どうやら俺は残高不足らしい。

 「おい、ちょっと引っ張るな!」

 「あなたの部屋はここです、良いですか?」

 「分かった、分かったから!」


 二宮さん、なぜあなた部屋を分けてくれなかったんですか。

 狙ったんですか、あなたは!

 なんて心の中で思っていても仕方が無い。

 多分だけど昼は観光するから大丈夫、それで夕方も飯食ったり観光したりで大丈夫だと思うが。

 問題は夜だ。

 みるくと同じ部屋になった以上、確実に「一緒の部屋になれたんだし、今日は一緒に寝よ?」とか言ってくる。

 それに今の心々音はネジが外れている、それこそ「私の気持ち、考えてくれましたか?」みたいな感じでベッドに潜り込んで来る可能性も考えられる。

 どうする、どうすれば良い。

 今から重くなっていても仕方が無い。

 とりあえず、観光しながらでも考えるか。


 部屋の内装はザ・ホテルと言った感じで、入り口に一番近いドアを開けるとトイレと風呂が一緒になっていて奥には家にあるようなベッドではなく、少し豪勢な丈の高いベッドが三つ均等に並べられている。

 その奥はベランダになっていて、小さなテーブルと椅子が二つ置かれていて全面ガラス張りの壁によって高層ビルなどが一望できた。

 夜に見たら、絶対にキレイなんだろうな。

 その他にもベッドの近くにテーブルがあり、備え付けのティーポッドや紅茶のパックなどが完備されていた。


 「ちょっと二人とも、あんまりはしゃぎすぎないでよね!」

 

 いつもと違い、真面目なみるくに俺と心々音は怒られた。

 心々音に腕を離してもらい、俺はもう片方の手で引っ張っていたキャリーケースを壁際に置いた。

 心々音も俺のキャリーケースの隣に自分の荷物を置き、みるくも大きなボストンバッグをテーブルに置いた。


 「よっしゃ、二人とも財布は持ちましたか?」

 「どうした急に」 

 

 心々音は持ってきたキャリーケースを置くと、いつの間にか取り出していた丸メガネをかけて興奮していた。

 メガネをかけても違和感は無く、これはこれで良いと言った感じ。

 心々音の顔は本当に何でも似合う。

 そんな彼女に俺は、アプローチされているのか。

 嬉しいような、勿体ないような不思議な気持ちに襲われた。

 

 「どうしたって、観光ですよ!観光!」

 「ああ、そういう事ね」

 「早く行きましょ!私、明治神宮とかスカイツリーとか行きたいです!」

 「えーっと、言われても全然分からん」

 「は?テレビとかで見た事無いんですか?」

 「……テレビ見ないもん」

 「何ですかその可愛い子ぶった口調、ちょっと引きます」

 「なんでや!てか我、東京初めてなんや!知らなくて悪かったな!」

 「もうなんでも良いよ……お腹すいた……」

 「何かコンビニで買ってただろ」

 「寝てたから食べてない」

 「なるほど」


 みるくはカバンから買って来たであろう、パンを取り出し封を開けるとパクパクと食べ始めた。

 俺もキャリーケースから財布と帽子を取り出し、財布をポケットに入れた後帽子をかぶった。

 

 「あ、ふぁふぁひぃはふぁべふぁがらふぃふはら」

 (私は食べながら行くから)

 「何言ってるか分からんがな」

 「食べながら行くって言ってますよ?涼真くん、幼馴染の言葉すら分からなくなってしまったのですか?」

 

 今の言葉を正確に読み取れる方が凄いと思うのですが、私が違いますか? 

 頭をボリボリと掻きながら俺たちは部屋から出た。


 ホテルを出て心々音に先導してもらい、さっき来た品川シーサイド駅のホームに来た。

 このsuicaというカード、本当に便利だ。

 スキャナー部分にsuicaを触れさせるだけで改札を抜けれてしまう。

 北野の改札なんて、切符だったらいちいち駅員に見せてハンコみたいな物を貰わないといけないし、定期券でもカバンの中にあったら取り出して駅員に見せなければいけない。

 でもそのストレスが無くなり、ただスキャンするだけで改札を抜けれる。

 革命的だ。


 りんかい線に乗り込み、大崎という駅で降りた。

 俺もほんの少し東京に慣れてきたと思いながら、俺はカッコつけてポケットからsuicaを取り出し、スキャナーに触れさせた。


 「ぴこーん♪」


 いつもならスキャナーが青く光り、改札を抜けれるはずなのに今回はスキャナーが赤色を示し、改札を抜けれなかった。

 再度試してもスキャナーは赤色を示す。

 3回目のスキャンをしようとした時、駅員に呼び止められた。


 「お客さん、東京は初めてですか?」

 「は、はい……」

 「もしかしてsuica使うのも初めて?」

 「はい……」

 「多分だけど残高不足だと思うのであそこの切符売り場でチャージして来てくれる?」

 

