どうやら心々音はまだおかしいらしい。

 「うし、準備完了」

 

 8月1日、今日は二宮椿代表に会いにいくため東京に行く日だ。

 俺は目の前に置かれているキャリーケースの中身を確認し終えた。

 今日はまず、みるくと一緒に心々音の家に行ってその後は心々音のお母さんに空港まで送ってもらう事になっている。

 時刻は6時30分、体も重くまだまだ眠たい。


 いつも早起きの父に「いってきます」と声を掛け、俺は家を出た。

 みるくの家に行き、インターホンを鳴らす。

 しかし反応は無い。

 ドアノブを引いてみると案の定鍵は開いていた。

 強盗が入ったらどうするんだと思いながら俺は静かに家に上がった。

 

 「おーい、来たぞー!」


 俺が大きな声で呼びかけてみると「はーい、今行きまーす」と遠めだがみるくの声が聞こえた。

 少ししてみるくが大きなボストンバック抱えて階段から降りてきた。


 「ごめんごめん、少し手間取っちゃって」

 「始発まであんまり時間ないから早く行くぞ」

 「おっけ~、よし忘れ物も無い。いってきます!」


 家を出て、みるくがカギを閉めた事を確認して俺たちは駅に向かって歩き始めた。

 早朝ということもあってか半袖では肌寒い。

 周りに人はいなく、俺とみるくだけ。

 何だか二人きりの世界に来たみたいな静けさだ。


 「楽しみだね。りょーくんは椿さんに会った事無いんだっけ?」

 「ああ、写真すら見たことない」

 「ふふっ、あの人ちょっと変わった人だからりょーくん驚くと思う」


 変わった人、か。

 俺の同企業に所属していて「おつなん~」とかいう挨拶をするやつも十分変わったやつだが、それ以上なのかそれ以下なのか。

 どっちにしても楽しみだ。


 「あ、やばい電車来てる」


 近くの踏切が音を鳴らし始めた。

 始発を逃すと飛行機に間に合わないため、俺とみるくは本気で走って何とか間に合った。


 「あ、あぶねー……」

 「ほんと……危なかった……」

 

 始発という事もあり、俺たち以外にお客さんは居なかった。

 一両目の最後列に座り、外の景色を眺めた。

 丁度太陽が真ん中辺りまで昇り、窓から日が指していた。

 この眩しさが俺の目を冴えさせてくれて、目が覚めた。

 まだ体は少し重いがそこは何とかなる。


 みるくと談笑し、大泉に着いたのでお金を払い降りた。

 因みに今回の予算は口では言えないが、とにかく大量だ。

 無限大とは言えないが、大量だ。


 少し歩き、壁一面真っ白で屋根だけが青いという特徴的な家に来た。

 インターホンを鳴らすと「はーい」という声と共に心々音が出迎えてくれた。


 「あっ、二人ともおはよう」

 「ういっす」

 「おはよー、心々音ちゃん」

 

 前回一緒に遊んだ時のようなお決まりボーイッシュファッション。

 しかし、前回と違う点はショートデニムではなくロングデニムになっていた事とTシャツの英語のロゴが変わっていた。

 一方みるくはいつもの白いワンピースではなく、黒のムササビスウェットでズボンは心々音が前回履いていたようなショートデニムに黒のベルトを着けていた、そしてスウェットと同化していて気づかなかったが黒で小さめのショルダーバックを身に付けていた。


 心々音は被っていた帽子のつばを持ち、頭から浮かせると「早速行こうじゃないか」と決め顔で言った。

 そんな心々音を見て、俺とみるくは苦笑をした。


 ~~~


 「今日はお願いします」

 「お、お願いします」

 「はい、こちらこそ心々音をお願いね?」


 車に乗り込み、心々音のお母さんの心美さんに挨拶をした。

 心々音の家から空港までは約1時間30分かかるとの事。

 暇になるので、寝てても良いし、自分の好きな事をやって良いよと言われた。

 飛行機は初めて乗るから多分寝れないと思うし、東京に行ったら行ったで興奮で寝れないと思う。

 俺はホテルで寝られない事も考えて車では寝かせてもらおうと思い、目を閉じた。

 が、何か頬に違和感がある。

 目を開けてみると隣に乗っていたみるくと心々音が俺の頬を突っつき合っていた。


 「おい」

 「なんですか?」

 「どうしたの?」

 「寝かせてくれ」

 「だめですよ」

 「そうだよ!」

 

 宮下家の自家用車は多分、大家族とかが乗るような車だ。

 正確な名前は良く分からないが多分8人用ぐらいの車。

 後部座席には最大で6人座れるようで、俺は助手席に乗ろうと思った。

 しかし心々音が「私、車酔いするんで助手席しか乗れないんです……」と言ったので席を譲り、後部座席に乗り込んだら。

 

 「ごめんなさい、嘘です。てへっ」


 とか言って、俺の隣にぐいぐいと乗り込んで来た。

 先にみるくが乗っていたので逆側のドアから逃げる事は出来ず、結局俺が真ん中でサイドに女子二人という事になった。


 「はーい、りょーくんは寝ちゃダメです。女子二人の相手をしましょうねー」

 「そうですよ涼真くん、女子を飽きさせるなんて事しないですよね?」

 「嫌になって来た……」


 結局俺は寝る事が出来ず、女子二人のお話に1時間30分付き合う事になった。


