第35話 かけるべき言葉
「ディーナ、長いこと部屋を占領して悪かったな……」
セナが姿を消してから二日後、体力が回復したレイトは、ディーナに小さく詫びた。彼女はレイト達が話をしている間、一切口を挟まずに外で待っていてくれたのだ。
「気にするな……」
ディーナは無表情のまま答える。何となく眠そうに見えるのは気のせいなどではないだろう。
現在、彼女の家の前。レイトが療養している間、ただ待っているだけ、というわけにはいかないと、マリーとクレアは集落の周囲を見回っていたのだ。その間ディーナにはしっかりと睡眠をとってもらった。
この役割り分担には致命的な欠陥がある。確かに魔物と戦えるのは彼女だけなのかもしれないが、だからといって、見回りを彼女一人に任せるのはおかしい。戦えない者達でもできることはあるのではないか。異変があったらすぐに知らせに行くとか。戦う力がなくても、協力しあえるのではないか。
それをディーナに言ったら、「彼らに協力し合うという考えはない」と返された。
彼らはディーナも含め、脛に傷を持つ者達だ。自分以外は信用できない。時には血縁者でさえも利用し、蹴落とすのだ。そんな裏社会で生きてきた彼らが、このように集落を作ることのほうが異様なのかもしれない。
レイトは知っていたつもりだったが、いざ目の当たりにすると、実は何も知らなかったのだと実感する。無意識に避けていたのだろう。もしかしたら、セナも自分と共にいた間はそういう面を見せないようにしてきたかもしれない。申し子として生きてきたのだ。日常の裏側を全く知らない、というわけではないだろう。
「……じゃあ、世話になったな……」
レイトは軽く片手を上げて挨拶をすると、集落を後にした。「共に行かないか」と声をかけようとしたが、やめた。これはただの同情だ。それは彼女の望むことではない。
「……もう二度と来るなよ」
背中越しに聞こえた彼女の声がいつもと違って聞こえて、レイトはふと振り返った。
ディーナは笑っていた。良く見なければわからないほどの小さな笑顔。その口元が「ありがとう」と動いた。
レイトは言葉を返すことはせず、背中を見せ、再度片手を振った。
★ ★ ★
集落が見えない位置まで歩くと、マリーが声をかけてきた。
「レイト、何でレオナルドと一緒にいるんだ?」
マリーの声には問いつめる響きがあった。当然だろう。彼女にとってレオナルドは両親の仇だ。レオナルドにも事情があったとは言え、マリーからしてみれば「だからどうした」であろう。
レイトが寝ている間にあらかた聞いたようだが、やはり納得できないのだろう。
「……六花から聞いたんじゃなかったのか?」
レイトはマリーを刺激しないように静かに問い返す。
「ああ、聞いた。でもそんなこと、所詮自分勝手な都合だろう! あいつは私の両親の仇だ! レイトだってこいつを憎んでいるんじゃなかったのか!?」
マリーは声を荒げた。レイトは目を伏せた。
確かにレオナルドのことは憎いと思っていた。だがそれは同じ王族であるネスヴェルディズナ国王であるハウエルを思ってのことである。よくよく考えれば、レイト自身はレオナルドに対する個人的な恨みはないのだ。
だからなのだろうか。レイトは今、以前のような憎しみをレオナルドに抱けないのだ。相手のことを知りすぎれば戦いにくくなる、と何かの書物で見たことがあるが、まさにその通りだ。
レイトがどう答えようか悩んでいると、レオナルドが静かに口を開いた。
「……もういいよ、レイト」
静かに発せられたレオナルドの声は何もかも諦めているように聞こえた。そう、死ぬことすらも。
「レオナルド……?」
レイトがレオナルドへ顔を向けると、彼は俯いたまま、続けた。
「もういいよ。どっちみち、彼女達が来た時から僕はここで別れるって決めてたんだ……」
「別れるって……どこ行くつもりだよ……」
「さあね……、アレイスターのところへは戻れないし……」
レオナルドは呟きながら離れていく。
「待てレオナルド! お前は絶対許さない!」
「落ち着いて下さいマリーさん!」
今にも斬りかかりそうになるマリーをクレアが必死に止める。
「アレイスターのところへは戻れないって言うけど、相手は精霊よ。見つかるのも時間の問題だと思うけど?」
