第7話 国を取り戻すために
そこはどこかの森の中のようだった。国王を連れ、城の地下にある隠し通路から外に出たレイトは辺りを見渡した。太陽の光は届いているらしく、割りと明るい。というより、まだ昼間だったことに驚いた。
謁見の間から逃げ出した後、魔物に追い回されながら隠し通路に辿り着いた。その隠し通路では魔物の姿はなかったが、気を抜くことはできず、外に出た時にはまさに精も根も尽きた状態だったのだ。レイトは何時間も城内を走り回っていた錯覚を覚えていた。
「はあ……ここは?」
レイトは息を整えながら呟いた。上着の内ポケットに仕舞っていたベレー帽を取り出す。落として無くすと嫌なので脱いでいたのだ。
「はあ……はあ……、ここは王都の南東辺りじゃよ」
国王がレイトの呟きに答えるように返した。
「南東? 王都東の草原の南に広がる森ですか?」
レイトは背後を振り返った。
逃げている最中、レイトは国王の手を引いて走っていた。正直、六十歳を超えているであろう国王の足の速さに合わせられていた自信はない。だがこの国王は転ぶことなく、レイトの速度についてきた。しかも今の状態を見ると、息は上がっているが、まだ若干余裕がありそうだった。とんでもない王様だ。
「そうじゃ。このまま南に行けば、やがて森を抜けシャロンナイトの港町へ、北へ行けば草原と森の境目付近にロメリヤという名の町がある」
国王は指を指しながら教えてくれる。レイトは左手を口元に持っていき考え込んだ。
国王を安全な場所へ連れて行くなら、さっさと国を離れるべきだろう。だが、王都を取り戻すなら、国内で仲間を募った方がまだ協力してくれる者も多いだろう。他国で協力を求めても断られる可能性が高かった。それでも今は王の身の安全が最優先だ。
「それならシャロンナイトへ行きましょう」
「まさかそのまま国外へ逃げるつもりか?」
レイトが提案すると、国王は焦ったような顔を向けた。
「そうです」
「それでは話が違うではないか! お主は国を取り戻すために逃げろと言ったではないか!」
王の口調にはレイトを責めるような響きがある。
「そうです! 国を取り戻すために国を離れるんです!」
「矛盾しているではないか!」
「焦ってはなりません、陛下。今は国を離れ、身も心も休めることが必要です。その後で国を取り戻すための仲間を集めるのです」
「他国で仲間など集まるわけが……」
国王はレイトの腕を掴んだまま俯いた。王もレイトと同じことを考えている。
「オレ……私に当てがあります。今はとにかく、ここを離れましょう」
「……わかった」
国王はそれ以上追求してくることはなく、低い声で頷いただけだった。王としては今すぐにでも王都に乗り込んで行きたいのだろう。だが今行ったところで無駄死にするだけだ。亡くなってしまった人のことを思うのなら、今は生き延びるべきだ。国を取り戻す機会は必ず巡ってくる。いや、何としても作ってみせる。レイトはそう心に決めた。
休憩を挟みながら数時間程森を歩くと、ようやく出口が見えてきた。視界が一気に開け、沈みかけた太陽を西に見ることができる。辺りに魔物の姿はなく、ここなら夜を越すのに問題はなさそうだった。レイトは背後を振り返り、国王に声をかけた。
「陛下、今日はここで野宿にしましょう」
「そうじゃな……」
国王は一言だけ返すと、近くの切り株に腰を下ろした。さすがに疲れているのか、国王は座ったきり何も話さない。レイトは荷物から耐水性のある木筒を取り出し、国王に差し出した。
「陛下、水です、どうぞ」
「ああ、すまない……」
国王は力なく頷き、木筒を受け取った。だが、受け取ったまま飲もうとしない。木筒を口元へ持っていくことすら億劫に感じるほど疲れてしまったのだろう。恐らく体力的にではなく、精神的に。
「陛下、少しでもいいので飲んで下さい。でないと体がもちません」
レイトは王の側にしゃがみこんで木筒を持った手を口元まで誘導する。国王は無言だったが、少しだけ水を飲んでくれた。
「陛下、気休めかもしれませんが、王都を取り戻す機会はオレが必ず作ってみせます」
レイトは国王の目を見てはっきりとした口調で告げた。王はゆっくりとレイトを見返すと、疲れの滲んだ声で問いかけてきた。
「お主は、その格好からすると旅人であろう? 何故立ち寄っただけの国の王にそこまで尽くしてくれるのじゃ……?」
国王の質問にレイトは静かに目を伏せた。自分の素性を明かすなら、今しかあるまい。
「……陛下。オレの名前はレイト。レイト・ルスフングス・インズバーグ。北の大帝国、インズバーグ帝国の第一皇位継承者です」
「何じゃと!? お主があの皇帝陛下の息子じゃと申すのか!」
レイトの答えに国王はさすがに驚いたのか、切り株から立ち上がり、木筒を落としてしまう。
「はい。ちょっとした事情があって、吟遊詩人として旅をしているんです」
レイトは国王にもう一度座るように促しながら首にかけているロザリオのペンダントを取り出した。そのペンダントにはインズバーグ帝国の紋章が刻まれている。
「その紋章はかの大帝国の……!」
国王は目を見開いてペンダントを凝視した。
ここで適当に誤魔化すこともできたかもしれない。だが、そうすればこの王は自分を心から信頼してはくれないだろう。この状況で国王の信頼を得られなければ、彼を守ることが難しくなる。剣術の訓練をサボっていた自分が守りきれるのか、疑問ではあるのだが。
「はい。オレには国を奪われる辛さはわかりません。ですが、同じ王族として国を取り戻す協力をさせて下さい」
レイトは国王の左手に自身の右手を添えた。それを見た国王の瞳には再び涙が滲んでいく。
「……すまぬ……レイト殿……!」
国王は短く詫びて自分の手に添えられたレイトの手を、もう一方の手で包み込むように触れた。国王の手はとても暖かく、レイトは優しい気持ちになれた。
──この人が父親だったなら──
レイトははっとして王に気づかれないように首を振った。叶わない願いを描いたところでどうにもならないのだ。それに今考えるべきことではない。
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