 ~~~


 「ありがとうございました」

 「あ、ありがとうございます……」

 「はい、気を付けて行って来てね」


 心美さんに空港まで送ってもらい、空港に着いた。

 飛行機は9時20分までに搭乗口に入らないといけない、そして現時刻は8時30分で時間は50分程ある。

 搭乗口が開くのが9時なので最低でもあと30分は時間を潰さないといけない。

 

 「涼真くん、朝ご飯は食べましたか?」

 「いや、食べてないが」

 「じゃあそこにコンビニがあるので買って来たらどうですか?」

 「え、飛行機の中って飲食禁止じゃないの?」 

 「え……?」


 心々音に「この人何言ってるの……?」みたいな顔をされてしまった。

 だって、飛行機何て乗った事無いんだもん。

 初めてなんだもん、知らないことだって沢山あるよ。


 「えっと、全然飲食できますよ?」

 「あ、そうなんだ」

 「もしかして飛行機は人生初ですか……?」

 「はい」

 「この先不安です……」


 心々音は「私はチケットの手続きをしてきますので」と言い、どこかに行ってしまった。

 どうやらみるくも朝ご飯は食べていないようだったので一緒にコンビニに行く事にした。


 「いらっしゃいませ~」

 

 朝だと言うのに気合の入った声が聞こえてきた。

 特に食べたい物も無いのでおにぎりコーナーを見に行ったが何も無い、総菜も無い。

 あるのはパンだけだったので、俺はお茶とイチゴジャムパンを持ち会計に行った。


 会計を終え、心々音がコンビニの前に居た。


 「はい、これがチケットです。降りるまで絶対に無くさないでください」

 「おけ」

 「あと、あそこでそのキャリーバックを預けて来てください。飛行機の中には持ち込めないので」

 「分かった」

 「みるくちゃんにも私から伝えておきますので、荷物を出してくると良いですよ」

 「了解、みるくを頼んだ」

 「はい」


 俺は心々音に促され手荷物カウンターに行き、検査を受けた後キャリーケースを預けた。

 コンビニの前に戻ると二人が楽しそうに話していた。

 俺も駆け寄り輪の中に参加する。

 

 「あ、来ましたか」

 「わりぃ」

 「いや全然大丈夫です」

 「私も荷物預けて来るねー」


 みるくも手荷物カウンターに行き、荷物を預けて来るようだ。

 心々音と二人、何だか気まずくなってしまう。

 心々音がキョロキョロと周りを見て、みるくがまだ帰って来ないのを確認したのか俺の腕に抱き着いて来た。


 「ちょ、おい」

 「……まだ、あの時の答えは聞いてないですよ」

 「あの時って言われても……」

 「私は好きな人以外にこんな事はしません」

 「……」

 「分かりました、今は言わなくても良いです」

 「……すまん」

 「でも、いつかは絶対に私の告白の答えをください。その答えが聞けるまで、私は何度でもアプローチし続けますから、覚悟しておいて下さい?」


 心々音は嬉しそうに微笑むと俺の腕から離れた。

 急な事だったので、気が動転してしまいどうにかなりそうだった。

 どうして、俺は心々音に好かれるようになったのか、心当たりは全く無い。

 けれど強いて言うなら、ゲーセンで助けた事が影響しているのか、それとも別の理由か。

 俺は考えてみたものの、あの日と答えは同じで何も分からなかった。


 「ただいまーって何かりょーくん顔赤くない?」

 「ふふっ、初めての飛行機で緊張しているんですよ。ねえ、涼真くん?」

 「……ああ」


 波乱万丈な旅行になりそうだと思ったのと同時に、俺は何か心々音に期待していた。

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