どうやら俺は壁にぶつかったらしい。
謝罪文を一通り読み直したが誤字脱字は見られなかった。
しかしみるくの読み方はやはり心配だ。
みるくの動画を改めて見てみようとVtubeを開き、みるくのチャンネルを開いた。
前回見た動画はどうやら初配信だったようで動画投稿日も2カ月前となっていた。
二カ月前となるとみるくはまだ中学生。
となるとみるくの両親はまだ生きていたはずだ。
一番最新の配信を見てみたが、度肝を抜かれた。
しっかりとコメントに対して反応を見せ、いつもの元気以外取り柄がありません!みたいなみるくではなく、落ち着ていてどこかに可憐な雰囲気を感じた。
この差はなんだと思いみるくの動画を色々見ていると2週間ほど配信をしていない時があった。
配信者が視聴者に対して連絡などをする時に使うコミュニティという項目があり、そこを見ると「すみません、少し嫌な事があったので休みます。必ず帰ってきます。」と視聴者に呼び掛けがあった。
きっとこの期間に両親が亡くなったのだろう。
今のみるくはとても元気だ、逆に過去の事を掘り返して気分を落とされてもこちらも困るし、みるくを傷つけることになってしまう。
余計な詮索はこの辺にしといて、次に運営の対応について考える。
普通、このような不測の事態が起こったら運営は配信者を全力で守りにいくはずだ。
例えば薬で逮捕されただとか相手に暴力をふるったなどの社会的信用を完全に損なった場合は守らずにそのまま切り捨てるだろうが、みるくの場合は完全に信用を失ったわけではない。
なのに、運営から俺に対して何も連絡が無いとかどうなっているんだ?
そもそも、みるくは運営とちゃんと連絡を取り合っているのか?
みるくのパソコンは一応ロックが解除さていたがメールなどを勝手に見るのは個人情報に関わるしさすがに気が引けた。
みるくの信用はまだあると俺は思う。
昨日と今日、Vtubeのコメント欄やTwltterを見て思ったが批判的な声と擁護する声で大体半々で分かれていることが分かった。
俺の事を彼氏だのなんだの言う批判的なコメントは目立って見えてしまうが、みるくを擁護するコメントも批判的なコメントと同じぐらいある。
だからまだみるくの事を信用して待っている視聴者が一定層居るという事だ。
このファンたちにキッチリと説明をして信用を回復してもらえば炎上もその内収まるだろうと考えた。
しかしこの考えを実現させるためには、あの日どうして配信に乱入してしまったのか、俺はみるくの何なのか、これからどうしていくのかをちゃんと説明しないといけない。
これは、今みるくに対して批判的なコメントをしている人にも伝えなければいけないことだ。
言われた日もかなり焦ったが配信日にこんなに焦ると思わなかった。
みるくの幼馴染だと説明して視聴者は納得するのか、どうしてみるく呼びなのか、プリントとは一体なんなのか、難しすぎる。
とりあえず一気に解決しようとしても物事は進まない。
俺は最初に幼馴染と説明して納得するかどうかを考え始めた。
俺個人の考えだが、もし俺が女だったら視聴者は「幼馴染と言っても女の子かぁ~、それだったら安心♪」という考えになったり「もしかして百合展開ですか!?」という考えもする視聴者もいるだろう。
しかし俺は男。
いくら幼馴染と言っても「男で幼馴染でってもう完全にデキちゃってますやん!」って大体の視聴者はなるだろう。
だから俺はみるくの事を嫌っている風に演じれば納得する人が出てくるかもしれない。
しかし、みるくの言っていた事が本当ならば俺はこの後も配信に出続ける。
となると嫌ってはいない、だけど好きでもない丁度良い関係を演じなければいけない。
はたしてみるくにそんな事が出来るのか、伝えたところでちゃんと出来るのか心配な事だらけだ。
「ぐあぁ……もう!どうすれば良いんだ……」
少し多き声を出してしまったと思い、みるくの寝ていたベッドを見ると「んぁ……?」とみるくが目を擦り、大きなあくびをして起きた。
「あぁ、ごめん。おっきな声出した」
「あはは、良いよ別に。それよりさ、今日大丈夫なの……?」
「俺は大丈夫だ、きっと」
みるくを心配させないようにととっさに嘘をついてしまった。
全然大丈夫じゃない。しかし配信を成功させ、視聴者さんの誤解を俺は解かなければならない。
じゃないとみるくは、今後配信できなくなってしまうかもしれない。
