第15話 初めての笑顔

「そういえばクレア。あんた、紅蓮の民の里で絶妙なタイミングで助けに来てくれたけど、どうやって王都を脱出したんだ?」


 エリンのことやマリーのことがあって忘れていたことを、レイトは今やっと思い出した。


「ああ、やはり気にしていらしたんですね。聞いてこないのでてっきり大方予想しているのかと思っていました」


 クレアがあまりにもあっけらかんとした口調で返してくるので、さすがにレイトは大きな溜め息をついた。


「あのな、オレを何だと思ってるんだ。さすがに予想できるか」

「すみません。……実はとある方の助力を頂くことができまして、王都が封鎖される前に脱出することができたんですよ」


 クレアは苦笑して謝罪し、すぐに真面目な顔をして答えた。


「封鎖じゃと……!?」


 ハウエルが真っ先に反応した。クレアは街道を歩く足を止め、ハウエルのほうを向く。


「はい。恐らく今王都には誰一人入ることはできなくなっていると思いますよ」

「何で封鎖なんか……」


 マリーが険しい顔をして聞いた。


「一番の理由は国民が逃げないようにするためでしょうね……」


 クレアは声を低くして答えた。

 確かに一番の理由はそこだろう。だが、封鎖などしたら、王都が乗っ取られたことが周りに知られるのが遅くなってしまう。そうすれば無用の混乱を招くことは減るだろうが、あのレオナルドがそこを気にするとは思えない。魔物達の食料の確保が目的なら、封鎖なんかせずに、来る者拒まずで次々に招き入れればいい。出入り口には見張りでも立てておけば逃げることはない。


「やっぱり別の目的があるんだろうな……」


 レイトは独り言のように呟いた。


「国民を食料にする以外の目的ですか?」

「ああ、そうだ。そうじゃないと王都を封鎖する意味がわからない。王都が魔物に乗っ取られたことが周りに知られるのが遅れて、無用の混乱は減るだろうけど、あいつがそんなこと気にするとは思えないしな……」


 クレアの問いかけにレイトはやや早口で答える。


「あいつ……?」


 それまで黙って聞いていたマリーが呟いた。


「レオナルドっていうムカつくヤローだよ」


 レイトが答えた瞬間、マリーは持っていた荷物を地に落とした。


「マリー……!?」


 レイトの呼びかけに応えず、マリーはその場に頭を抱えて蹲った。頭を抱えている両手が僅かに震えている。


「マリー!? どうしたんだ!? おい!?」


レイトがどれだけ呼びかけてもマリーは反応しない。


「お姉ちゃん! どうしたの!? しっかりして!」


 エリンもマリーの隣にしゃがみ込んで彼女の腕をさすっている。


「頭……痛い……!」


 誰に答えるでもなく漏れた言葉に真っ先に反応したのはエリンだ。少しだけマリーから離れた。エリンにお姉ちゃんと呼ばれると頭が痛くなる、という昨日のマリーとの会話を聞かれていたのだろう。


 レイトはとりあえず今はエリンのことは考えずにマリーに声をかけた。


「何か思い出せそうなのか?」

「……わから、ない……。でも、何か……忘れては、いけないことだった気がする……」

「レオナルドのことか?」


 再度問いかけると、マリーは震えながらも小さく頷いた。


「わかった。とにかく落ち着くんだ。それと無理に思い出そうとするな、いいな?」


 レイトはとにかく優しい口調で言い、マリーの背中を撫でた。


 そうしてしばらくが経った頃、マリーはゆっくりと頭を抱えていた両手を下ろした。そのまま座り込み、顔を上げた。その顔はいつもの無表情に戻っていた。


「……何か思い出せたか?」


 レイトはあまり期待せずに聞いた。


「……ううん……」


 レイトの予想通り、マリーは首を左右に振った。


「そうか……」

「でも……」


 レイトの頷きにかぶるようにマリーが否定の言葉を口にした。レイトを含め、全員の視線が彼女に集中する。


「……どうした?」

「でも、忘れてはいけない何かがあったことだけは思い出した」


 マリーははっきりと「思い出した」と口にした。それは内容がどうであれ、大きな一歩だ。


「そうか。それが何かはまだわからないんだな?」


 レイトの確認する問いかけにマリーは「うん」と小さく頷いた。


「ん、わかった。でも忘れてはいけない何かがあったっていうことを思い出せたんだから、大きな進歩じゃないか」


 レイトは笑顔を見せて言った。マリーがこちらを向いた。


「……本当か?」

「ああ。前はそういう何かがあるような気がするって曖昧な答えだっただろ? でも今、ちゃんと思い出したって言ったじゃないか」


 レイトは明るい口調で答えて、立ち上がった。


「それは大きな違いだと思うけど?」


 レイトはベレー帽をかぶり直してからマリーに手を差し出した。


「……うん」


 マリーは少し間をおいてから小さく頷き、レイトの手を取った。


「何も思い出せなかったけど、レイトのおかげで少しだけ気が楽になった。……ありがとう」


 マリーは僅かに頬を染めて微笑んだ。初対面の人間が見ても気づかないのではないかと思うくらいの小さな笑顔。だがレイトははっきりと見た。


 初めて見た彼女の笑顔。それはとても自然な笑顔で、彼女に良く似合っていた。泣き顔と無表情しか知らなかったので、新鮮で驚いたのも事実だが、笑顔を見せてくれた嬉しさと幸福感があったのも事実だ。


「ああ……!」


 レイトは自分も赤くなっていることに仲間から指摘されるまで気づかなかった。

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