第28話 村八分

 その男がネスヴェルディズナの王城に来たのは、レイトがレオナルドに拉致されて数分後のことだった。


 くすんだ緑の髪に装飾用のバンダナ、丈の長い上衣の前を留めず、腰のベルトで締めている。


 彼はレオナルドを知る者だと言った。まるで図ったかのようなタイミングに、マリーは最初警戒心剥き出しで睨んだが、フェリオが「その男はたぶんグルじゃない」と言ったので、取り敢えず信用することにした。それでも完全に信用するわけではないが。


 相手が何者で、何を考えているのか、などの懐の探り合いのようなことは苦手だ。マリーはそういうことは全部周りに任せようと思った。クレアやフェリオ、ドルアドも得意そうだ。


「……セナと申したな。何の前触れもなく現れてレオナルドの知り合いだと言われても、到底信じられんのだがな」


 謁見の間で玉座に座っているハウエルは少し棘のある言い方をした。


「それは承知の上でございます。こうして話をする機会を下さっただけでも感謝しております。その話の後で信用して頂ければ……」


 セナは途中で言葉を切って、周囲を見渡した。何か企んでいるようにも見えるその顔は、何となくマリーを苛立たせた。


「それで、話とは何なのだ?」


 ハウエルが先を促すと、セナは姿勢を正して改めて頭を下げた。


「では改めまして、私はセナ=オールディック。レオナルドと同じ、申し子でございます」

「何じゃと……!?」


 セナの告白にハウエルは腰を浮かした。マリーも驚きに目を見張った。何だか都合が良すぎる気がした。


「レオナルドは闇の精霊の申し子、私は光の精霊の申し子です。証拠にレオナルドも私が首につけているこれと同じ物をつけていませんでしたか?」


 セナは物腰の柔らかそうな口調で自分の首に手を添えた。そこには銀色のチョーカーのような物がつけられていた。中央に金色の宝石がはまっている。

 そういえばレオナルドも同じ物をつけていた気がする。


「そういえばつけていましたね。宝石の色は濃い群青色だったと思いますが……」


 クレアが右手を顎に添えながら答えた。


「これは不老の首輪と言って、身につければ文字通り、不老になります」


 不老の首輪は精霊が自分の申し子に与える物だとセナは続けた。つまりセナは光の精霊から与えられ、レオナルドは闇の精霊から与えられたということだ。中央の宝石の色は精霊によって違うのだろう。


「なるほどな。不老になってんなら、いろいろ納得がいくぜ……」


 独り言のように呟いたのはフェリオだ。


「何が納得いくの?」


 ルシアが問いかけると、フェリオは彼女のほうを向いた。


「城下町の公園でマリーの記憶が戻った時、レオナルドが何て言ったか覚えてるか?」

「えっ……?」


 ルシアは少し驚いたような顔をしてから考え込んだ。

 マリーも俯いて思い出そうとするが、正直あの時のことははっきりと覚えていない。レオナルドへの憎しみで一杯で何も考えられなかったのだ。


「確か、あの時の女の子じゃん、大きくなったねぇ、と……」

「ああ、そうだそうだ! そう言ってた!」


 ドルアドが代わりに答えると、ルシアは今思い出したかのように大きな声を出した。


「そうだ。……レオナルドがマリーの故郷を襲ったのは八年前だ。あいつもオレと同じ歳くらいなら、当時十歳くらいだろう。それなのにあんな上から目線のセリフが吐けるもんかな、って思ってたんだけど、不老なら納得いくな、って思ってな……」


 フェリオはルシアとドルアドに目を向けた後、半ば睨むようにセナを見た。


「その通りです。私達申し子の間でも、レオナルドは八年前から行方知れずだったのです。それが先程自分が加護を受けている精霊の力を使ってくれたおかげで、ようやく足取りが掴めたのです」


