どうやら俺は危機に対面したらしい。

 時刻は9時ちょっと過ぎ、今日は北野にあるゲームセンターに来ている。

 前、心々音に強制的に買わされたゆるふわ系と呼ばれていた服を着て、俺は入り口で待っていた。

 学校に通わなくて良いという安心感で危うく寝坊しそうになったが、何とか5分前に来た。

 しかし、俺の事を誘った人間はかれこれ10分程待っているが未だに来ない。

 今日は9時集合のはずだったのだが。

 

 「あ、ごめんごめん~!」

  

 膝辺りまでしかないハーフデニムパンツ、ブラウンの小さな斜め掛けバック、中央に英語がプリントされた白のTシャツに黒の活かしたキャップを身に着けた女子が手を振りこちらに走って来る。

 ボーイッシュファッションが似合いすぎて、直視できない。

 

 「うっす」


 照れを隠しながら挨拶を交わした後、俺は彼女の事を見ず店内に入ろうとする。

 そんな俺に怒るように、彼女は言葉を投げかけてくる。


 「ちょっと、置いてかないでくれる?」

 「ああ?遅れた方が悪い」

 

 彼女は「もー、優しくないなぁ」と言いながら顔を上げ、笑みを浮かべる。

 その笑顔で何人も惚れさせてしまうような、魅力的な笑み。

 ただ普通に話をしていれば一瞬で惚れてしまそうだ。 

 だが、こいつは……


 「うっひゃ~!フィギュアが沢山……うおっ、音ゲーも沢山あるやん!なんじゃこりゃあ!」


 このように、素はとんでもないオタクなのだ。

 中に入った瞬間、両替機の前まで競歩選手並みのスピードで歩いていき、一万円札を両替。

 そして目を付けておいたのか分からないが、すぐ近くにあったUFOキャッチャーに100円を投入した。

 俺を今日ゲーセンに誘った女性、宮下心々音に俺は呆れ気味に話しかける。

 あ、因みにみるくは配信があるという事で今日は俺と心々音の二人だ。


 「近々東京に行くんだから、そん時にいっぱいやれば良いのに……」

 「何を言っているんだい」

 「あ?」

 「確かに東京の方が店舗数も多くて、景品の数も多い」

 「じゃあ、東京でやれよ」

 「でもね涼真くん。東京には闇が潜んでいるのだよ」

 「闇?」

 「ああ、闇だよ。東京の全ての店舗とは言わないけど、東京はとにかく人が居る。そのため店は金儲けのためにクソ設定を作りまくる。何が言いたいか分かるかい?」

 「うーん、田舎の方がクソ設定が少ないって事か?」

 「そう!簡単に言ったらそうなるね。まあ後は、そんなクソ設定も攻略されて、欲しいカラーのフィギュアが無くなったりとかがあるから、地方店の方が良いのだよ」

 

 何を言っているのかさっぱり分からず、適当に答えを出したがまさか合っていたとは。

 てか、こいつは今何を狙っているんだ?

 俺は気になり、台の横の方から覗いてみると最近放送され始めた「屋敷の中では眠りたい!」というアニメ中に登場するメインヒロイン「フィードレッド・アリサ」のフィギュアがあった。

 俺もネットニュースを見ただけなので詳しい話は分からないが、社会現象になっているほどのアニメらしい。

 心々音はいつの間にかプレイを再開し、もう少しで落ちそうという所まで来ていた。


 「よっしゃ、もう少しだぞ……アリサたんともうちょっとで会える……」


 心々音がかなり気持ち悪い事を言っているのをよそに、俺はオークションサイトでアリサのフィギュアの相場を調べてみた。

 一体一万円……

 俺はサイトを閉じた。


 「は?なんか引っかかってね?絶対無理やん!」


 心々音がなぜかキレ始めた。

 キレの理由を探るべく、俺は台を覗いてみた。

 すると、フィギュアを包んでいる箱が台の中に設置された二本の突っ張り棒によってキッチリとハマっていて、心々音がアームで箱の表面を押すも、ビクともしなかった。


 「お疲れ様です」

 「ちょっと、涼真くん!助けてよ!」

 「そう言われてもなぁ……」


 心々音に無理矢理やるように言われ、心々音のお金でアームを操作し始めた。

 全くUFOキャッチャーをやった事の無い俺が、景品を取れるはず……ん? 

