第9話 お姉ちゃん?
太陽が西に沈みかけた頃、シャロンナイトの船着き場にその日最後の定期船が到着した。レイトとハウエルは船に乗ろうとしている列の流れに乗って船に乗り込んだ。
乗船券に記されている部屋は二階の特別室。少々値は張ったが、ここなら何かがあった時にすぐ逃げることができる。キャンセルした二人組が誰なのかわからないが、感謝しなければならない。
「さすが特別室じゃな。広いし、ベッドもふかふかだ」
「ハウエル殿は船に乗ったことはあるのですか?」
レイトは荷物をベッド脇のサイドテーブルに置いた。
「あるにはあるが、その時は必ず王国所有の専用の船に乗っていたから、このような定期船に乗ったことはないのだ」
ハウエルは答えながら部屋に置いてある調度品を次々に手に取って眺めている。珍しくてたまらない、といった感じだ。どうもこの王様は好奇心が旺盛なようだ。
「そうでしたか。……ところで夕食はどうしますか? 定期船には乗客用の食堂がありますが……」
レイトが問いかけると、ハウエルは手にしていた調度品をテーブルに戻し、レイトの方へ向き直った。
「あまり人の多い所へは行きたくないな。部屋で食べることはできないのか?」
「できますよ。オレもハウエル殿の意見には賛成ですし、船員に頼んで持ってきてもらいましょう」
「すまぬな」
小さく詫びてくるハウエルに「いいえ」と軽く返して、レイトは外にいた船員に夕食を部屋まで持ってきてもらうよう依頼した。
★ ★ ★
夕食を済ませてしばらく経つと、ハウエルはベッドに横になって寝入ってしまった。余程疲れたのだろう。当然だ。着の身着のまま逃げ出し、ろくに休まず、ここまで歩いて来たのだ。旅慣れているレイトならまだしも、歩いて旅などしたことないだろうハウエルが疲れないはずがなかった。
レイトはハウエルの向かいのベッドに腰掛けた。荷物から小さな紙片を二枚取り出し、同じ内容の文章を書き留める。次にその紙で折り紙を始めた。遊んでいるわけではない。旅の目的のために先手を打つつもりなのだ。すなわち王都を取り戻すために、仲間を募るのである。
「……レイト殿?」
紙が擦れる音で目が覚めたらしいハウエルが、ベッドから半身を起こしてこちらを向いた。
「あ、すみません、起こしてしまいましたか?」
レイトの問いかけにハウエルは首を横に振った。
「いや……。何をしているのだ?」
気にした様子のないハウエルはレイトの手元を見て問い返してきた。
「これですか? 式神を作ってるんです。ご存じですか?」
レイトは可愛らしい小鳥の形に折った紙を彼に見せた。
「城の魔法使い達から聞いたことはあるが、実際に見たことはないな」
ハウエルは両足を床につけて、体を完全にこちらへ向けてきた。
「オレも知り合いに基本を教わっただけなので、使いこなせるわけじゃないんです。式神はかなりの高等技術らしいので……」
「そうじゃな。しっかり身につけようと思ったら、座学からみっちりやらなければならんからな」
ワシも頑張ろうと思ったこともあったが、三日で諦めたよ、とハウエルは苦笑しながら続けた。
「さすがにオレもそこまで根性ないですよ」
レイトも苦笑しながら同意した。
二羽目の小鳥が完成し、レイトは二体の小鳥を窓際に置いた。
「どこかへ飛ばすのか?」
「ええ。これからの旅がスムーズに行くようにと思いまして……」
レイトはハウエルの質問には答えずに返事をすると、窓を開けてから両手をパンパンと二回鳴らした。
すると紙で作られた小鳥が羽の部分を上下に動かし、窓から夜空へ羽ばたいていった。一方は南へ、もう一方は北東へ。
「大したものじゃのぅ……」
ハウエルは感嘆の声を漏らして、窓から空を見上げた。
「オレができるのはせいぜいこれぐらいです」
「あの紙には何か書いてあったのだろう? 何と書いて、誰に向けたのじゃ?」
ハウエルは再びベッドに腰掛けた。
「内容は王都を取り戻すのに協力してほしいことを書きました。誰に宛てたかは今はまだ内緒です。協力してくれるとは思いますが、まだ確証がないので……」
「そうか……」
ハウエルはあからさまに残念そうな顔をした。
どちらもネスヴェルディズナ王国が乗っ取られたら困る者達だが、協力してくれる保証はない。式神を飛ばした相手を明かして期待させたくなかった。
「さあ、もう休みましょう。明日の昼には南のシデン大陸に着くでしょうから」
シデン大陸のロルナの港町に着いたら、さらに南の王都を目指す、とは言わなかった。そこまで言えば、南に飛ばした式神の行き先がわかってしまう。別に後で必ず知られることになるのだから、今知られても問題はないのだが、レイトは今はまだハウエルをゆっくり休ませてやりたい、と思っていた。隠し事をされるほうがハウエルにとってはストレスになるのかもしれないが、レイトにはこれ以上の方法は思い浮かばなかった。
「……うむ、わかった」
ハウエルは小さく頷き、再びベッドに横になった。シーツを肩まで引き寄せてしばらくすると、静かな寝息を立て始めた。
レイトは小さく息を吐くと、窓を閉めた。
マリーとクレアは無事でいるだろうか。
★ ★ ★
太陽が最も高く昇る頃、船はシデン大陸のロルナの港町に到着した。この港町は西のミカルディナ聖王国へも定期船が出ているため、町よりも港の部分のほうがより発展していた。そのためだろうか、潮の匂いがシャロンナイトよりも強い気がした。
「あ~、やっと着いた~」
レイトは港に降り立つと大きく深呼吸した。肩をほぐすように両腕を回す。船に乗ると何故か肩がこる。
「レイト殿、これからどこへ向かうのじゃ?」
ハウエルが隣に立って聞いてきた。
「この後はさらに南に行くのですが、まずはハウエル殿の服を整えましょう。海を隔てれば、追っ手もすぐには来られないでしょうし、まずは服を整えましょう」
レイトははっきりとした行き先は言わず、さりげなく話題を変えた。もともとハウエルの服を買うつもりでいたのだ。そう不審がられはしないはず。
「それもそうじゃな。着の身着のまま、ここまで来てしまったし……」
ハウエルは頷きつつ、自分の匂いを嗅いだ。
シャロンナイトの港町からロルナの港町までの定期船には風呂やシャワーといった施設がない。それらを作るには、水属性や火属性の魔法を応用しなければならず、今回の定期船では規模が小さく、作ることができないのだ。
「では行きましょう」
レイトが先導して歩こうとした、その時だった。
「お姉ちゃん!」
「うわっ!」
突然誰かが腰に抱きついてきた。見下ろすと、つむじが見える。顔は判別できないが、最初に聞こえた声からすると女の子だろうか。その少女はレイトの腰くらいまでの身長で、これでもかというくらい強い力でレイトに抱きついている。
「ちょっと待て! 誰がお姉ちゃんだ!」
レイトは少々強引に少女を引き離した。自分が中性的な顔をしているのは承知しているが、今まで女性と間違われたことなど一度もない。ちゃんと良く見ろ、そう文句を言ってやろうと思ったが、見上げてきた少女を見て、レイトは息を詰まらせた。
「だってお姉ちゃんと同じ匂いがするもん!」
「っ………!」
見上げてきた少女の瞳には一欠片の光も映していなかったのだ。
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