どうやら俺は唇を奪われたらしい。

 「おおう、案外快適」

 

 店内はクーラーによってかは分からないが、外と比べるとだいぶ涼しくて心地が良い。

 しかし人の数はかなり多い、だが電車と比べればマシだと思い俺は心々音について行く。


 「うっひゃ~!こっちにはヤシネムのアニメ放送記念5巻の特装版がある!あ、こっちにはイケ恋の限定特典版!」

 「そんなに欲しかったのか?」

 「ええ、もちろん!」

 

 心々音が財布を開き中身を確認している。

 俺は特に買うものは無いと思っていたが……なんだあれ。

 俺が興味を惹かれたのは一つのCD。

 俺が最近聞いていた「みしゅかる」というグループのアルバムだった。

 可愛げのある名前と打って変わって、曲のジャンルは失恋ソングや恋に関する重い曲を作っている。

 以前、ギャルゲーをクリアした後にみしゅかるの「バイバイ、私の一番の人」という曲を聞いたことがある。

 泣いた、曲で泣くなんて思わなかったが本当に感動してしまった。

 特に「私はもっと好きになれたよ、だけど君は私を好きになれないんだね」という歌詞と雨音の混じったメロディには度肝を抜かれた。

 

 俺はそのアルバムを取り、収録曲を見てみるとお目当ての曲があった。

 俺はアネメイト限定版アルバムを手に取りレジに向かおうとしたが、なんだか心々音が焦っていた。

 俺はレジには行かず、心々音にかけよった。


 「どうした」

 「あ、涼真くん。すみません、実は持ち合わせが少し足りなくてですね……」


 心々音のカゴには沢山の本と何かのグッズが入っていた。

 パッと見てもグッズの数量は12点ほど。

 先ほど確認したが俺の財布には6万円と小銭が少々入っていたことを確認している。

 俺は持っていたアルバムを心々音のカゴに入れた。


 「よし、俺が買ってやろう」

 「え……?そんな悪いですよ、別に一つか二つ買うのを止めれば済む話ですし……」

 「俺はお前に感謝しているんだ。今日の東京観光と言い日々の生活から、配信に関しても感謝している。もちろんファッションに関しても、だから奢らせてくれ」

 

 心々音は考えるような仕草を取った後「じゃ、じゃあ今回は涼真くんのご厚意に甘えます」と言った。


 「うい、じゃあカゴ貸してくれ」


 心々音からカゴを貰うと俺はレジに並び始めた。

 

 ~~~


 会計を済ませ外に出て、心々音が欲しがっていた商品を渡した。

 因みに、心々音が欲しがっていた商品で2万弱飛んだ。

 アニメのグッズ、高すぎだろ。


 「はわ~、ありがとうございます!」

 「いえいえ」

 「心々音ちゃんだけズルい」

 「お前にも何かしてやるから」

 「やったー!」


 アネメイトを出た。

 荷物も増えて来たし二人とも歩き疲れたのか、少し表情が暗い。

 疲れと明日の事も考慮し、今日はホテルに戻って一度休みを取るのが良いのではないか。


 「二人とも疲れてるんだったら一度ホテルに戻ろうぜ、荷物もあるし」

 「そうですね……流石に歩きっぱなしも疲れますしね」

 「私も疲れた……」


 三人ともホテルに戻る事に賛成したので、まずは山手線で大崎駅に向かう。

 人は相変わらず多かったがなんとか席を三つ確保し、座る事が出来た。

 

 肩にトンと何かが当たった。

 横を見てみると疲れたのかみるくが寝ていた。

 寝顔を他人に見られるのは嫌だろうと思い被っていた帽子をみるくに被せた。

 反対側を見ると心々音も頭を縦に揺らし眠たそうにしていた。

 俺が「着いたら起こしてやるから」と言うと「ああ、すみません……」と言い心々音も瞳を閉じた。

 俺もだいぶ眠たかったが、三人とも寝てしまって寝過ごしたら困る。

 俺は意地でも寝ないと決意した後、スマホをイジり始めた。


 ~~~


 「次は~大崎~大崎~」

 

 聞き覚えのあるアナウンスを聞き俺は頭を上げる。

 ネットニュースやHEROXの情報を調べたりと、何とかして睡魔に打ち勝った。

 両隣を見ると二人ともぐっすり、俺は肩を摩り二人とも起こした。


 「んにゃ……」

 「ふあぁ……」


 女子って起きる時「んにゃ……」とか「ふあぁ……」とか動物の鳴き声みたいな可愛らしい声を出すのか。

 いや、こいつらが異常なのか?