 上の方に置かれた補充用の景品なのか分からないが良く見てみると、箱の一部が台から少し飛び出している。

 どこにでも何回でも操作出来るレバータイプの機械だったので、俺は操作を切り替えそちらを狙った。

 少し飛び出している部分をアームの爪で押し、上の台から箱を落とす。

 するとハマっていた景品にぶつかり、そのまま一つは落下。

 そして上から落とした景品もそのまま獲得口に落下した。


 「……」

 「おー、取れた」

 「涼真くん!それ反則です!」

 「えー?なんでだよ」

 「それはディスプレイ取りと言って、最悪出禁になるんですよ!?」

 「心々音、知ってるかい?」

 「……?」

 「バレなきゃ、犯罪じゃないんです――」

 「そうですね」

 「最後まで言わせろよ」


 結局心々音は、俺が禁止技を使った事を店員には言わず二つのフィギュアを大事そうに袋に詰めていた。

 俺が取ったが、フィギュアは要らなかったので心々音に二つとも譲った。

 

 その後は心々音が音ゲーをやりたいと言ったので一緒にやったり、再度UFOキャッチャーをやったりととても充実出来た。

 

 「涼真くん、プリクラ取りましょ!プリクラ!」

 「えー」

 「なんでで嫌そうなんですか……こんな美少女としかも二人きりで撮れるなんてそうそうないですよ?」

 「あーもう、わかったわかった。だけどその前にトイレに行かせてくれ」


 心々音は嬉しそうに「やったー!」と言うとプリクラコーナーに行ってしまった。

 早くトイレを済まして、プリクラコーナーに行かなければ。

 心々音は腐っても美少女、変な輩に絡まれたら困る。

 俺は急いでトイレに行って、プリクラコーナーに来た。

 しかし、案の定心々音は絡まれていた。


 「君、可愛いねぇ~」


 チャラい容姿に、タバコを一本加えている少し瘦せ形の金髪男。

 取り巻きなのか後ろには金髪の男が二人見えた。


 「ひっ、なんですかあなた達……」

 「そんなこと言わないでよ~、俺たちと少し遊ぼうぜぇ~」

 「ちょ、触んないでください!」

 「あ?良いだろ別に、減るもんじゃねんだからよぉ!」

 「うぅ……」

 「はっ、金城さん!この女泣いてまっせ!」

 「はっ、さっきいた陰キャみたいな男はどこに行っちまったんだろうなぁ?」


 怖くて、足が震える。

 遠くで見ている事しか出来ない。

 心々音が腕を掴まれ、どこかに連れていかれそうになる。

 この瞬間、俺の足はやっと動いた。


 「おい、何やってんだよ」

 「あ?誰だお前」

 「そいつの彼氏。その手、離してくれる?」


 やばい、つい流れで彼氏とか言っちゃった。

 でも彼氏って言ったの方が放してくれる可能性は上がるかもしれない。


 「あーさっきのモブみたいなやつか。ごめん、こいつ貰ってくから」

 「ふざけんな。その手、放せつってんだよ!」

 「いった」


 俺は心々音の手を掴んでいる男の腕を思いっきり叩いた。

 衝撃により、男の手は心々音の腕から離れた。

 離れた衝撃で、心々音は男たちから解放され俺の後ろに隠れる。

 袖を掴んだその手は、大きく震えていた。


 「このガキ、殺すぞ!」

 「殺せねぇくせに、大口叩いてんじゃねぇよ」

 「あーもう、キレたわ。お前らやっちまえ!」


 後ろにいた取り巻き二人が前に出てきて俺に殴りかかって来る。

 当然俺は何もできないから、両腕で顔面を守る事しか出来ない。

 しかし、取り巻き二人は俺に殴りかかってくることは無かった。


 「お客様、これで何回目ですか。次トラブルを起こしたら警察に引き渡すと前回申しましたよね?」


 180㎝あるんじゃないかと思うくらい高身長、それでいて大柄な男がチャラい三人組の前に立ちふさがっていた。

 チャラい三人組はその店員をみるや否や「すいませんでしたー!」と言い、店の裏出入り口から出て行った。

 

 「お客様、お怪我はございませんか?」

 「え、ええ……大丈夫です」

 「すみません、あの客。かなり前から他のお客様とトラブルを起こしておりまして……」

 「いえいえ、こちらこそ助かりました」

 「左様でございますか。とりあえずあの客はもう出禁にしますので、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

 

 大柄な店員さんは頭を下げると、そのままバッグヤードに行ってしまった。

 

 「大丈夫だった?」

 「……うん」

 「顔赤いぞ?本当に大丈夫か?」

 「大丈夫だから!それよりプリクラ!撮ろ?」


 心々音に強引に腕を掴まれ、俺はプリクラ機の中へと消えて行った。

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