二幕

どうやらクラスメイトは絶望しているらしい。

 学校祭も終わり、またいつも通りの生活――にはならなかった。

 二日間の休日を過ごした後、学校に登校した。

 クラスに入るとなぜか活気が無い、不思議に思いながら黒板を見るとそこには


 「来週は定期テスト!みんな勉強するように!」


 とでかでかと書かれていた。

 頭を抱えている人も居れば、せかせかと机に向かって勉強する人も。

 そんな中、隣にいたみるくは「嘘だぁ……」と絶望の声を出していた。

 みるくは一週間学校に来ていない事もあり、少し進路が遅れている。

 それに加えて、みるくは勉強が出来ない方の人間だ。

 俺は……普通ぐらいだと思うけど。


 「ど、ドンマイ……」

 「りょーくん、勉強教えて……」

 「ああ……」


 こうして、放課後に勉強会が始まることになった。


 ~~~


 「ういす」

 「あ、来ましたか」

 「遅い」


 掃除が終わりカバンを背負い、校門に行くと女子二人組と合流した。

 心々音はいつも通りの100点スマイル、みるくは……ムスッとしている。


 「ごめんごめん、掃除が長引いちゃって……」

 「別に私は怒ってませんけど、みるくちゃんがねぇ……」

 「ふんだ」

 「なぜ拗ねている」

 

 三人で歩き出し駅に向かう、いつも通りだ。

 しかし、なぜか拗ねているみるくは口を聞いてくれない。

 仕方ないと思い心々音にみるくが拗ねている理由を聞いてみるが「自分で考えたらどうですか?」と笑顔で返された。

 

 みるくの家に着き、中にお邪魔する。

 いつも通りの部屋、何も変わりは無い。

 

 「何を教えれば良いんだ?」

 「自分で考えて、一番わからなそうなやつを教えて」

 

 どうしてみるくはこんなにわがままになってしまったのだろうか。

 朝はこんな調子じゃなかった。

 俺は考えに考えてみたものの理由はさっぱり分からない。

 いっそのこと冷たい態度を取ってみようなど考えてみた。


 「あっそ、だったら俺帰るわ」

 「ちょっと涼真くん、それはいくらなんでも酷くないですか?」

 「あ?みるくから教えてって懇願して来たのに、いざ勉強しようってなったらこんなわがままになりやがって。そんな態度とるなら俺は帰る」


 どうた、冷たくしてやったぞと思いみるくの方をみると。

 頬を膨らませて涙を垂らしていた。


 「なんでそんな事言うの……!」

 「……」

 「ねえ!一緒に居てくれるって言ったじゃん!」


 やはり演技だったのかと思いつつ俺も演技を続ける。

 

 「確かに一緒に居るって言ったし俺も一緒に居たい」

 「じゃあなんでそんな態度とるの!」

 「お前がそんなに拗ねたようじゃ、こっちだって一緒に居たくないって思っちゃうんだよ」

 「じゃあ分かった、拗ねない、拗ねないから帰らないで……」

 「ほんとか?絶対拗ねないか?」

 「うん、拗ねない。神に誓うからぁ……」

 「なーんてな。演技でした~」


 俺がそう言うとみるくは嬉しそうに俺に抱き着いて来た。

 安心すると抱き着いて来てしまうのは仕方ないのかなと思いつつ俺は多分裏でみるくを操っていたであろう犯人、心々音の方を見る。

 いや、笑ってねぇ。

 なんだその中途半端な顔は、いつもだったら「ぐへぇ」とか「あぶしっ」とか言って倒れるくせして、何で今日は「意味が分からない……」みたいな顔してるんでしょうか、こっちも意味が分かりません。


 「涼真くん、女子をイジメるのも大概にしたらどうですか?」

 「いじめてません、あなたがみるくを洗脳していたのでそれを解いたまでです」

 「洗脳とは酷い、私がそんなことをした確証はあるのでしょうか?」

 「無いけど、大体みるくがバグる時はお前が関係しているからな。日頃の行いを恨め」

 

 心々音もなぜかぷくーっと頬を膨らませて立ち上がると俺の胸付近に正拳突きをかましている。

 しかしなぜか力はこもっておらず、全然痛くない。

 いつもの心々音ではないなと思っていると、今度は背中の方で何かが当たる感触がした。

 心々音に正拳突きをされながら後ろを見ると、みるくが心々音の真似をするようにして正拳突きをかましていた。

 

 「お前ら、何がしたいんだ……」

 「女の子の気持ちを分かってください」

 「私の事、全部理解して」

 「それは無理難題だろ……」

 

 俺は呆れながらそう言う。

 そしてこの後、女子の気持ちを理解するという名目の勉強会が始まった。

 

