どうやらみるくは相当我慢していたらしい。
みるくの家は俺の家の真隣りにある。
歩いても1分もかからないくらいで着くので小学校や中学校の頃はいつもみるくを呼びに行っていた。
ほんの少し懐かしさに浸り、みるくの家の玄関前まで来た。
インターホンを鳴らすと「だっだっだ」と走るような足音が聞こえたと思うと玄関の扉が開いた。
「りょーくんいらっしゃい!待ってたよ!」
「あぁ、お邪魔します」
みるくに歓迎されるのが久々で少し照れ臭いがバレない様に気持ちをグッと抑えて玄関に上がった。
今日も案内されたのはみるくの部屋。
前来た時はカーテンが閉め切られ、部屋の電気は点けず、光源はパソコンの画面から出た光のみだった。
それなのに、今のみるくの部屋はカーテンは開いているため部屋に太陽の光が入ってきている。
部屋に光が入ってきている事で部屋の壁紙や棚の上に置かれた小物入れ、本棚などのインテリアがハッキリと見える。
俺が配信に乱入してしまったことでみるくの中で何かが変わったのか、罪悪感はもちろんあるがそうだったら嬉しいと心の中でそっと思った。
「はい、イス。これに座って?」
みるくはゲーミングチェアを一つ俺の前に出して来た。
このゲーミングチェア、中々に有名な企業の物でお値段も一つ2万円程度する高級品だ。
それをなぜみるくは二つも所持しているのだろうか、純粋に俺は気になった。
「おいみるく、これ普通に高いゲーミングチェアだよな?」
「え?あ、うん。そうだけど?」
「じゃあなぜそのお高いイスをみるくは二つも所持しているんだ?」
「運営さんからのプレゼントで貰った!」
おいおい、運営はどんだけ金持ちなんだ。
確かにプロゲーミングチームとかがプロゲーマーの為に高性能のデバイスを用意したりすることはある。
だけどみるくの場合はプロのゲーマーでもゲーム専門のストリーマーでもない。
ただの企業配信者だ。
なのに二つも高級チェアをプレゼントするとか、どんな運営なんだ……?
まぁ、そこに関しては後日確認するとしよう。
今日は中野みるく釈明会見配信日。
いや謝罪か?
あぁもう、どっちでも良い。
俺は持ってきた謝罪文をみるくに渡した。
「ほら、俺が昨日徹夜して作った謝罪文だ」
「おー!一晩で完成させるとは……お主やりますな……!」
「お前は清楚キャラだろ、てか一晩でって一晩しか作る時間なかったんだよ!」
「あー、それもそっか!」
「とりあえず読め」とみるくを
率直な感想を言うと、本当にヤバい。
今はまだ配信をしていないせいか分からないが全くと言っていいほど感情がこもっていない。
【この度は皆様に誤解を招くような行動をしてしまい誠に申し訳ございませんでした。】
この部分をみるくは
「えーと、この度はみなさんに誤解を招いてしまいすみませんでしたー」
と、とーってもやる気のなさそうに読みやがるのです。
イライラを越えて殺意が芽生えますね。
何度読み直しさせても改善は見られなかったので本番でスイッチが入ることを祈って俺は諦めた。
次にみるくは漢字が読めなかった。
「
配信の時、みるくはなぜコメントを読めるんだと思った。
だって、配信に来るコメントは全てリアルタイムで来る。
コメントする人は配信者が読みやすいように漢字は変換してコメントするだろうし、漢字にルビは振られていない。
みるくの一番再生されていた動画の質問コーナー。
みるくは普通にコメントを読んでいたし漢字の意味も理解していた。
ここまで来ると目の前に居る人物が本当にみるくなのか疑いたくなってしまう。
「お前、そんなんで本当に大丈夫なのか……?」
「だ、大丈夫だよ!配信したら私変われるから!」
明らかに動揺していることが一目で分かった。
現時刻は9時30分。
配信開始予定時刻まではまだまだ時間はあるように思えるが、多分一瞬で開始予定時間になってしまうだろう。
それに、今のみるくはかなり緊張しているように見える。
俺も緊張しているが多分みるくの方が緊張しているのだろう、いつもより顔色が良くないことがうかがえた。
とりあえずはこの緊張を少しでも和らげるのが最優先だと思った俺はみるくに「少し話さないか?」と聞いた。
するとみるくは元気な声で「私も!りょーくんといっぱいお話したかった!」と言ってくれたので中学
卒業から今までの事を聞いた。
まず分かった事はみるくの両親は春休み中に亡くなったとのこと。
一般道で信号待ちをしている最中、後ろからフルスピードで追突され即死だったとのこと。
母親の遺体は原型をとどめていなかったらしく見えるに堪えないものだったという。
話している最中、みるくは笑顔を作っていた。
しかしその笑顔はとてもぎこちなく目元は涙が溢れそうになっていた。
申し訳ない事を聞いたなと思い話題を変えようとするが良い話題が思いつかない。
俺があたふたしているうちにみるくが席から立ったと思うと急に抱き着いて来た。
「ちょ、おまっ……!」
みるくに抱き着かれるなんて何年振りだろうか。
それこそ小学校低学年ぐらいまでは遊びで抱き合ったりしていたが高学年になると俺がみるくを女性と意識してしまってからはこんなことは無かった。
急な事もあり、俺はみるくを引き剥がそうとするがみるくは声を荒げて泣いていた。
「おかあさん……!会いたいよぉ……」
俺は何も言わずそっとみるくの頭を撫でた。
いつもいたはずの人たちが急に居なくなってしまう。
いつも三人で囲んで食べていたはずのご飯も一人で食べる。
当たり前だったことが当たり前じゃなくなるのはよくある事だ。
でも、まだ高校一年生。
それも入学したばかりでまだまだ中身は子供、そんな少女に両親を同時に失うなんていくら何でも重すぎる。
逆によく今まで我慢していたと思うくらいだ。
「大丈夫だみるく、俺が居るから」
「ねぇ、りょーくんは私の前から居なくならない……?」
「絶対にとは言い切れないが、俺はお前の幼馴染だ。みるくが近くに居てと言うんだったら俺はちゃんとそばに居る。」
「……そっか。ねぇ、もうちょっとだけこうしてても良いかな?泣き顔見せたくないや」
「……あぁ。存分に泣いて我慢してたものを俺に話すなりぶつけるなりしてくれ」
「ふふっ。やっぱりりょーくん好き」
「そ、それはどういう意味で……!」
「教えなーい」
みるくは俺をからかうと顔を埋めながら楽しそうに笑った。
みるくの白くて細い腕、サラサラな長い髪、少しだけ膨らんだ胸、前よりも女性らしくなったなと思いながら俺は目をキョロキョロさせていた。
その理由はみるくの「好き」という言葉にどんな意味が込められていたのか分からなかったから。
この時の俺は「幼馴染だから」という意味での「好き」だと思っていたがみるくはどういう意味で言ったのか。
「好き」がどういう意味か気になったが今はみるくを慰めて配信に万全の状態で挑むのが最優先だ。
俺はまだ疲れていないがみるくは泣いた事もあり少し疲れていそうだった。
「みるく、このまま一回寝た方が良いんじゃないか?」
みるくにそう聞いたが「まだまだ全然大丈夫……」と明らかに疲れていたので、一旦寝かせることにした。
みるくも大分落ち着いたみたいなので肩にみるくの腕を回して、部屋のベッドに連れて行って寝かせた。
「ちゃんと寝ろよ」
そう言いみるくを寝かしつけた後ゲーミングチェアに座り込み、再度謝罪文のチェックを行った。
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