第6話 自分の国を諦めるな

 飛行型の魔物が次々に城へ突撃し、外壁が穴だらけになっていく。それに伴って人の何倍もの大きさの瓦礫が雨のように降ってきた。レイトは瓦礫の雨を避けるのが精一杯で、門番の兵士を気にしている余裕などなかった。


「一体どこから湧いて来たんだ!?」


 レイトは背後から襲いかかってきた魔物を体を屈めてやり過ごした。

 住宅街からは魔物の雄叫びと住人達の悲鳴が聞こえてくる。一瞬で賑やかな王都が地獄になってしまった。


「くそっ、城に魔物が……! 陛下はご無事なのか!?」


 門番の兵士はレイトの声が聞こえていないのか、国王を案じ、城を見上げる。


「くっ……!」


 レイトは瓦礫の山を伝って門を飛び越え、城内へ走った。門番の兵士が咎めてくる声が聞こえてくるが、そんなことに構っていられない。その兵士の言う通り、国王を助けなければ。


 城内もまた地獄だった。立派な剣と盾を持った彫像は腹部の辺りで崩れており、兵士を下敷きにしている。使用人を庇ったらしい兵士が、使用人に覆い被さるように倒れている。背中は鎧が引き裂かれており、真っ赤に染まっていた。下敷きになっている使用人も生きていないだろう。

