どうやら俺は息子になるらしい。

腰が痛い、ベッドが慣れなてないせいか少し寝付きが悪かった。

 枕も好みの固いものではなく、少しフカフカした物で寝づらかった。

 スマホの電源をつけ、時刻を確認する。

 時刻は7時、遅くも早くもない時間だ。

 少し気まずさが残る中、俺は隣の二人を見た。

 心々音とみるくは狭いシングルベッドの中、二人でくっついて身を寄せ合っている。

 だらしない格好になりながら、二人は幸せそうに寝ている。

 俺はそんな二人を起こさないように靴下を履いた後ベッドから降り、靴を履いて部屋を出た。

  

 「ふぅ~、涼しいな」


 パーカーを持ってきておいて良かった。

 一度やってみたかったんだよな。

 東京での早朝、古い町並みではなく全てが新しい建物のように見える。 

 たまに少し錆びれた建物も見えるが、それも周りの新しい建物と同化し味が出ていてとても良い。

 そんな街並みを嗜みながら俺は一人歩く。

 こうなんか、大人な感じがして良い。

 俺はポケットに突っ込んでおいたワイヤレスイヤホンを取り出し、スマホに接続した。

 みしゅかるの曲を再生し、俺は一人また歩く。

 重い失恋ソングがこの背景に合っていて、簡単に歌詞の内容を想像できる。


 「また明日ね、その言葉をもう一度聞きたかったな。でも君にはもう新しい人がいるんだね、だから私はその言葉を交わせないね」


 みしゅかるのボーカルの歌い方が上手く、本当に泣いているかのような歌い方で安易に歌詞に書かれた場面を想像させてくる。

 完璧な背景、そして悲しませるような歌い方と歌詞に感動しながら俺は立ち止まり、川を眺めた。

 憧れが叶ったという余韻に浸りながら少し歩いた後、俺はホテルに戻った。


 「ちょっと、どこ行ってたんですか」

 「散歩していた、悪い」

 「そうですか、なら良いですが」

 「お腹空いたー」

 「レストランに行きますか、朝食も付いてるみたいですし」

 「そうか、行くか」 

 「行くー!」


 三人して、レストランに向かう。

 今のところ心々音に怪しい動きはない。

 先ほどのみしゅかるの曲のように諦めてくれれば良いのだが、彼女に限ってそんなことはないはず。

 俺は警戒しつつ、エレベーターに乗り込んだ。

 

 特に何もなく、レストランに着いた。

 

