第33話 あげてしまいましたからね
あれから一日が経ったが、レイトはまだ目を覚まさない。声の呪い、服従の調べというらしいが、その力が暴走したがために衰弱しているのだろう、とセナは言っていた。
その服従の調べを使えば、レオナルドを殺すことができるのだという。彼はずっと死にたいと思っていたらしい。だが、申し子になった以上、自ら命を断つことはできない。自決しようと思っても、加護を受けている精霊の力が働き、体が動かなくなるのだという。
レオナルドは今まで様々な場所で事件を起こし、自分を憎むように仕向けてきた。クレアが背中に負ったという傷も、レオナルドにやられたものらしい。
だが、今まで誰一人として、自分に致命傷どころか、傷一つ負わせることはできなかった。そんな時、服従の調べを持つレイトを見つけた。申し子でもない彼が何故その力を持っていたのかはわからないが、これならいける。レオナルドはそう思ったという。
レイトがネスヴェルディズナの王都に入った頃に魔物達に襲わせて、自分を憎むように仕向けた。そうすれば感情的になった時に「死ね!」や「お前なんか死んでしまえ!」などと叫ぶかもしれない。レオナルドはそれに賭けたのだ。感情的になれば、服従の調べを制御できなくなるからだ。
レオナルドの事情を聞いても、マリーは正直、だからどうした? という思いしか出てこなかった。
申し子になれば、精霊から不老の首輪を与えられ、歳を取らなくなる。そうなれば何人親しい相手を作っても、同じ申し子でもない限り、相手のほうが先に死んでしまう。その孤独感を思えば、同情もしたくなるが、だったら申し子などならなければ良いだけのことだ。
その孤独がどれほどのものか、考えたことがあるか、とレオナルドは言っていたが、そんなものは所詮相手の都合でしかない。仮にレオナルドに選択の余地がなく、申し子にならざるを得なかったとしても、その時の恨みつらみを周りにぶつけられては迷惑だ。
現にマリーはそれで故郷の仲間や両親を殺されているのだ。レオナルドにどのような事情があっても許せるはずがなかった。
「………ん……」
その時、レイトが小さく呻いた。
「レイト!?」
マリーは椅子から腰を浮かし、ベッドに身を乗り出した。レイトを休ませる部屋はディーナという女性が貸してくれた。
「……マリー……?」
ゆっくりと開かれた目がマリーを捉える。銀色にも見える灰色の瞳は、まだ疲労が色濃く残っていた。
「レイト! 良かった……。体の具合はどうだ?」
マリーは心底ほっとして、問いかけた。レイトはマリーを見つめたまま答える。
「まだ、体がだるい……。それに、喉が痛い……。………っ!?」
そこまで答えると、レイトは突然半身を起こした。先程まで寝ていたベッドが大きく軋んだ。口を左手で押さえ、こちらに顔を向けた。その様は驚いているようにも怯えているようにも見えた。
「どうしたんだ!? どこか痛いのか!? 喉か? 喉が痛いって言ってたな……」
マリーの言葉にレイトは首を横に振る。混乱しているのか、レイトは俯いてしまった。
「大丈夫だ、レイト。今はちゃんと声の呪いは制御できている。私はクレアとセナと一緒に後を追ってきたんだ」
マリーはレイトの背をなでながら答える。恐らくレイトは、先程思わず呟いた言葉に呪いの力が乗ってしまったかもしれないことを恐れているのだ。怯えたような表情がその証拠だろう。
「……クレア? あいつも来てるのか……?」
レイトはようやく落ち着きを取り戻し、こちらを向いた。
「ああ。今、外でみんなと話してる」
「……セナって?」
「私とクレアをテレポートでインズバーグ帝国まで連れて来てくれた人だ」
マリーが答えると同時に入り口の扉が開き、クレアが入って来た。
「レイトさん、良かった……気がつかれたんですね」
クレアは穏やかな表情で声をかける。その声には安堵の感情が込められていた。
「クレア……オレを追いかけてきてくれたのか……?」
