どうやら心々音は本気で上手くなりたいらしい。
北野のカラオケに到着した。
店内は最近流行っているアイドルの曲がかかっており、受付には北嶺高校ではない制服を着た3人組の学生が並んでいた。
受付を済ませ、部屋番号が書かれた札を貰うとみるくは「少しトイレ!」と言いトイレに行ってしまった。
みるくに部屋番号だけ伝えて俺と心々音で先に部屋に行く事にした。
「ふふっ、二人きりって何かデートみたいですね」
「何がデートだ。今日はお前のレッスンだろ?」
「ぶー、ほんと涼真くんってつまんない人ですね」
俺の受け答えが間違っていたのか、心々音は不機嫌そうにすると部屋まで一人で行ってしまった。
曲がり角を曲がり、部屋の前に着くと心々音が待っていた。
「あ、やっと来ましたか。遅いですよ、もー」
「お前が先に走ってたんだろ」
「あー、そういうマジレス辞めてもらって良いですか」
「はいはい、中入るぞ」
二人で部屋に入り、心々音は機械を取り早速選曲し始めた。
選曲されたのはガチガチの演歌。
こいつ、ふざけてんのか?と思ってしまうがまだ一曲目。
俺は我慢して聞くことにした。
~~~
心々音の曲を聞いた。
率直な感想を一つ言わせてもらおう。
「お前、めっちゃ上手いじゃねぇか!」
なんなんだこいつ、演歌特有のこぶし、ビブラートのつけ方が完璧すぎる。
声は配信をするにあたって仕方のない部分もあるが、とにかく上手すぎる。
「え……?そんなに上手いですか……?」
「マジで上手い、ビブラートとかの調整出来てるし声は配信の上で仕方ないと思う。でもその他の声の技能っていうのかな、そこらへんがマジで完璧だ。」
これのどこが下手なんだ?と思い一回最近流行っている歌を歌ってみてもらった。
選曲は「うるせぇよ」という曲。
ネット上に投稿された曲なのだが、これが俺らと同じ現役高校生でしかも女子が歌っているという事とあまりの完成度の高さに驚いた有名作曲家が拡散したことによって一気に流行った大流行中の曲だ。
流石に心々音も知っていたようで歌詞を詰まらず歌って見せた、が。
こいつ、ほんとにやばい。
さっきの演歌とは大違いで音程がグチャグチャ、それにビブラートやしゃくりと言った一番大事な部分がバラバラになっている。
本来ビブラートをかけなければいけない部分でこぶしをすると言った感じでとても酷い。
「ごめん、お前やっぱ下手だわ」
「ちょっと!さっきは褒めてくれたじゃん!」
「いや……だってなぁ……」
俺らが言い争いをしているとみるくがトイレから帰って来た。
帰って来たみるくの手にはメロンソーダの入ったコップが握られていた。
それを一口飲むと机の上に置いて、俺たちを無視して機械で選曲をした。
「ふふん♪」と機嫌良さそうに鼻を鳴らし選んだ曲は俺が乱入した時に歌っていた曲。
「愛するこの力」と画面に表示されみるくは意気揚々と歌い始めた。
みるくの曲が歌い終わった。
また「ふふふんっ♪」と鼻を鳴らして楽しそうにしている。
だが歌の方は凄かった。
どう凄かったかと言うと、まずビブラートのかけ方。
プロじゃない人間が言うのもなんだが、これはプロ顔負けレベルと言った所だろうか。
強弱がしっかりしていて、それでいて音程がブレない。
それに声も配信の時と同じ大人っぽい声で歌っている、凄すぎる。
「お、お前そんなに歌上手かったのか……?」
「え?うん!前、ボイストレーナーさんに通話だったけど教えてもらったんだー!」
心々音の方を見ると度肝を抜かれたのか口を開けただ呆然としていた。
みるくが心々音の肩を揺らし、心々音を元に戻した後みるくが「夏南ちゃんの声でこの曲歌って欲しい!」と無理難題を押し付けた。
流石に止めようと思ったが心々音はネジが外れたのか、はたまた自分を成長させるためだか知らないが「やってみせよう!」と胸を張って言った。
歌ってみた結果は、まあ目に見えていた。
全然だめ、なぜ演歌が出来てJ-POPとか最新の曲が歌えないのか。
