手を離した。レイトはそれを確認すると二人から離れ、お城へ向かって歩き出す。

 二人の姿が見えなくなった頃、レイトは大きく息を吐いた。


「心臓に悪い……」


 マリーの服装である。領主によってあの格好をさせられていたのか、元々あの格好だったのかわからないが、とにかく心臓に悪いし、目に毒である。


 胸元を隠しているとは言っても、谷間ははっきりと見えるのだ。自分とマリーの身長差で彼女が側に来ると、谷間をほぼ真上から見下ろす形になるのだ。意識するな、というほうが無理である。レイトも男なのだ。


「王と話が終わったら、服でも買ってやろう……」


 このままでは自分の心臓がいつ破裂するかわかったものではない。

 レイトは気持ちを切り替え、前を見据えた。商店街、住宅街を抜け、背の高い木で作られたアーチを抜けると、大きな城門が見えてきた。城門にも過度な装飾はなく、国王の贅沢思考を良しとしない性格が伺える。


 レイトが城門の前に立っている兵士に声をかけようと手を上げた時だった。巨大な岩の塊が爆発したような音が響き渡った。


「何だ!? 何があったんだ!?」


 目の前の兵士は驚愕と恐怖が入り交じった表情で辺りを見渡している。ガラガラと何かが崩れる音が聞こえる。レイトははっとして上空を見上げた。


「上だ! 上を見ろ!」


 レイトの叫びに反応して兵士も上空を見上げた。正確には、城の上層部分だ。二人の視界では城の上層部分の一部が白煙を上げて崩れていた。

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