 恐らくレイトが拉致された一連のことを言っているのだろう。


「……ということは、レオナルドが今どこにいるのか、知っているのか?」


 マリーの問いかけに、セナははっきりと頷いた。


「はい。今は北のインズバーグ帝国にいますよ。レイトさんも一緒にいるはずです」

「ちょっと待って下さい! レイトさんが拉致されたのはついさっきですよ!? こんな短時間で帝国に行けるわけがありません!」


 クレアが間髪入れずに反論する。するとセナはクレアのほうを見、僅かに驚いた顔をした。……ように見えた。

 マリーはずっとセナを凝視していたが、表情の変化があまりにも僅かだったので、はっきりと断じることができなかったのだ。


「……精霊や申し子はテレポートが使えるので……」


 やや低い声でセナが答えると、クレアは「ああ……」と今気づいたかのように呟いた。


「そこで陛下、ここからが本題なのですが……」


 セナは姿勢を正し、改めてハウエルを見た。


「何じゃ……?」


 ハウエルも玉座に座り直して先を促した。


「もし、レイトさんを助けに向かうなら、私も同行させて頂けませんか?」

「…………」


 ハウエルは返事を返さず、無言で考え込んだ。

 マリーは別に構わないと思っていた。怪しい人物であることには変わりないが、テレポートが使えるなら、今すぐにでも帝国に行けるのだ。利用しない手はない。


 だが、ハウエルやフェリオ達は何も答えないし、セナも答えを催促することもしない。恐らく、今まさに腹の探り合いをしているのだろう。


「……陛下、ちょっと待ってもらって構いませんか?」


 そう沈黙を破ったのはフェリオだ。最初の時よりさらにきつい目でセナを睨んでいる。


「どうしたんじゃ?」


 ハウエルの言葉にフェリオは一度だけ顔をハウエルに向けると、一歩セナに近づいた。


「あんた、何でレイトのことを知ってるんだ……?」


 フェリオの問いに、その場にいた全員がはっとしてセナを見た。

 マリーもその一人だ。自分はレオナルドのことを聞きはしたが、レイトのことは一切口にしていない。セナがこの場に来てから、誰一人としてレイトの名前すら出していなかったのだ。


「…………」


 セナは人の良さそうな表情を消し、無言でフェリオを見つめた。その顔には何の感情も浮かんでいない。


「あんたがレオナルドとグルじゃないのは信じるが、何でレイトのことを知ってるんだ? 今ここに来たばかりのあんたが、何でその直前に拉致られたレイトのことを知ることができたんだ!?」


 フェリオの問いつめる声が謁見の間に響く。

 沈黙が空間を支配する。誰も言葉を発しようとしない。皆、セナの言葉を待っているのだ。


 どういう言い訳をするのか、と。

 しばらく沈黙が続いた後、セナはゆっくりと口を開いた。


「それは今ここで答えることではありません。レイトさんに会えば全てわかることです」

「知っていたことに理由があることは認めるんだな?」

「はい。言い訳はしません。だから私はここに来たんです」


 フェリオとセナは意味不明な会話をしている。

 レイトのことを知っていたから、ここに来た、とセナは言うが、それなら何故、直接レイトのもとへ行かないのか。レオナルドも共にいるというのに。


「……だそうです、陛下。どうします?」

「どうします? と言われても、最後が理解できんのだがな……」


 ハウエルは眉をハの字にして腕を組んだ。


「つまり、セナは我々を村八分にしないためにここに来た、ということですよ」


 補足説明をしたのはドルアドだ。それでもマリーは理解できない。昔から頭は良いほうではなかったのだ。考えるより先に体が動いてしまう。そもそも村八分とはどういう意味だろうか。

 マリーはそんなことを考えながら、皆のやり取りを眺めた。


「……言動が気に入らんが仕方あるまいな。ここに来た、ということは我々をテレポートで帝国まで連れて行ってくれるのであろう?」


 ハウエルは少し苛立ちを募らせた声で問いかけた。


「はい。ですが、私がテレポートで一緒に連れていけるのは二人までです」


 セナが言うには、テレポートは術者が直接触っている相手しか連れていけないのだという。セナに触れていれば良い、というわけではないらしい。


「……わかった」


 答えたハウエルの声にはさらに苛立ちが募っていた。

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