第13話 助っ人とは?

 目を開けると見慣れない天井が視界に入ってきた。それで自分が仰向けになっていることに気づいた。ああ、そういえば紅蓮の民の里で気絶したっけ。


 レイトはぼんやりとした頭で考えながら、半身を起こした。どうやらベッドに寝ていたらしい。


「……」


 レイトは周囲を見渡した。ベッドが四つあり、部屋の中央には丸テーブル一つに椅子が四つ置いてある。恐らくどこかの宿の一室だろう。と言うことはここはロルナの港町の宿屋だ。紅蓮の民の里から一番近いのはロルナの港町である。


 さらに見渡すと、サイドテーブルに寄りかかってうたた寝しているマリーが目についた。ずっと側にいてくれたのだろうか。窓に目を向けると、すっかり日は落ちてしまっている。紅蓮の民の里での出来事はまだ昼過ぎだったから、かなり長いこと眠っていたことになる。その間、マリーはずっと看病してくれていたのだろうか。


「……? レイト……?」


 マリーはまだ覚醒しきっていない目を向けてきた。その表情にレイトはどきっとした。今まで無表情しか見たことがなかったから、まどろんだ顔というのがとても新鮮に見えた。


「……マリー、ずっとついててくれたのか?」


 レイトは自分の感情に気づかれないように冷静を装って聞いた。顔にも出ていないはず。

 クレアには、無表情を顔に貼り付けていると逆に怪しいですよ、と言われそうだが。


「うん、いきなり気絶するから……」

「そうか。心配かけて悪かった。怪我は大したことなかったんだけどな……」


 レイトは謝罪しながら左足のふくらはぎ辺りをさすった。傷がどこにもない。針で刺したような鋭い痛みも消えている。気になってマリーを見ると、マリーは「ああ」と言って頷き、答えてくれた。


「怪我ならクレアが治してくれた。クレアが驚いてた。あの魔物の爪に引っ掻かれて、走ったなんて信じられない、って……」

「……? どういう意味だ?」


 確かに思わず叫びたくなるほどの痛さだったが、爪が掠った程度の怪我だったのだ。自分はそこまで貧弱ではないつもりだが。


「えっと……、あの魔物には毒があって……ん〜……」


 マリーは俯いて考え込んだ。どうやら説明を聞いたようだが、覚えきれていないらしい。


「あの魔物の爪には痛覚を麻痺させる毒があるんですよ」


 その時、扉を開けて入って来たクレアが説明を引き継ぐように答えた。彼の後ろにはハウエルもいる。レイトから見て右側にある扉から入って来たクレアは、ハウエルをレイトの向かいのベッドに誘導すると、自分は部屋の中央に設えられている椅子に腰を下ろした。


「ご無事で何よりです、レイトさん」

「いきなり気を失ったから心配したぞ」


 クレアとハウエルからも心配されていたことを知ったレイトは罪悪感を感じて謝罪した。


「心配かけてすみませんでした。まさか気絶するなんて思わなくて……」


 ハウエルに対しての返答でもあったため敬語で答えたが、別にまあいいか、とレイトは思った。


 恐らくクレアなら、レイトが気を失っている間に事の次第をハウエルから聞いているだろう。それならハウエルがネスヴェルディズナ王国の国王だということも、レイトが北のインズバーグ帝国の第一皇位継承者だということも知っているはずだ。


「気絶して当然なんじゃよ。のぅ、クレアよ」


 ハウエルはクレアへ顔を向けた。


「はい。……レイトさん、あの魔物はヴァンストレイヤーと言って、爪に痛覚を麻痺させる毒を持っているんです」

「それ、さっきも言ってたな。でも麻痺させるって、めちゃくちゃ痛かったぞ」


 麻痺というからには、痛みを感じなくなるのではないのだろうか。


「それが正しいんです。痛覚が狂う、と言ったほうがわかりやすいかもしれません。あの魔物の毒は、ちょっとの怪我でも痛みが二倍三倍に感じてしまうんです」


 クレアの話を聞いてレイトは納得した。それも確かに痛覚が麻痺している症状だ。


「なるほどな。厄介な毒だな……」


 レイトは溜め息をついた。

 あれは我慢できるような痛みではない。今回は運良く逃げ切ることができたが、今度あの痛みを味わったら逃げ切る、というより生き延びる自信がない。レイトはあの痛みを思い出し、鳥肌が立った。


