どうやら俺は初めてを奪われたらしい。

 「おい、ちょ、やめろって!」

 

 心々音の手がゆったりと俺の顔に近寄って来る。

 みるくに助けを求めたい、しかし、体制的に体を起こすことが出来ないためみるくの状況を確認することも出来ない。

 「助けてくれ!」とみるくに言おうとする前に、心々音に口を塞がれ声を出そうにも出せない。

 手で心々音の体を押し返そうとすると「ふ~」と耳元に風が当たった。

 暖かい風、なぜか体がフワフワしてきて上手く力が入らない。


 「女子に耳ふ~されて幸せそう。私も恥ずかしいですが、これも仕返しのため……」

 

 そう言うと心々音は俺の首元まで顔を近づけた。

 

 「へへっ、こういう展開を涼真くんは求めているんですよね……?」

 「むー!むむっー-!」

 「黙ってください。これは前回やられたお返しです、あの時は本当に痛みと羞恥で……思い出したら腹が立ってきました。早速、いただきま~す」


 心々音は大きく口を開くと耳に「ふ~」と息を当てた後、俺の首筋ガブリと嚙みついた。

 シチュエーションボイスのような耳舐め展開を期待していたが、どうやら期待していた俺がバカだったみたいだ。

 痛い、凄く痛い。

 痛みに耐えきれず、俺は大きな声を出した。


 「っ、いった!痛い痛い痛い、痛いってば!」

 「ふふさいでふよ、ははまないいほは、もっほふよくひひますへ」

 (うるさいですよ、黙らないから、もっと強くしますね)


 俺が声を上げると、心々音はもっと力を入れ噛みつく。

 流石に声に反応したのか、恐らくメロンソーダを楽しんでいたみるくも立ち上がり、俺と心々音の様子を見に来た。

 てか、馬乗りになられてる時にせめて確認しに来いよと思ってしまうが、助けてくれるのなら何でもよい。


 「がぁー!いったいってば、お前ヤバいって!」

 「ほー、あはれはいふぇくだはいよー」

 (もー、暴れないでくださいよー)

 「ちょっと、二人とも何してるの!?」

 

 みるくが心々音を引き剝がそうと心々音の腰に手を回した。

 しかし、みるくが心々音を剝がそうとする体制がまた悪かった。

 みるくはベッドの上に乗ると俺の腰付近にまたがり、後ろから心々音を引っ張っていた。

 心々音は俺の肩をがっちりと掴み、首筋に噛みついているため離れない。

 俺が痛みに悶えているせいで体が左右に揺れたりする。

 その度、腰付近に乗っているみるくの小さなお尻が俺の陰部を刺激している。

 

 マズいマズい、本当にマズい。

 俺の大事な物がデカくなってしまう前に、早くどちらかを降ろさなければ。

 理性は心々音の噛みつきの痛みによって保たれているから大丈夫だ。


 「おい、心々音!お前長すぎだって!分かった、俺が悪かったから!いってぇ!」

 「ほー、ほんふぉひあふぁれないふぇくふぁふぁはい」

 (もー、ほんとに暴れないでください)

 「心々音ちゃん!長すぎ!りょーくん痛がってるからヤメテ!」

 「はめふぁへーん」

 (やめませーん)


 俺の抵抗は虚しく、心々音の噛みつきが終わったのは噛みつき始めてから2分程経った後だった。

 

 「ぷはぁ、うわ唾液で糸が引いてますね」

 「言うな言うな。生々しい……てか、いったぁ……」

 「うわ……噛み跡残ってる……」

 「あはっ、おもしろーい。写真撮ってあげますよ」


 心々音がスマホでパシャリと一枚。

 撮った写真を見せてもらうと、俺の首筋に大きな噛み跡が残っていた。

 

 「お前、ふざけんなよ。学校行って、クラスの奴らに【なにこれ、涼真くんってそういう趣味あったの……?】とか言われて、誤解されたらどうすんだよ!」

 「えー?犬に嚙まれたとでも言っておけば良いじゃないですかー」

 「舐めてんのか、お前は。またやったろか……?」

 「ふふーん。やっても良いですけど、コ・ン・ド・は本気でやってあげますよ?丁度左の首筋も空いてますし」

 

 シバきたい、この笑顔。

 しかし、もう一度あの痛みを味わうのは正直御免だ、腹が立つが我慢することにした。


 「りょーくんの痛そう……」

 