 全国の女性の方、教えて下さい。


 「あ、ふみはせん……起こしてもらって」

 「あくびしながら喋るな」

 「ふあぁい」

 「話を聞けえい。そしてみるくはまた寝るな」


 心々音と会話している最中、さっき起こしたはずのみるくがまた俺の肩にもたれかかって来た。

 もう一度みるくの肩を摩って起こした。


 「あ、ごめんごめん。眠たくて」

 「疲れてるんだろ、仕方ない」


 電車が減速し、やがて目の前のドアが開いた。

 眠たげなみるくの手を取り、俺は電車から降りた。


 ~~~


 「疲れましたね」

 「ああ、とても疲れた」

 「まあ、夜は小さいですがホテルのバイキングなので外には出なくて大丈夫ですね」

 「おお~」


 品川シーサイド駅のホーム、俺たちは先ほどりんかい線から降りた。

 さっきまでいた秋葉原や大崎とは違い、ここら辺は人が少ない。

 快適なホーム、快適な改札。

 人が少ないとこんなにも苦労しないのか。

 エスカレーターに乗り、外に出た。

 朝来た道と同じ道を行き、ホテルに入った。

 

 部屋前に来て心々音がカードキーで扉を開ける。

 俺たち三人は部屋の中に入った。


 みるくは部屋に入るや否やベッドにダイブイン。

 俺と心々音はそんなみるくには目も触れずキャリーケースを開け、秋葉原で買って来た戦利品を大事そうにしまった。

 

 「二人とも反応してよ!」

 「今、大事な大事なアリサたんをしまっているので」

 「俺もみしゅかるのアルバムしまってるから」


 みるくは「もういい!寝る!」と言い、ふとんの中に潜り込んでしまった。

 そんなみるくを見ながら俺は苦笑した後、尿意を感じトイレに向かった。


 「ふぅ~」


 なんだかんだで今日は一度もトイレに行っていなかった。

 あれだけの長時間、尿意を感じなかったってことは純粋に楽しんでいたんだな。

 俺はそう思い、ズボンのチャックを閉めてレバーを引いた後トイレから出た。


 心々音は荷物の整理をしているのかキャリーケースの中身を出したり入れたりしていた。

 普通に疲れたなと思い、俺は壁際にある一番端のベッドに腰を下ろした。

 俺が腰を下ろすと心々音もトイレに行くのか、整理していた手を止めて立ち上がった。

 俺はスマホを取り出して時刻を確認しようとした。

 その時だった。


 「――!!」


 前方から何か大きな衝撃が俺の体に走る。

 急な事で俺は目を瞑ってしまったが、恐る恐る目を開けてみると目の前には心々音がいた。

 一瞬足でももつれて俺の方に転んだのかと思ったが、心々音は一向に立ち上がろうとはしない。

 なんなら、俺の肩を掴んだりいつの間にか靴を脱ぎ捨てていて俺の足と微妙に絡まっていたりと明らかに様子がおかしい。

 

 「おい、どうした」

 「……やっと二人」

 「またおかしくなったのか」

 「……おかしくなってない。これが素だから」

 「寂しくなって、かまって欲しい猫ちゃんにでもなったつもりか?」

 「……そんなんじゃないし。てか涼真くん以外の人に素なんて見せるはずないし」

 「なんだそれ、てか離れろ」

 「やだ」

 

 押し返そうともしたが、それはそれで何かと面倒くさいことになりそうだ。

 これがリアルメンヘラなのか、それともこれが普通なのか。

 別に重くて苦しいわけじゃないし、これはこれで良い。

 外に出ていたはずなのに全く臭いとは思わない、むしろ髪から良い匂いがする。

 さらさらな髪が俺の頬にかかって少しくすぐったいのは癪だか、それを抜けば全然良い。

 これが、俺の待ち望んでいたギャルゲー展開じゃあ!

 心々音と二人で遊んだ時も嬉しい展開が山ほどあって、めちゃくちゃ楽しかったがこれもこれで良い。

 とりあえず、地雷を踏まないように行動しなければ。

 この幸せな時間を俺は一秒でも多く体験するんだ。


 「わかった。俺はお前に感謝してるし、これぐらいは許そう」

 「……いつでもして良い?」

 「それは……場所による……」 

 「……そっか」

 「てかどうした、最近おかしくないか?」

 「……気づかない方が悪い。こんな惚れさせたくせして何も気づかないなんて、ほんとセコい」

 

 しかし考えても全然分からん、やはり一番の可能性はあのゲーセンでの出来事。

 俺が彼氏面したのが悪かったのか、それとも心々音からしたらチャラ男たちから助けたことがそんなにかっこよかったのか?

 うーむ、分からん。


 「ねえ、涼真くん」

 「どした」 

 「前さ、みるくちゃんとキスしてたよね?」

 

 マズい、嫌な予感がする。

 

 「……ああ、一方的にされたって言うか」

 「あれ、私がみるくちゃんに【キスしたら?】って言ったんだよね」

 「そうだとは思っていた」

 「でもさ、みるくちゃんとキスして私とはしてないよね?」

 「……」

 「キス、しよ?」


 荒川涼真、考えろ。

 同級生、しかも学年一可愛いと言われている女子自らキスを迫って来た。

 別に同じ中学校だったわけでもないし、共通点と言ったら同じクラスで同じ企業に所属しているだけの人間。

 恋人でもないのに、俺は彼女とキスをしてもよいのか。

 考えろ。


 「ねえ、早く答えて」

 「……待ってくれ」

 「もう私、我慢できないから」


 彼女が顔を近づけて来たと思った時にはもう、俺の唇は彼女に奪われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る