今の俺はプレッシャーに押しつぶされそうなところをギリギリで耐えている状態だった。
「りょーくん、やっぱり私が最初に連絡しておけばこんな事には……」
みるくは俯きながら少し暗い声で言った。
やっぱりみるくも相当気にしているのだろう、自分の今後がかかっているというのだ。
今回の事件が深刻な問題になるのは俺でも十分分かる。
だからこそ俺がしっかりしなくてはならないと改めて思った。
頬を両手でぱちんと叩き目を覚まして気合を入れた。
「みるく、俺が絶対にお前を救って見せる」
自慢の、とは言えないが俺はシチュエーションボイスを撮った時のような声を出してみるくの事を指さした。
みるくはそんな俺の演技に対し、鼻で笑った後「なにそれ。その臭い演技やめたら?」と言った。
「気合を入れたんだ、笑うんじゃない」
「そうだね、もう笑わない。ありがとう、りょーくん」
「どうした急に」
「私、お母さんとお父さんがいなくなって結構病んじゃってさ。でも最後に配信したいなぁって思って配信したらそれがすっごく楽しくて、私の居場所は配信しかない!って思ったんだ。それでりょーくんにも報告したかったけど、運営さんからは私がVtuberやってる事は言うなって口止めされててさ、それで今回みたくなっちゃったわけ」
口止め、言われてみれば仮想空間のキャラクターを演じている人がバレてしまったら視聴者の夢を壊しかねない。
Vtuberはアニメのキャラクターと違ってリアルタイムで喋ったり歌ったりゲームしたりしている。
もし「私、Vtuberやっててさ――」などと周りに広めたら知名度UPにはなるかもしれない。
しかし弊害も出てくるわけで、自分の顔がネット上に出回ったり「あの子Vtuberなんだって~」などと噂が立ち、周りから孤立してしまう可能性もある。
それに企業側にも何らかの影響はでてくるだろう。
だから、口止めするのは当然ということは分かった。
みるくは目に涙を浮かべて話を続けた。
「でもさそれって、私が全面的に悪いわけじゃん?」
「なんでそうなるんだ、みるくは何も悪くないだろ!」
自分を責めているみるくを見るのが辛くなってしまい、俺は声を少し大きくしてみるくの答えを否定した。
だって、今回の事件は俺が勝手にみるくの家に入らなければ防げたんだ。
みるくが出るまで俺がインターホンを鳴らせば防げた、なのにどうしてみるくは自分が悪いと言い張るのだ。
「私がちゃんと!ちゃんとしていれば……うぅ……」
さっきまで元気だったのに、今のみるくは目に涙を浮かべている。
くそ、どうしてこうなってしまうんだ。
俺はみるくに対して何をすれば良いんだ。
「もう、泣くな」
そんな事を考える前に体が動いてた。
「え、ちょっと」
俺はみるくを抱きしめていた。
自分の事を自虐をして自分の心を痛めつけるみるくの気持ち、両親を失い居場所は配信しかなくなってしまったみるくの気持ち、そして今、目の前で泣いているみるくの気持ちが全て胸に伝わって来た。
みるくは「ちょっと、離して!」と暴れて抵抗するが俺は離さなかった。
やがてみるくは諦めたのか抵抗も収まった。
「すまん、急にこんなことして」
「ほんとだよ……」
「過去があったことが悔しかったり悲しかったりするのは分かる。でも自虐はダメだ。自分で自分を傷つけて悪い方向に持って行っていくのは良くない」
「でも、私の居場所が……」
「だから!みるくを守るために昨日も今日も頑張って来たんだ。今のお前の居場所は配信しかないんだろ?」
みるくは小さく頭を振った。
それを確認した俺は言葉を続ける。
「俺はみるくの唯一の居場所を破壊してしまいそうなんだ。だからこそ、今俺に出来る事は何でもしたい、というかする」
「うん」
「だから、その……俺をもっと頼ってくれ。そして、配信を成功させて絶対に居場所を復活させる。俺は全力で配信に臨む、だからみるくも全力で、そして決して諦めずに配信に挑んでくれ」
言いたい事が上手く言えていない気がする、だが配信に全力で挑む。
それだけは伝わっていて欲しいと思った。
みるくは俺の手を払うと「私、ちゃんとやる。また楽しく配信したい!」と笑顔で言った。
その笑顔には暗い感情など無く、全力で笑った美しいみるくの笑みだった。
俺もみるくを見習い体を伸ばした後、再度顔を叩き気合を入れた。
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