 みるくが胡坐あぐらをかいている俺の足の上に乗っかり、俺の首筋を見る。

 やはりベタベタするのを治すのは難しいかと思いつつ、心々音の方を見るとまた不気味な笑みを浮かべていた。


 「みるくちゃん、ちょっとこっち来て?」


 心々音が手招きするとみるくは俺の足から降り、ひょこひょこと心々音の方に行った。

 何か耳打ちされているようだが、大体の事はみるくの表情から読み取れる。

 明るくなったり、暗くなったり、心配そうな顔をしたりと喜怒哀楽が激しい。

 耳打ちが終了したのか、みるくは心々音と話し終えると俺の方にひょこひょこやって来た。

 胡坐をかいている足に再度乗り、今度は俺の首に腕を回した。

 噛まれた部分がみるくの制服と擦れて痛い。


 「りょーくん、痛くないからね?」

 

 意味不明な発言をしたかと思うと、みるくは俺の噛み跡の無い左の首筋にパクっと噛みついた。

 心々音と違って痛みのない、猫のような甘噛み。

 唾液で首筋が濡れていく感触が気色悪い。

 しかし、みるくは噛み跡を残そうとしているのか中々離れない。

 

 「おい、何やってる」

 「ちょっと涼真くん、邪魔しないでください」

 「誰なん、お前」

 「宮下心々音ですが?」

 「分かっとるわぁ!誰目線やねんて話や!」

 「あー、適当に親目線にしときますか」 

 「適当ってなぁ……」


 左肩から生暖かい感触が無くなった。

 以前手は回されている状況、みるくがこちらをずっと見てくる。

 みるくはなぜか少しずつ俺に近づけてくる、その顔がなぜか妖しく見えて俺は息を呑んだ。

 

 「ねぇ、りょーくん」

 「な、なんだ」

 「このままキスでもしちゃう?」

 「ちょ、おま何言って――」

 

 俺に喋らせないよう、みるくは立て続けに喋る。


 「私、りょーくんなら良いよ?」

 「だから、なんでそうな――」


 急にみるくが顔を近づけたかと思うと暖かくてしっとりとしている感触が俺の唇に走った。

 ぷにっとした柔らかいものが俺の唇を奪う。

 よくある舌を入れるディープキス。そんなものではなく、只々唇を重ねただけ普通のキス。

 初めての体験、余韻に浸る隙なんて無く俺の心臓は大きな汽笛を鳴らしていた。

 やがて唇が離れ、みるくと向き合う。

 その顔は酷く赤くなっており、目を合わせただけでプイっとそっぽを向いてしまった。

 

 「ちょ、お前、なんも無理にしなくても……」

 「い、いいの……初めてはりょーくんが良かったし……それになんだか安心するから……」


 俺はもの凄く恥ずかしい、だがみるくも恥ずかしいのか自然に会話は消えてしまい気まずい空間になってしまった。

 心々音が「はぁ~」とため息を吐くとスマホでまた写真をパシャリと一枚。

 

 「涼真くん、これ見てください」

 「な、なんだよ……」

 「これ、あなたの左の首筋です。キスマークもついて、それにちっちゃな噛み跡だって見えますね」

 「そりゃ、あんなのしたら当たり前だろ。てか、みるくに色々吹き込むな。まだみるくは純粋なんだから」

 

 心々音は「あはっ」と手を口に当て笑うとみるくの方へ行き、頭をよしよしと撫でていた。

 まだ痛む首筋を摩りながら、スマホで時間を確認すると4時になっていた。

 今日は6時から配信する予定があったので、ここら辺で帰らせてもらう事にした。


 家を出る前、心々音のお母さんとばったり遭遇してしまったが、首筋を見られてはマズいと思い逃げるように家を出てしまった。

 すまん、お母さん。


 帰り道、みるくとは気まずい感じだったが徐々に会話できるようになった。


 「その……ごめんね?今日はその、急にキ、キスとかしちゃって……」 

 「ああ、流石に驚いたし初めてだったしで……」

 「え、初めてだったの!?その……ごめん……」 

 「いや、良いよ。俺もみるくだったら安心出来るって言うか、嬉しいし」

 

 みるくが「ほんと!?」と言うとまた俺の腕に抱き着いて来た。

 「はぁ……」とため息を吐きながら俺は頭を抱え、家に帰った。

 今日は痛い思いしかしなかったなと思いながら準備をして配信に臨んだ。


 次の日、学校に行くと亮に噛み跡を見られ心配され、クラスメイト(特に男子)に何があったか事情聴取されるハメになったが「黙秘権を行使します」の一点張りで難を逃れた。

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