「いっそのこと演歌だけで攻めてみれば?」と提案してみたがそれは彼女のプライドが許さないらしい。
付き合うと言ってしまった以上、俺は真剣にやる。
三曲歌ってもらって分かったのは演歌ならこぶしやビブラートの使い方が分かる、でも最新の曲の場合はどうして良いか分からず適当になってしまう。
だから、心々音が配信で歌いたい曲をリストアップしてもらって、それを俺が聞く。
そしてどうすれば良いかをみるくと俺で考える事にした。
配信で歌いたい曲に関しては8曲選んでもらった。
最新の曲6曲と少し古い曲を2曲。
まずはこれを聞いてからみるくに歌ってもらい、俺も歌う。
それを真似して心々音に歌ってもらうという方式にした。
「ほんとにこれで上手くなれるの……?」と心々音は心配そうにしていた。
勿論、俺も上手くいくかは分からない。
でも、何もやらず心配ばっかりしているなら一つでも行動に移した方が良い。
とりあえず一曲聞き、俺、みるくの順で歌った。
俺もあまり歌に自信はないが持ち前の声でなんとかカバー出来た、みるくはもう何も言う事は無い、凄い上手かった。
「みるくちゃん上手い!涼真くんも普通にうまかった」
「普通ってなんだ普通って」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ私歌ってみても良い……?」
「ああ、一番は自分で気持ち良く歌う事だが相手がその歌を聞いて不快になったら終わりだ。とりあえず自分の思うままにじゃなくて真似してみてくれ」
心々音は「分かった」と言いマイクを握った。
心々音が歌い終えた。
「どうだった……?」
「んーと、さっきよりも全然マシになってるぞ」
口ではこう言ったが少しだけ音程が取れるようになっただけであまり変化は無かった。
一応、歌枠はエコーを付けるらしいし多少のカバーは出来る。
しかし、あまりに下手だとエコーは意味をなさない。
心々音はみるくに「やった!私上手くなってるって!」と嬉しそうに話しているがみるくが辛辣な言葉をぶつけた。
「心々音ちゃん、言いにくいけど全然うまくなってない」
「え……」
「りょーくんも嘘言うのはやめてあげて」
「で、でも褒めた方が伸びるかもしれないだろ……?」
心々音は自分があまり変わっていなかったことにショックだったのか瞳に涙を貯めていた。
「そ、そっか……私、やっぱり駄目なんだね……」
「だ、ダメじゃないって!ちょ、泣くなって……みるくも謝れ」
「え、あ、その……ごめんなさい。言い過ぎた、で、でもその私!心々音ちゃんには上手くなって欲しいって思ってるから……」
心々音が泣き出してしまって、俺もみるくも焦ってしまった。
とりあえずみるくには謝らせたは良いものの、これからどうしよう。
そう思っていると心々音が口を開いた。
「ごめんね、泣いちゃって。私さ、配信するのずっと憧れてて、それで中学卒業前にお母さんから許可貰ってオーディション受けたんだよね。それで、合格出来て嬉しくて楽しく配信してたんだ。でも、歌枠作って配信したら下手過ぎて燃えかけちゃってさ、だから楽しく配信するために歌だけは上手くなりたいんだよね」
心々音は「ほんとごめんね」と言い涙を拭った。
彼女がどうして歌を上手くなりたいのか良く分かった。
どうしてここまで全力になれるのか、それには大きな理由があったのだ。
下手くそだからという理由で炎上してしまう、それはあまりにも可哀想。
3時間もあっという間で心々音が涙を払い、また歌おうとしたら室内の電話が鳴った。
「仕方ない、喉が大丈夫そうだったら明日も付き合う」と言い室内を後にした。
カラオケを出ると心々音は心底嬉しそうに「じゃあ、また明日よろしくね!」と元気に言い、走って行ってしまった。
「なんなんだ、あの表情の豊かさは……」
「ははは、そうだね……」
苦笑いをしつつ、二人取り残された俺とみるくも駅に向かって歩き出した。
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