どうやら二人でご飯は食べられないらしい。

 家に戻った俺は財布を取りに行くため部屋に向かった。

 机の上に置いてある財布を取り中身を確認する。

 財布の中には諭吉さんが一枚と英世さんが4枚入っていた。

 最近、ゲームに課金もしないし特に買うもの無かったので小遣いは溜まっていた。

 

 階段を下りてリビングに行くと母親がいた。

 

 「ちょっとあんた、今までどこ行ってたの……!」

 

 俺は不貞腐れた態度で「どこでも良いだろ」と答えた。


 「どこでもって、ちょっと今からどこか行くの!?」

 「飯食ってくるの、みるくと」

 「みるくって、くるみちゃん?」

 「あぁ、ちょっと行ってくる。帰る時に連絡するから」


 俺は逃げ出すようにリビングを出て、外にでた。

 外に出ると嬉しそうな顔をしたみるくが待っていた。

 

 「りょーくん!早く行こ?」

 「ああ」


 みるくは俺が少し気を落としていることに気づいたのか「何かあった?」と心配そうな声で聞いて来た。

 流石は幼馴染と言った所だろうか、すぐに俺の変化に気が付いて気を遣ってくれる。

 こういう優しい所がみるくと居て、心地の良い理由なのかな。


 「いや、ちょっと親と喧嘩みたくなった」

 「おばさんと!?りょーくん仲良かったじゃん」

 「昔の話だよ、みるくのお母さんが亡くなってからうちの親も変わったんだよ」

 

 みるくは俯きながら「そうなんだ……」と少し暗めの声で言った。

 気を落とさせて申し訳ないと思うが仕方が無い。

 歩き始めて少し経つが、親同士の話題を出してしまいお互いに口を閉じてしまっていて何かと気まずい。

 何か話題は無いかと必死に考えたが話のネタは全て配信前に使ってしまったせいで俺から話しかける事は難しかった。

 俺が難しい顔をしていると、みるくは急にこちらを見て来た。

 その顔は何かを言おうとしているが、恥ずかしくて言葉を口に出せないようだ。

 口をモゴモゴさせて、みるくはやっと俺に言葉を投げかけた。


 「手、繋ご……?」


 風の音にも負けてしまいそうな声量、緊張していたのかいつもより喋るスピードは速かった。

 みるくの言葉はほんの一瞬で分かりにくく、しっかりと聞いていないと聞き逃してしまいそうだったが幸い、俺の耳にはハッキリと聞こえた。

 隣にいる、小動物のような彼女は手を震えさせながら右手をそーっと差し出してくる。

 中学生の頃の俺なら気付かずに無視していたか手を払っていただろう。

 しかし俺も変わったしみるくが今、どんな気持ちで手を差し出して来たのかも分かる。

 俺は無言で可愛いらしい小さな白い手をそっと握った。


 みるくは俺が手を握り返した事に驚いたのか「ハッ」と声を出したがやはり恥ずかしいのか何も喋らない、しかし手を握る強さは段々と強くなっていった。

 こうしてみるくと手を繋ぐのも小学生以来だなと思い返していると、駅に着いた。


 この周辺に飲食店はあるがファミレスのようなチェーン店は存在しない、あるのは個人経営の焼き肉屋だけだ。

 なのでファミレスに行くには電車を使って町に行く必要がある。

 駅の待合室に行き、時刻表を確認する。

 ここは無人駅、だから駅員も居ないし売店も無い、

 次に来る電車は6時35分。

 現時刻は6時33分なので少し危なかった。

 これに乗り遅れると次に来る電車は7時27分の一本のみ。

 さっきまで繋いでいた手はいつの間にか離れていたが俺の手には暖かい感触が残っていた。

 みるくは俺が目を離している隙にホームに出ていた。

 外に出ると、みるくは空をそっと眺めて居た。

 正面は真っ暗、だけど後ろを見るとまだ若干茜色の空で、雲がぽつりぽつりと空に飾りを着けていた。

 それが幻想的で俺にはみるくは空を見て何かを願っているように見えた。


 キー―!という汽笛を鳴らしながら電車が来た。 

 今日は二両編成で一両目のドアが開いたのでみるくに声を掛けて乗り込んだ。

 切符を取り、二両目まで行くとどこかで見た事のある可憐な女性が居た。

 その可憐な女性は俺に気が付いたのか、座っていた席から立ち上がるとこちらに歩いて来た。

 

 「あれ?涼真くんじゃないですか、偶然ですね」


 その可憐な女性は俺のクラスメイトであり、学年で一番可愛いと称される宮下心々音だった。

 パーツが整った可愛いらしい顔、艶がありそれでいてハネのないサラサラなロングヘア、顔とヘアスタイルに合わせた服装で、所々にフリルの付いたロングスカートと薄緑のブルゾン。