 レイトは何とか謁見の間を探し当て、躊躇することなく、扉を開け放った。


「………!」


 そこでは蜥蜴に良く似た魔物が、国王を庇っている兵士に剣を振り下ろしていた。魔物の力が強いのか、兵士は歯を食いしばっている。渾身の力で受け止めているのがわかる。


「ウガァァァ!」


 魔物は叫び声を上げ、剣を振り上げた。レイトは咄嗟に叫んだ。


「やめろ!」


 一切の反論を許さない声に魔物は全身を震わせて動きを止めた。魔物だけではなく、兵士と国王も動きを止めた。この力を使ったのは二回目だ。


「何してるんだ! 早くこっちへ!」


 レイトは驚いたまま固まっている兵士と国王に声をかけた。この力は余り長続きしないのだ。

 はっとした兵士は王の手を引き、こちらへ近づいてきた。


「ちょっと待って」


 誰かの声がしたのはまさにその時だった。後もう少しでレイトの手が二人に届くかという時にその少年は現れた。

 黒い霧に包まれるようにして現れた少年は、レイトと同じ歳のように見えるが、大きめの目が彼をかなり年下に見せている。


「お前は……?」


 レイトは警戒心剥き出しで少年を睨んだ。この状況で現れた人物が、自分達の味方である可能性は限りなく低いからだ。

 少年はレイトと王を連れている兵士の間に現れ、まるで二人が逃げるのを遮っているように見える。


「僕はレオナルド。覚えておいてね」


 可愛らしく振る舞う様がわざとらしく、レイトは嫌悪感を覚えた。


「……貴様は敵か? それとも味方なのか?」


 兵士は白黒はっきりさせたいのか、慎重に問いかけた。


「敵だよ。でも抵抗しなければ殺さないから、ちょっとだけ話を聞いてくれる?」


 レオナルドはあっさりと答えた。


「ここで大人しく言うことを聞くと思うのか?」


 兵士が剣を構えた。


「待て! 蜥蜴の魔物が襲いかかってこない。あの魔物はこいつに使役されている。こいつの言葉は冗談でも何でもない! ここで抵抗したら、確実に殺されるぞ!」

「ぐっ……!」


 レイトの言葉に兵士は悔しそうに顔を歪め、背後の魔物を睨んだ。


「へぇ、頭いいね、あんた……」


 レオナルドは腰に両手を当て、わざとらしい仕種で感心してみせた。いちいち言動が癪に障る。


「………」


 レイトは無言で先を促した。


「……ここにいる魔物達は、僕の大切な友達で仲間なのさ」


 レオナルドは蜥蜴の魔物の所まで歩いて行き、彼の頭を撫でた。


「仲間……じゃと?」


 ここで初めて国王が口を開いた。恐らく60歳は超えていると思われる風貌だが、腰は曲がっておらず、その立ち居振る舞いには老いは全く感じられなかった。


「そうだよ。みんな、すごく頼りになるよ」


 レオナルドは楽しそうに笑い、もう一度魔物の頭を撫でた。


「では貴様は仲間に我が国を襲わせたと言うのか?」

「うん。僕がやるよりこの方が早いし、より恐怖で支配できるでしょ?」


 レオナルドは当然のように答える。


「何っ……!?」


 国王は絶句して、それ以上言葉を口にすることができない。


「この国を支配してどうするつもりなんだ!? まさか世界征服なんて時代錯誤なことでも考えてんのか!?」


 レイトは怒りを露わにして問いかけた。

 子供向けのお伽話に、悪い魔王が世界征服を企む、という話は良くあるが、実際にそれをやろうとすることほど馬鹿馬鹿しい話はない。神様でもない限り、一人で世界征服などできるわけがないのだ。


「まさか。この王都を襲ったのは、みんなのご飯のためだよ」

「……ご飯、だと……?」


 レイトは眉を吊り上げてレオナルドを睨んだ。「ご飯」が何のことを、誰のことを指しているのか一瞬で理解したレイトは、憎悪にも似た感情が湧き上がってくるのをはっきりと自覚した。


「そうだよ。これだけたくさんの魔物達のご飯を用意するのは結構大変なんだ。魔物は人が作る物も食べるから、王都でも乗っ取れば楽かな〜って思ってさ。一番好きなのは人間そのものなんだけどね」


 レオナルドは残酷に笑った。自分だって人間だろうに、何故ああも笑えるのか。レイトは気になったが、彼に対する憎悪のせいで答えを知ろうとは思わなかった。


「貴様ぁぁぁ!」


 今まで無言で国王を守ることに徹していた兵士がついに激昂して、レオナルドに斬りかかった。


「やめっ……!」


 レイトの制止の声は僅かに遅く、兵士の体は蜥蜴の魔物の剣に貫かれていた。


「がはっ……!」


 兵士の剣はレオナルドに届くことなく地に落ちた。


「アルドーーー!」


 国王の悲痛の叫びが、アルドと呼ばれた兵士が地に倒れ込む音に重なる。


「アルド! アルド……!」


 国王はうつ伏せに倒れたアルドの側に膝をつき、彼を揺するが、ぴくりとも動かない。


「だから言ったじゃない。抵抗しなければ殺さないって……」


 それはすなわち「抵抗すれば殺す」と同義だ。


「くっ……!」


 この瞬間、レイトはこの少年に刃向かうのを諦めた。レイトは国王の元に駆け寄り、彼の腕を掴む。抵抗しなければ殺されないなら、この行動はまだセーフだ。


「陛下、逃げますよ!」


 レイトは国王を立たせようとするが、国王はそれを拒否した。


「彼を置いていけるわけが……!」

「あなたが死んだら国を取り戻すことができなくなります!」

「ここまで蹂躙されたらもうこの国は終いじゃ!」

「その兵士を大切に思うなら自分の国を諦めるな!」


 レイトは相手が国王だということも忘れ、心の底から叫んだ。


「亡くなった人を思うなら、今は泥をすすってでも生き延びるべきなんじゃないのか! 生き延びて、国を取り戻すことが亡くなった人の供養になるんじゃないのか!」

「っ……!」


 王は目をきつく閉じた。その時、目に溜まっていた涙が頬を伝っていく。


「……すまぬ、アルドよ……!」


 王は震える声で詫びて、アルドが握っている剣を手に取った。

 それを確認したレイトは、次にレオナルドを睨んだ。少年は馬鹿にしたような目を向けている。


「くそっ……!」


 レイトは感情のままに斬り殺したい衝動を堪え、国王と供に謁見の間から逃げた。

 悔しさと後悔が次から次へと溢れてくるが、今は堪えるしかない。今はとにかく、国王を安全な場所まで連れて行かなければ。

 マリーとクレアのことが気になったが、もう城下町には戻れそうもない。無事でいることを祈るだけだ。

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