「そういえばあの魔物、オレの声の呪いが効かなかったな……」

「そうなのですか?」


 クレアは僅かに目を見開いた。


「ああ。さすがに死を覚悟したぜ」


 レイトは気づかれないように身震いした。


「……私が知る中では、あのヴァンストレイヤーはかなり長命な魔物だったはずです。何か理由があるのかもしれませんね」


 クレアは口元に人差し指を立てて話す。言葉を選んでいるようにも見えた。


「それでレイト殿、これからどうするつもりなのじゃ? 紅蓮の民達を仲間にする、という最初の目的が叶わなくなったわけじゃが……」

「その前に、エリンはどうしてるんです?」


 レイトは布団から両足を出し、床へつけた。


「隣の部屋で寝ておるよ。泣き疲れたのじゃろう。隣とこの部屋は繋がっておるから、少しくらいなら一人で寝かせておいても平気じゃろう」


 ハウエルはこの部屋と隣の部屋を繋ぐ扉に顔を向けて答えた。その顔は優しさに満ちている。父親の顔だ、とレイトは思った。


 確かハウエルには子供が一人いたはずだが、病気で亡くなっていたはずだ。何歳で亡くなったのかはわからないが、エリンを見ていると思い出すのかもしれない。


「そうですか……。ああ、この後のことでしたね」


 レイトは頷いた後、少し間を空けてから切り出した。全員の視線が集中するのがわかる。


「この後は王都奪還の協力を求めるために、シデン大陸を治めるシデン王国の女王に会いに行きます」

「ミネア女王陛下にですか!?」


 真っ先に反応したのはクレアだった。


「知ってるのか?」


 クレアの声がいつもより大きかったのが気になったが、レイトはそこには触れず、女王のことだけを聞いた。


「私はシデン王国の王都出身なので多少は……。ミネア女王陛下はとても厳格な方です。いくらハウエル様の依頼でも協力してくれるとは思えませんが……」

「ああ、直接的な協力を頼むわけじゃないんだ」


 レイトは少し明るい口調で言った。


「一ヶ月くらい前に知り合いからシデンにしばらく滞在するっていう手紙をもらってな、会いに来るつもりなら女王を訪ねろって書いてあったから、その知り合いの居場所を聞きたいんだ。その旨を伝える手紙は前に式神で飛ばしたからな」

「あの定期船で飛ばした式神か……」


 ハウエルが思い出したように呟いた。レイトは頷く。


「ええ。それぐらいならミネア陛下も教えてくれるでしょう」

「どういう人なのだ?」


 ハウエルが聞いてきた。


「背丈はオレと同じくらいです。踊り子なんですが、本人はその事を指摘されると不機嫌になるので、あんまり言わないでやって下さい」


 レイトはその相手の顔を思い出して内心で苦笑した。


「踊り子、ですか……?」


 クレアが訝しげな顔をした。王都奪還の戦力になるのか、と言いたいらしい。


「ああ。腕力はあんまりないけど、踊り子ってのは結構体力使う仕事だし、あいつはちょっと変わった武術を使うから、少なくともオレよりは戦力になるぜ」


 レイトに心の内を見抜かれたからか、クレアは僅かに目を見開いた。


「それにあいつはその武術の他にも特殊な力があるから、そっちを頼らせてもらうんだ」


 これ以上は会ってからのお楽しみな、レイトは笑顔を見せながら言った。

 その人物なら必ず協力してくれるだろう。単に仲がいいから、というだけではない。その人物もまた、大切な物、人、場所が奪われる悲しみと辛さを知っているからだ。

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