 中に来ているクリーム色のTシャツがブルゾンと相まって爽やかさを惹き立たせていた。

  

 「あ、宮下さん」

 「さん付けはやめてください、辛気臭いですよ?」

 「そうか、じゃあ……」

 「心々音と下の名前で呼んでください……?」


 心々音は俺に近寄ってくると、気品な表情を浮かべながら俺の表情を覗ってきた。

 流石は学年一可愛いと言われるだけあって、俺は完全に心々音のペースに飲まれかけていた。

 何を思ったのか心々音が俺の手に腕を伸ばした時、後ろのドアが開いた。

 

 「りょーくん、どこ行ったのって、この人誰……?」


 みるくは心々音を見るや否や、声と体を震えさせて俺の後ろに隠れてしまった。

 しかし、心々音もみるくの存在に気が付いたのか伸ばしていた手を引っ込めて、一瞬で俺の背後に回った。

 

 「ちょ、おま!」

 

 声を掛ける頃にはもう遅く、心々音はみるくと接触していた。

 

 「あなた誰?」

 「うぅ……りょーくんこの人怖い……」

 

 流石に周囲の目もあるし、ドア付近でこんなやりとりをしていたら迷惑だ。

 俺は何も考えず二人の細い腕を掴み、奥の席に無理矢理連れて行った。

 

 「取りあえず二人とも、座れ」

 

 俺は掴んでいた腕を離して二人を座らせた。

 俺の正面に心々音、隣にはみるくが座った。

 

 みるくは今にも泣きだしそうな声で「りょーくん、この人誰なの!」と少し大き目な声で言った。

 幸い二両目には俺ら以外の人は居なかったらしく、大きい声を出しても大丈夫だったが一応注意をした。

 そして注意をした後、みるくに心々音の説明を、心々音にはみるくの説明をした。

 心々音は説明するや否や、みるくに「あなたの事何も知らなかったのに、強引に絡もうとして不安にさせてしまったわ。ごめんなさい」とみるくに頭を下げた。

 みるくはどうしたら良いのか分からないのか俺の袖をぐいぐいと引っ張り「どうしたら良いの……?」と聞いて来た。

 俺は適当に「許してやれ」と言ったら、みるくも納得したようで「……大丈夫です」と小声で言った。

 心々音は「ありがとうございます」とみるくに言うと今度は俺に尋ねて来た。


 「涼真くんはどうしてここに?」

 「ああ、今からみる……くるみと一緒にご飯を食べに行こうってなってな」

 

 中学の友達ならまだしも、高校の同級生の前でみるく呼びは恥ずかしいにも程がある。

 一瞬出そうになった呼び名もなんとか抑え、心々音に説明したが心々音は見逃していたかった。


 「そうですか。では今なぜ、くるみさんの事をみるくと言いそうになったのですか?」

 「俺はみるくなん――」

 「それはね、りょーくんが私の事、いっつもみるく!みるく!って言うからなんだよ!」


 横からとんでもない攻撃が飛んできた。

 みるく呼びはバレない様にしようと思っていた矢先、まさかの裏切りですか!?

 いや、今のは純粋にみるくが答えてあげようとしただけかもしれない。

 それに、みるくが少ししか喋っていない人と普通に喋ろうとしている、それは成長ではないのか。

 みるくが少しでも成長できたのなら、俺は犠牲になっても良かったのか……?

 良いわけねぇだろ!

 

 心々音は俺の方を見てニヤリとした後、みるくに向かって「では、私もみるくさんとお呼びしても良いですか?」と尋ねていた。

 人にさん付けするなとあれだけ言っていたのに、自分は人の名前を呼ぶ時さん付けするのか。

 みるくは若干キョドったが小さく首を縦に振った。


 「ありがとうございます!みるくさん!それで、ご飯を食べに行くんでしたよね?」

 「……ああ、そのつもりだが」

 

 心々音は心底嬉しそうな笑顔を顔に浮かべると「ならば、私も行きましょう!」と言ってきた。

 まぁ、みるくと二人になれないのは少し残念な気もするが俺は別に三人で行っても良かった。

 しかし、急に予定を変更しても大丈夫なのだろうか。

 それにみるくも俺以外の人とご飯を食べるのは初めてだ。

 しかし、横を見ると当の本人は目をキラキラさせていたので問題は無いように思えた。

 

 「まぁ、良いけど。金はあるのか?」

 「ふふふ、ご安心下さい。私、あまり人には言えませんが仕事をしているので」

 「どんな仕事なんだ?」

 「じゃあせっかくですし、お二人には教えてあげましょう」

 

 心々音はニヤニヤさせながらこう言った。


 

 「私、実はVtuberという仕事をやっています」


 

 そう言った瞬間、みるくの目の輝きは無くなり俺も思考が停止しそうになった。

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