どうやら学校祭は順調には進まないらしい。

 三年生による開会式が始まった。

 開会式と言っても、普通に挨拶するだけではなく開会式のために三年生が練習したダンスや短劇、コメディネタなどを披露していき、会場は盛り上がった。


 「それでは、一年一組、二組の人は準備をしてください」


 司会進行役の生徒会の人がアナウンスを掛ける。

 それに伴ってクラス全員が立ち上がり、舞台裏に姿を消した。

 一組のロミオとジュリエットの舞台準備が始まり、ステージには城をモチーフにした背景、ロミオが使う剣などの小道具などが設置され、準備開始から約15分後、ロミオとジュリエットが始まった。

 その間に俺たち二組は音響の確認やそれぞれの位置の確認などを行った後、舞台袖から一組を見守っていた。



 劇は佳境に、いよいよ一番有名であろうシーンに入った。

 ロミオ役であろう男の子が大きなマントで身を隠すようにして、ステージ上をうろつく。

 二十秒程うろついた所で上手側にスポットライトが当たった。

 

 そこには赤く気品のある端麗なドレスを着たジュリエットが居た。

 髪の毛はウィッグによって金髪になっており、遠目で分かりにくいが化粧もしている。

 

 「ここから先はキャピュレット家の庭園。あそこにいけば……」

 「ロミオ……?もしかしてロミオなの……?」

 「ジュリエット!」


 バルコニーでロミオとジュリエットが出会うの名シーン。

 本来のセリフや構成とは違うが、時間の問題もあるのだろう。

 しかし、バルコニーが描かれているのはあくまでも背景、ここでどのようにバルコニーでのシーンを表現するのか気になった。

 ロミオ役の男の子がステージ下に降りた。

 そして


 「ジュリエット……会いたかった……でもジュリエット。せっかく会えたのにどうしてそんな悲しい顔を……」

 「ああ……ロミオ……どうしてあなたはロミオなの……?どうしてあなたは私をこんなにも暖かく包み込んでくれるの……?どうしてあなたはモンタギュー家のロミオなの……?どうして私はキャピュレット家のジュリエットなの……?分からないわ……」


 見事な演技に俺は度肝を抜かれた。

 今にも泣いてしまいそうなその瞳、今にも泣き崩れてしまいそうな声の震え方。

 ロミオ役の男の子も表情の曇らせ方が凄く上手くて見入ってしまった。


 「まってくれ!ジュリエット!」


 ジュリエットが舞台袖に姿を消しステージ上が暗転した。

 がさごそと舞台上から背景や小道具が撤去され、新しく背景や古びたベッドなどの小道具が追加された。

 場面は一転し、カルロス神父から仮死状態になれる薬をジュリエットが貰う場面になった。

 この前の場面がどうしてジュリエットがこの薬を飲むことになるのかという重要な場面だが時間の都合上、入れる事は難しかったらしい。


 「これを飲めば私は…」

 

 そのセリフの後、カルロス神父から貰った瓶の中の液体をジュリエットがごくっと飲んだ。

 するとジュリエットは本当に死んだかのようにパタりと倒れ、ベッドの上で目を閉じた。

 カルロス神父が居なくなり、キャピュレット家の人間がジュリエットの元へ来る。


 「ジュリエット……!ジュリエット……!そんな……」

 「どうしてこんな惨いことに……」


 舞台が暗転しキャピュレット家の人間が舞台袖に捌けていく。

 そして、城内に侵入していたロミオが仮死状態のジュリエットを見つける場面から劇は再開された。


 「ジュリエット……!ジュリエット!返事をしてくれ……!」

 

 ロミオが必死に呼びかけるも反応は無い。


 「そんな……君が死んでしまったのは僕のせいだ……」

 

 そしてロミオが胸ポケットから瓶を取り出し、泣きながらこう言う


 「今から僕も、君の元へ行くよ」


 そう言うとロミオは瓶を開け、中の液体を飲み苦しみながら倒れた。

 ロミオが倒れて約十秒後、ジュリエットが目を覚ました。


 「ロミオ……!会いたかったわ……って、ロミオ?返事をして!ロミオ!」


 何回も必死に呼びかけるもロミオから反応は無い。

 そしてジュリエットはロミオが死んだことに気づくと


 「あなたが残してくれたこの短剣で、私もあなたの元に行きます」


 そう言いジュリエットはロミオが持っていた短剣で喉元を刺し、ロミオの隣に倒れて劇は終了した。

 拍手と共に幕が閉じ、終了のアナウンスが流れた。

 最初から最後まで呆気に取られていた俺は口元が塞がらなかった。


 「ちょっと、なに見入ってるんですか?」


 心々音に肩を叩かれ現実に戻された。

 