「そうですよ。放っておくわけないでしょう?」
クレアは穏やかな表情のまま話している。クレアにとって、レイトは命の恩人なのだそうだ。背中に大怪我を負ってネーリスの村に運ばれたところを、たまたま居合わせたレイトが看病したのだという。レイトが言うには、死んでいてもおかしくなかったそうだ。
「……そうか。すまなかっ……」
「ああ、レイトさん、良かった、気がついたんですね」
レイトが詫びの言葉を言いかけた時、重なるようにセナが部屋に入ってきた。その瞬間、レイトは大きく目を見開いた。
「お前っ……何で……!?」
レイトはセナを凝視しながら呟く。
「お久しぶりですね」
セナはレイトの様子を気にしたふうもなく、にこやかに声をかける。クレアと同じような穏やかな表情だが、こちらのほうがどことなく、わざとらしく思えた。
「……そうか。お前も申し子だったんだな……」
レイトは最初驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻し、低い声で呟いた。
「はい。黙っていて申し訳ありませんでした」
「まあ、いいさ。名前を名乗ることすら渋ってたからな。何かあるとは思ってた」
レイトは両足を床につけると、サイドテーブルに置いてあるジャケットを羽織った。
「レイト、セナのこと知ってるのか?」
マリーが問いかけると、レイトは一度だけマリーのほうを見て、すぐに目だけをセナへと向けた。
「ああ。……昔、オレが母親によって幽閉されてた話はしただろ? その時に牢から助け出してくれたのが、そこにいるセナなんだよ」
あれは十年くらい前だったよな? とレイトが問うと、セナは「そうですね」と答える。
「もう十年近くも前のことなのに、何であの時と同じ姿なんだ、って思ったけど、お前もレオナルドと同じ申し子なら、歳は取らないよな……」
レイトはセナを睨むように見据え、自身の首の付け根辺りをトントンと指差した。セナの不老の首輪のことを指しているようだ。
「……なるほど。レイトさんに会えば全てわかるとは、こういうことだったんですね」
クレアはマリーの後ろまで歩いてきた。次いで、セナも同様に歩いてくる。レイトがマリーと向かい合っているので、これでクレアとセナとも向かい合うことになった。
「じゃあ次に私も一ついいかしら?」
一呼吸間をおいて、今度は六花が部屋に入ってきた。側にはレオナルドもいる。
マリーがレイトの暴走を止めようとした時に聞こえた幼い少女の声の持ち主は彼女だ。雪女の六花。れっきとした精霊らしい。
「オレか?」
レイトが訊くと、六花は「いいえ、違うわ」と言って、セナへ顔を向けた。
「何ですか?」
セナは穏やかな表情を消し、六花を見据えた。ネスヴェルディズナの王都でも見た何の感情も浮かんでいない顔。マリーにはまるで別人のように見えた。
「……あなた、服従の調べはどうしたの?」
六花は怒っているような口調で問いかける。
クレアがはっとする気配が背後から伝わってくる。セナは何も答えない。
「レイトの声の力が暴走した時、あのタイミングなら、服従の調べで強引に鎮めることもできたはずよね? レイトに負荷はかかるけど、周りへの影響を考えたら、一番リスクは少なかったはずよ。何でやらなかったの?」
六花はセナを問い詰める。だがセナはまだ何も答えない。
マリーはふとレイトが気になって、彼のほうを見た。俯いていて表情はわからなかったが、口元が微かに動いたのを見た。
まさか……。その三文字が読み取れた。
マリーは嫌な予感を覚えて、椅子から立ち上がり、背後を振り返った。クレアもマリーと同様の予測をしたのか、セナを凝視している。
マリーは無意識にレイトを庇うように彼の正面に立った。
その直後、セナの両の口端が大きく吊り上がった。
「簡単な話ですよ。あげてしまいましたからね、レイトさんに……」
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