 ~~~


 テスト前日、いつもの三人組はみるくの家に集まっていた。

 6月というのに最高気温は30度を超えるという猛暑日。

 エアコンをガンガンに点けて、勉強もせずに三人でアイスを頬張っていた。


 「あっち~」

 「勉強なんて出来たもんじゃないですよ……」

 「もう、あーつーいー」

 

 一応女子の気持ちを理解するという勉強会以降はしっかりと勉強していた。

 国語、数学、日本史、化学、英語、というサイクルで勉強をしていて今日はみるくが一番苦手とする国語を勉強する予定だったが

 

 「あつい~」

 「ごえぇぇ……」


 このように二人ともダウンしている。

 俺もダウンしかけだ。

 

 「お前ら……勉強はしなくて良いのか……」

 「この暑さじゃ、集中なんて出来たもんじゃない……」

 「エアコンあるだろ……」

 「それでも暑い……」


 因みに心々音はバカではないが頭が良いという訳でもなさそうだ。

 多分本気で勉強したら伸びるタイプだと思う。

 分からないと言っていた古典の部分を前に教えたが、理解能力に長けていて言った事を瞬時に理解し問題を解いていた。

 まぁ、みるくは……


 「だーもう!分かんない!」


 ご覧の有様と言った所だろうか。

 別に頭が悪いわけでもないと思うのだが、少しズレがある。

 漢字なら訓読みで読めば良い物を音読みで読んだり、日本史だったら良くある徳川家の人間でごっちゃになるなど。

 冷静にやれば間違えない場所で間違える、そして焦ってしまって後の問題も間違えてしまうという負の連鎖が起きている。

 現在みるくが詰まっているのは日本三大古典の徒然草、その中の『高名の木登りと言ひし男』というものだ。

 

 「何が分からないんだ?」

 「もうなんか、梢とかあやしくとか目くるめきとかちゃんと日本語で書いて欲しい。意味が分からない」

 「それが古典だからなぁ」

 

 古文は日本語と違って日本人からしても外国語に当たると学校の先生は言っていた。

 確かに『いとおかし』とか『やすきところ』とか言われても俺らからしたら「なんやねん、これ」としかならないもんな。

 難しいし、今の日本語と同音異義語の物もあるが全く意味が違ったりと難しいのは良く分かる。

 ここで点数を落として、頭が悪いという印象を残すのもあんまり良くない。

 だから俺はみるくに古典を教え込むべく、みるくの隣に座り教科書を開いた。


 ~~~


 あれから一時間が経った。

 暑さが増し、室内の気温も21度あったのが24度になっていた。

 息をしていなかった心々音はこの暑さにより息を吹き返したが、「ぼえー」「べっしー」など意味の分からない言葉を発するようになってしまった。

 俺もそろそろ限界が近い。

 だがみるくは必死に古典を理解しようとしていた。

 今勉強しているのは徒然草の『高名の木登りと言ひし男』というもの。

 最初こそ好調でペンが進んでいたが、壁にぶち当たったのかペンがパタリと止まった。

 そしてみるくは横にいた俺の袖を引っ張る。

 

 「この人はなんで木の上に登ってるの?」

 「木登りが上手いって人が人に枝を切らせるように指図して、それに従ったからかな」

 「なんで木登りが上手いのにその人は登らないの?」

 「え、うーん。枝の切り方を教えていたとか?」

 「何それ」

 「えっと、この古典は物語じゃなくて教訓を教えたいんだよ」

 「教訓?」

 「ああ、この話にはオチがあって。簡単に言うと、簡単な事ほど油断をするなってことかな?」


 この高名の木登りと言ひし男、かなりタメになる話で最後に説明した通りオチがある。

 木登りの上手い男が、枝を切っている人が木から降りようとする時に「落ちるなよ。危ないからな」と声を掛ける。

 しかし、枝を切っている男は「この高さなら、飛び降りても全然大丈夫だ」と言う。

 そして枝を切っている男は疑問に思う「この高さ降りても怪我はしないのに、どうしてあの男は心配するんだ?」と。

 疑問に思った枝を切っている男は、木登りの上手い男に問う「なぜ心配するんだ?」と。

 すると木登りの上手い男は「危険だと感じている時はしっかりと気を付けている。しかし問題が簡単になってしまうと油断して大きな怪我をするかもしれない」と言った。

 つまり油断大敵という事を言いたかった、これが『高名の木登りと言ひし男』という物語のオチというか教訓だ。


 一通り詳しく説明した後、みるくはまだ納得できていなそうだったのでまたさらに詳しく説明する。


 今日の勉強会は長くそして暑くなりそうだ。

 俺は冷たいお茶を飲み、みるくに古典を教え始めた。

 

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