 俺は駅員に促されるまま、切符売り場に来た。

 俺はsuicaを切符販売機の中に入れ、残高を確認すると39円しか入っていなかった。

 俺は少し残念がりながら、財布から一万円を取り出してチャージした。

 再度改札にスキャンしてみると無事通れた。

 さっきの駅員に頭を下げ、俺は心々音たちと合流した。


 「ごめんごめん」

 「もう、何やってたんですか?」

 「何か残高不足だったみたい」

 「初心って感じしてりょーくんおもしろーい」

 「笑うな!」


 大崎から流石に聞いたことがあった山手線に乗り換え、みるくが行きたいと言っていた原宿ではなく新大久保という場所に来た。

 山手線、人がヤバい。

 時刻は12時、昼時ということもあってか電車内はテレビで見るような満員電車状態だった。

 乗り込むのにも一苦労だったし、降りる時も俺だけ押し返されて危うく降りれず次の駅に連れていかれるとこだった。

 新大久保駅の改札付近も狭いため駅構内から外に出るのも一苦労だった。

 

 「おげぇー、人が多すぎる」

 「迷子にならないようにしましょうね、みるくちゃんは手繋ごうね?」

 「私を子供みたいに言わないで!でも、迷子は嫌だから手は繋ぐ……」

 「てか、なんでここに来たんだ?」

 「え?みるくちゃんがご飯食べたいって言ってたから?それにもうお昼ですし」

 「なるほどな。なんか妙に韓国語が多い気がするが……」

 

 周りを見てみると、韓国人のアイドルが化粧品を持った看板が堂々とビルの真ん中に飾られていたり韓流アイドルらしき人が「僕たちのライブに来てくださーい!」と道行く人たちにチラシを配っていた。


 「まあそういう所ですからね、私は全く興味は無いですが」

 「ほえ~、てっきりJKはこういうものが好きだど思っていたが」

 「人によるんじゃなですか?私が嫌いって言うか興味が無いだけで紅音さんとか好きだったりするんじゃないですか?」

 「なるほどな。まあそれでどこに行くんだ?」

 「やっぱ、新大久保と言ったらチーズが伸びることで有名なチーズハッドグもそうですが、私の目的はチーズタッカルビです!」

 

 チーズタッカルビ、聞いたことはあるが食べた事は無いな。

 やっぱり東京は初めてばかりで面白いし楽しい。

  

 心々音はすでに行く場所を決めていたのか「こっちです」と言いみるくと手を繋ぎ歩き出す。

 人が多い分、迷子になりやすい。

 それにネットニュースで見たが痴漢もあるとの事。

 俺はなるべく心々音とみるくと間を空けず、ついていった。


 「ここです」


 お目当ての場所に着いたのか心々音は声を上げた。

 オレンジの外装に「場市タッカルビ」という特徴的な看板の店に来た。

 心々音は嬉しそうに店内に入店していったので俺もついて行く。

 

 「何名様ですかー?」

 「三人です」

 「こちらにどうぞ!」


 入口付近の席に案内され、俺は座る。

 正面に心々音とみるくが座り、俺は少し安心した。

 暑さで多少体がやられていたので運ばれて来た水を口に含んだ。

 

 「すっぱ」

 

 ただの水かと思っていたが、ほのかに酸味があり普通の水ではない。

 もう一度飲んでみると酸味の正体はレモンだと気づいた。

 これは多分レモン水、東京はこんなサービスまであるのか。


 「ここ、一度来てみたかったんですよね」

 「そうなのか?」

 「はい、新大久保にチーズタッカルビブームを巻き起こしたとされるお店ですからね」

 「お腹すいたー」

 「頼みましょうか。とりあえず、この場市タッカルビで良いですかね?」

 「分からんから、そこら辺は任せるわ」

 「分かりました」

 

 呼び出しベルを押し、心々音が慣れた手つきで注文していく。

 入店時は暑さでよく周りを見ていなかったが、店内は繁盛している。

 外にあった韓国らしさは無く、特徴的なタイルの壁にシンプルな木で出来たテーブルとイス。

 テーブルの上にはタッカルビを作るための鉄板があり、横には調味料。

 この特徴的な壁が目に付くかと思っていたが、意外とテーブルやイスと同化していて違和感はない。

  

 「それで、今日はどこに行きましょうか?」


 注文し終えたのか心々音が俺に話しかけてくる。


 「任せる、とにかく俺は分からんからな」

 「絶対に原宿に行きたいです」

 「みるくちゃん、原宿行きたいって言ってたもんね。私も行きたいです!」


 タッカルビが来るまで、俺たち三人はどこに観光しに行くか予定を立て始めた。

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