六花が厳しい表情で言う。だが彼女にレオナルドを引き留めようとする意思は感じられない。
「大丈夫だよ。僕は姿をくらますのは得意なんだ。現に八年間自由にしてたしね」
レオナルドはこちらを振り返り、複雑な表情のまま微笑むと、黒い霧に包まれて姿を消した。
レイトはしばらく彼が消えた場所を眺めていたが、静かにマリーのほうを見た。マリーはまだ怒っているようだったが、何も言わず、顔を背けただけだった。
自分は彼女に何を言うつもりだったのだろう。「レオナルドにも事情があったんだから、そんなに怒るな」とでも言うつもりだったのだろうか。
とんでもない、と思った。肉親を奪われる辛さはレイトにはわからない。想像するしかない。だが、そんな他人事のようなことを言ってしまうほど、薄情でも短慮でもないつもりだ。
レイトは頭を左右に振った。レオナルドに対する個人的な恨みがない以上、レイトにマリーの気持ちを理解することはできない。マリーにどんな言葉をかけても彼女を刺激するだけだ。
「レイトさん……?」
クレアが静かに声をかけてくる。レイトはもう一度頭を振って、クレアを見た。
「……クレア、お前達はどうやってここに来たんだ?」
マリーから聞いていたが、レイトは話題を変えたくてもう一度訊いた。
「セナさんがレオナルドの力を感じ取ることができた、と仰っていたので、テレポートで……」
クレアは言葉を途中で切った。恐らくネスヴェルディズナの王都でレイトを拉致した時だろう。レオナルドがあの後テレポートでインズバーグ帝国まで移動したのなら、セナもそこまで感じ取ることはできるはずだ。
「その後は?」
レイトは続けて問いかけた。
「レオナルドの力を最後に感じた例の小屋から東へ移動していたら、レイトさんの暴走した声の力を感じたんです」
クレアは淡々と答える。今はその冷静さがありがたかった。
「……何で東……?」
レイトは僅かに声を低くした。予想はできた。レイトの過去を知っている彼なら助言できる。
「フェリオさんが教えてくれたんです。帝国内でレオナルドの力を最後に感じた場所に行って、もしそこに二人がいなければ、帝都から離れる方へ向かってくれ、と……」
やはり思っていた通りだ。しかも、クレアの口振りからすると、その理由までは知らされていない。
レイトは小さく片方の口端を吊り上げた。
「レイトさん……?」
レイトの動きに気づいたのか、クレアが首を傾げて名を呼んだ。
「いや、何でもない。まず、この森を抜けちまおう。話はそれからだ」
レイトは東を指差して答える。
自分は仲間に恵まれていると思う。フェリオはレイトのことを思い、過去を暴露するようなことはしなかった。クレアも追及しなかった。
後五分生きて正解だったと思う。
★ ★ ★
東へ歩き続けて丸二日。ようやく森を抜けた。平原には雪が積もっている。ここ数日は降っていなかったが、それだけで解けるほど気温は高くない。それでも太陽の光が当たるからか、森にいるよりは暖かく感じる。
「あっちに何か見える……」
マリーが北よりの前方を指差して呟いた。その先には塔のように高い建物が見えた。
「あれは灯台だ。この先には大陸最東端の港町がある。そこの灯台だな」
レイトの答えにマリーは「ふ〜ん」と返す。あまり興味がないようだ。レオナルドのことでマリーとの間に溝ができたように思っていたが、マリーはもう気にしていないのだろうか。いや、そんなことはあるまい。マリーにとって、レオナルドは親の仇だ。レイトのレオナルドに対する態度は、彼を擁護したとも取れるだろう。そんな態度を取ったレイトを、マリーが許せるはずがない。
「……それで、レイトさん、これからどうするのですか?」
ふと背中に何かが触れた。レイトははっとして背後を振り返った。クレアが優しく背中に手を触れたのだ。その静かな問いかけに、レイトは心を見透かされていると思ったが、嫌とは思わなかった。クレアの、相手をとことん気遣う姿勢は、お節介ではなく、真摯だ。だからこそ、レイトは冷静になれる。
「ああ。……フェリオ達と合流する」
レイトは一言頷いた後、一呼吸間を置いて告げた。
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