どうやら学校祭は無事に幕を閉じたらしい。

 二年生のコメディ劇場という劇が始まった。

 席は自由に友達と座ったり、二階の立って見る事になってしまうがギャラリーという場所から見たりできる。

 今は俺とみるくの二人でギャラリーで二人で見ているが、以前みるくの元気が無い。

 きっと最後のミスが大きく響いているのだろう。

 声を掛けて慰めてあげたいとも思うし、余計な心配をしてみるくがまた不安がってしまったらという二つの気持ちが芽生え、俺は声を掛けられないでいた。


 「ねぇ、りょーくん」


 不意に声を掛けられ、ビクっと体を震わせた。


 「ど、どうした」

 「明日はさ、美波ちゃん。来てくれるかな」


 美波ちゃんとはダンスでセンターに居るに加え、みるくにダンスを教えていた人物。

 本名はみさき 美波みなみ

 身長が小さく女子からもよくいじられているが一軍メンバーに所属していて、男女構わず話しかけたりととても親しみやすく何事にも活発な人物。

 みるくも最初こそ美波の活発さに戸惑っていたが、最後の練習の日には上手く絡んでいた。


 「それは……風邪だから良くならなかったら、来れないかもな」

 「私、もう嫌だよ。失敗したくない」

 「今日のミスは仕方ないだろ。急にやって言われて、むしろセンターを引き受けた方がよっぽど凄いと思う」

 

 みるくは顔を伏せてしまっていて表情を読み取る事が出来ない。

 しかし、声が震えていて鼻を啜ったりしていて泣き出しそうになっているのは分かった。

 どうしてみるくが「ミス」することを恐れているのかが分からない。

 人間、ミスしてそれを修正してそこでやっと成長出来る。

 だからミスは大事な物、そう思っていたのに。


 「私ね、昔デビューしたての頃、staraliveの先輩とHEROXでコラボしたことがあるの」

 

 みるくはか弱く今にも消えてしまいそうな声で話し始めた。

 

 「りょーくんと心々音ちゃんとコラボした時はカジュアルマッチだったじゃん」

 「ああ」

 「でも先輩とコラボした時はランクマッチで先輩がダイア、私がプラチナムだったんだ。それで、私は当然弱いからすぐに死んじゃって先輩に迷惑かけた。でも先輩は優しく【楽しくやろうね!】って言ってくれてポイントも凄い下がってるのにポジティブにやってくれたんだ」

 「うん」

 「でも、配信が終わった後先輩にお礼を言って【また今度コラボしてくれませんか?】って言ったら先輩は快く引き受けてくれた。でも、先輩の視聴者は私の事ボロクソに叩いたの」


 弱い物いじめと言った所だろうか。

 HEROX界隈は他の界隈と比べて良いとは言えない、それこそ配信者狩りの構成が作られたり配信のコメント欄を荒らすのは日常茶飯事と言った所。


 「別にアンチには慣れてたから、叩かれても良いと思ってた。でも、【お前はもうコラボすんな】とか【ガチで中野みるくとかいう新人キモイ】とかっていうコメントとかツイートを何千っていう数送られたら嫌になっちゃうよね」

 「それは……」

 「無理に言葉を掛けなくて良いよ。でも私がミスを恐れているのはね、そのコラボが原因なの。ミスをして責められる、適当に揚げ足撮ってアンチをしてくるのと、自分のミスが原因のアンチは訳が違う。適当に揚げ足を取ってアンチするなら私が悪くない部分もある、だけど私のミスが原因で来るアンチは私に非が100%あるの」


 言葉が段々と四肢滅裂になってきた。

 みるくが言いたい事は分かる、でもそれは根本的に考えてアンチしてるやつが悪い。

 気分が落ちている状態の時に暴言や酷い事を言われたら誰だって抱え込んでしまう。

 そもそも、ミスなんて当たり前、誰でも最初はミスをするものだ。

 「もう、何言ってんだよ」

 「え――」


 転落防止の格子を掴んでいたみるくの手を掴んだ。

 

 「確かにミスを反省するのは大事だ。でも、抱え込み過ぎるのも良くない、改善できそうなものだったら改善して、無理そうなものだったら人に相談したりすれば良い。それこそ視聴者を頼ったりとかな」

 「でも……」

 「視聴者だって全員がアンチなわけじゃ無いだろ?それに、どうしても視聴者を頼りたくないなら俺や心々音を頼れば良い。必ず力になってやるから」

 

 俺の庇護欲ひごよくから生まれた言葉だろうか、これこそ四肢滅裂と言った所だと思うがみるくは俺の言葉に安心したのか腰に腕を回し、シャツに顔を埋めた。

 