 「すまん、あまりにも完成度が高すぎて……」

 「まあ、確かにそうですね。あの名シーンの部分は私も見入ってしまいましたが、次は私たちの番です。しっかりしてください」

 「ああ、頑張る」


 そして、準備が整い俺たちの出番になった。


 ~~~


 俺の位置はステージ上の端から二番目で一番後ろ。

 心々音は後ろから二番目の真ん中に居る。

 そして……みるくはというと一番前のど真ん中、そう、センターにいる。

 みるくが緊張していた理由はどうやらダンスでは無かったならしい。

 こうなってしまったのは今日の朝、ダンスの出来る子が急に風邪をひいてしまって学校に出て来られなくなっていしまった。

 その子は他の女子と比べて身長が小さく、みるくよりもほんのちょっとだけでかい感じだった。

 そしてダンスをする位置が端の方ならまだしも、その子はセンターを担当していた。

 センターが欠けてしまうと見栄えが悪くなってしまうとの事。

 センターの子のダンスは他の子と違い、アレンジが加わっている部分があり、覚えている人などいないと思われた。

 しかし、みるくはそのセンターの子から直々に教えてもらっていた事もあり、センターの子のダンスを一部暗記していた。

 それに身長も似ていて、隣の子とも息が合わせやすいという理由でみるくがセンターに抜擢されたという訳。

 本人的にはあまり乗り気では無かったようだが、押しに押され仕方なく了承した感じだ。

 俺だったら断固として拒否するが、みるくは押しに弱い部分がある。

 

 「それでは一年二組の発表です!」

 

 アナウンスが終わると暗転していたステージとステージ下がライトで照らされた。

 そして、ポップな曲と共に一斉に動き出す。

 「たんたんたん」と全員で足を使い、リズムを取りながら徐々に前から動き出し横に広がっていく。

 音響係が曲を大きくしたタイミングで一斉に首をぱっとあげ、教え込まれたダンスを披露する。

 特にミスも無く、曲は終盤になり最後のみるくが左右の人の膝を借りて腕を突き上げるというアレンジ部分で問題が発生した。

 みるくが足を乗せようとしたタイミングで左側の人がバランスを崩し、みるくが踏み外し大きく転倒した。

 曲もちょうど止まってしまい、観客も心配そうに見ていた。

 みるくはミスをしてしまったせいなのか、その場で倒れ込んだまま動かない。

 どうすれば良いか皆が分からなくなっている状況で、心々音が動いた。


 「ほら、みるくちゃん立って?」


 みるくの前に行き、パッと手を差し出す。

 みるくはその手を掴み立ち上がり観客に向かって大きく礼をした。

 拍手と「よく頑張ったぞ!」という観客の声。

 それに影響を受けたのか、はたまたミスを悔やんでいるのか分からないがみるくは涙を流していた。


 「おい、大丈夫か!」


 控え室に行くと、俺は急いでみるくの元に駆け寄った。

 

 「うん……ごめんね……やっぱり私ダメだった」

 「そんな、急な事だったんだぞ。あれだけ出来たのはいくら何でも凄いことだろ」

 

 ダンスの時、みるくの左側に居た子がみるくの元に来て「ほんとにごめんなさい!怪我してない?」と聞いて来た。

 それに対し、みるくは「あはは、私は大丈夫だよ。私こそごめんね、上手く出来なかった」と相手を気遣っていた。

 俺はまたみるくの成長に関心してしまっていた。

 俺はみるくの親じゃない、なのにみるくが成長する度嬉しく思えてしまう。

 これがみるくに対する「好き」の気持ちなのだろうか、自分でも何を思い何を考えれば良いのか分からない。

 だけどみるくの成長に関心しか出来ず、あの時何も行動を起こせなかった自分が、今は酷く醜く見えてしまった。

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