 「ほんとずるい。だけど、そんなとこがすきっ」


 その言葉に脳がフリーズしかけたが、いつもの幼馴染としての「好き」だと言い聞かせ思考停止を免れた。

 それからというもの、みるくは楽しそうに劇やダンスを見ていて俺もずっとこの時間が続けば良いと思ってしまった。


 ~~~


 学校祭二日目。

 今日は学校集合ではなく、北嶺高校の近くにあるスーパー「トープ」での集合になっている。

 電車から降り、みるくと二人、歩いて向かう。


 「今日は美波ちゃん来てくれるかな……」


 みるくは昨日のミスもあってか不安そうにしていた。

 しかし「みるくちゃーん!」と大きな声が聞こえた。


 「ごめんね……昨日大変だったって聞いたよ……?」


 声の正体はさっき話題に出ていた岬美波だった。

 

 「あー!美波ちゃん!会いたかったよー!」

 「ごめんね……私が休んじゃったせいで……」

 「気にしないで、私すっごく頑張ったから!」

 

 二人仲睦ましい姿を微笑ましく見ていた。

 しかし、仲良く会話している最中に俺が邪魔してしまうと二人に申し訳ない。

 赤城の姿を見つけた俺は走って赤城に駆け寄った。


 ~~~


 昨日と同じく発表順は一年生からクラス、学年順で俺ら二組は二番目だ。

 今日のダンスは美波さんが来てくれた事によって上手く行った。

 保護者や地域の人も見ていたが、みるくはセンターでは無かったため特にミスをすることも無かった。

 

 「ぐへぇ……ミスしなくて良かったよぉ……」

 「お疲れ様。なんか買いに行くか?」

 「うん!」


 トープに入り、飲み物コーナーに行く。

 学校祭二日目だけは、自分の番以外もしくは昼休憩時にトープで飲み物や食べ物を購入することが許されている。

 今日は北嶺生のために貸し切りとなっていて店内には北嶺生か店員さんしか居なかった。

 前までは貸し切りでは無かったようだが、北嶺生が騒いだりと地域住民の方に迷惑をかけたことから、学校側が多額の金を支払って貸し切りにしてるだとかしてないだとか。


 「それにしても今日は暑いな」

 「だね~。踊った後、体から汗がぶわーって出てきたもん」

 

 飲み物コーナーに着くと、暑さの影響か10本ほどしか飲み物が無かった。

 コーヒーとお茶が4本ずつ、それとオレンジジュースが2本しか置いてなかった。 

 俺はコーヒーを、みるくはオレンジジュースを手に取り会計に向かった。

 300円を取り出し、みるくのオレンジジュースと一緒に会計して外に出た。

 

 「ごめんね、奢って貰っちゃって」

 「これくらい大丈夫だ。配信でかなり稼げてるし」

 「それは私もなんだけどなぁ」

 「後輩が先輩に奢るのは当たり前だろ?」

 「それもそっか、じゃあありがたく頂こうではないか!」

 

 意気揚々とペットボトルを開け、ジュースを一口。

 それにつられるかのように俺もコーヒーを一口飲んだ。

 

 ~~~


 全ての劇、ダンスが終了し時刻は5時前。

 予定していた時間よりも少し遅くなってしまい、焚火の準備はかなりのハイペースで執り行われていた。

 準備が整い、大量に置かれた木屑や木炭の上に生徒会長が火のつけた着火剤を置いた。

 最初は小さな火だったが、それがどんどん大きくなり人の腰辺りまでの火になった。

 暗くなりかけの薄暗い空、光が差されず暗くなった木々を背景に焚火が映る。

 それがなんとも幻想的で体を癒した。


 「綺麗だね」

 「ああ」

 「最初はあんまり考えてなかったけど、なんかロマンチック」


 火の勢いがピークに達した時、後ろから「もう、大好きだからね」や「俺も好きだぞ」などいちゃつく声が聞こえ始めた。

 その声が俺たちを刺激して、なんだが気恥ずかしくなってしまう。

 隣を向いてもみるくはそっぽを向いたまま、顔を合わせようとしてもプイっと反対側に顔を向けてしまう。

 

 「どうした」 

 「な、何でもないよ」

 

 少し間が空き、みるくは喋り出す。

 

 「あのさ、噂だか伝統だか知らないけどさ。知ってる?」


 その声は震えていて、掠れていて消えてしまいそうな声。

 でもそれは、昨日のように泣いてしまいそう声ではなく、恥ずかしさから来ているものに聞こえた。


 「ああ、最後まで焚火を見ていた男女は将来的に結ばれる?みたいなやつか?」

 「うん。それで私、好きな人と最後まで焚火を見たいなって思ってて……」

 

 体をモジモジさせている、でも顔は向けてくれない。

 なぜか謎の寂しさに襲われたが、俺は不思議に思いみるくに問いかける。

 

 「それで、みるくは好きな人と焚火を見ないのか?」

 「……」


 みるくは急に黙り込んでしまった。

 何か地雷を踏んでしまったかと思いつつ、みるくの返答を待つ。

 そして心の決心がついたのか、みるくがこちらに振り返った。


 「もう私、好きな人と一緒に見てるから」


 羞恥からか泣いてしまいそうな顔、震えた手、か弱い声、そして顔は真っ赤になっている。

 それでも目の前にいる少女は俺の手をそっと握る。

 優しくて暖かいその手が、一本一本指を絡めてくる。

 そして指を絡め終わった後、少女はこう言う。

 

 「私、別にりょーくんに彼氏になってほしいとか言わない。でも、これからも配信はしていきたいし一緒に居たい。だから、これからもカッコ良くてそれでいて、いつも私の事大切に思ってくれて、優しい私の幼馴染で居てください!」

 

 俺はその答えとして、少女幼馴染の手をそっと握り返した。

 こうして波乱だった学校祭は幕を閉じた。

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