 「何か仕掛けるとでも思ったんですか~?」


 心々音は俺が警戒していたのを見抜いていたのか、口に手を当てニヤ付きを隠しながら肘で俺の脇腹を突いて来た。


 「くそっ……」

 「ふん、私がそんなに甘い女だと思ったら大間違いです」

 「いつ仕掛ける気だ……」

 「そんなの言ったらずっと警戒するじゃないですか、もしかしたら今日は何もないかもしれませんよ?あ、焦らしプレイもいいかもしれないですね」


 心々音はそんな言葉を吐いた後、食券を渡し奥の方の席に行ってしまった。

 昨日のような豪勢な食事ではなく、質素な物になっていたが胃に優しい物ばかりで俺は嬉しい。

 取り皿にサバの塩焼きとスクランブルエッグをよそい、スクランブルエッグにケチャップを混ぜた。

 最後にもう一つの取り皿にヨーグルトをよそった後、ブルーベリーソースを混ぜて席に戻った。


 席に戻ると昨日と同じく、二人は食べ始めている。

 みるくは鮭を、心々音はベーコンをはむはむしている。

 俺も持ってきたスクランブルエッグを食べ、その後にサバを一口食べた。

 卵の甘さの後にサバのしょっぱさが相まって美味しい。

 バクバクと食べ進め、ヨーグルトを食べた後何事も無く部屋に戻った。


 ~~~


 財布を持ち、部屋を出る。

 朝起きてからかなり時間が経ったが心々音に変わった様子は見られない、むしろいつもより機嫌が良い。

 ホテルを出て、電車に乗る。

 新宿駅に行き、都営地下鉄大江戸線に乗り換え有名企業が集まる六本木に来た。

 階段を上り、外に出てみると高い橋のようなものがあり俗に言う首都高があった。

 車が走り去る音が微かに聞こえてくる。

 しかし心々音はそんなものは無視し、慣れたように先導する。

 すれ違う人々を観察してみたが、皆大人な感じがする。

 ぴしっとしたスーツを着たサラリーマンからモデルのような服装と体型の女性とすれ違ったりと、東京に来たんだなって思わせてくれる。

 

 10分ほど歩き、着いたのは周りと比べると少し高さが無いビル。

 それでも30mほどの高さがあり、コンビニなどと比べるととても高い。

 ただ、周りが高すぎるだけだ。

 

 「それじゃあ、行きますよ」

 

 三人して中に入る。

 俺は緊張感を持ちながら心々音について行く。

 俺はてっきり豪華なエントランスに可愛い受付嬢みたいな人がいるのかと思っていたが、特にそういうのわけではないらしい。

 みすぼらしいエントランスに可愛げがあり元気そうな社員さんが受付に座っている。

 

 「あ、夏南さんとみるくさんですね~、社長から伺ってます。お連れの方も聞いていますので、どうぞエレベーターに」

  

 ホテルのような豪華なエレベーターではなく、北野のショッピングモールにあるようなみすぼらしいエレベーター。

 俺は少し心配になってきたが、心々音とみるくは何も不安そうにしていない。 

 本当に大丈夫なのかと思いつつ、異変がないので俺は二人を信じてエレベーターに乗り込んだ。


 「社長は3階にいます、私とみるくちゃんはマネージャーと会議があるので4階に行きます。涼真くん、一人で頑張ってくださいね?」

 

 俺は一瞬理解が出来なかった。

 事前にそんなこと言われてないし、そもそも何も話を聞いていない。

 しかし、俺は何も知らないまま3階に放り出されてしまった。

 やばいやばい、どうすれば良い。

 俺があたふたしていると一人の男性が歩いて来た。

 

 「お、君が荒川涼真くんことRYOくんかい?」

 

 濃藍のスーツを着た40代ぐらいの男性が話しかけてきた。

 濃藍のスーツが似合うスマートそうな顔面、髪は全部後ろに流されていてサングラスをかければ極道に見えそうな髪型、俺のよりも3㎝ほど高く見え、身長は178㎝と言った所だろうか。

 

 「え、えっと……」

 「あ、ごめんごめん。私は二宮椿、このstaraliveの代表をしている。今日は来てくれてありがとうね」

 

 俺は特に驚くことも無く「あ、はい……」と小さめの声で返した。

  

 「会議室で少し話がある」と二宮代表が言ったので、俺はついて行く。

 凄く緊張する。

 これから俺はみるくとの関係を言及され「うちのライバーに何してくれてるんだ!」と怒られるのだろうか。

 それとも暖かく受け入れてくれるのだろうか。

 俺の両手両足は緊張により、氷のように固くそして冷たくなっていた。

 

 【会議室2】と書かれた部屋に俺と二宮代表は入る。

 きっとこれから色々話をされるのだろう。

 俺は気を強く持とう、そう決心し部屋に入った。

 

 会議室の中には人が俺と二宮代表の他に二人いた。

 一人は事前に顔写真を見せてもらっていたマネージャーの田口さん、そしてもう一人は……

 ロリと言って良いのだろうか、隣にいる田口さんと比べるとパッと見15㎝ほど違う。

 田口さんの身長は177㎝と聞いている。

 つまり身長は160㎝ぐらいか、ロリでは無いな。

 俺は心の中で謝った後、机一枚挟んでその女性の正面の席に座った。

 

 「それではみなさん集まったので、会議というなのキャラデザ会を始めます」

 「キャラデザ……?」

 「おっと、涼真くんはそういう知識は疎いと聞いていました、すみません」

 「あ、いえいえ……」 

 「そうですね、分かりやすいように言うとみるくさんが使っているようなキャラをデザインしようという事で」

 

 そのままじゃねぇかと思いつつ、俺は話を聞く。


 「そして、涼真くんの目の前にいる女性こそ今回キャラデザしてくれる宮前御前先生です!」


 宮前御前?何か聞き覚えが……

 あっ、思い出した。

 学校祭の時に心々音が名前を出していたはず、確か同じクラスの宮前さんが描いてるのかもって。

 でも、心々音が宮前さんの家に行ったのか分からないから真偽が不明。

 それに目の前にいる女性は宮前さんではない。

 となるとこの人は誰なんだ?

 

 「ふふっ、こんにちは涼真くん。いつも妹がお世話になってるらしいね、私は宮前紗季みやまえさきの姉、宮前彩花みやまえさいかと言います。大学一年生です」


 どうして俺の身の回りの人間ばかり俺が始めた物語に乱入してくるのだろうか。

 宮前さんのお姉ちゃんが、俺のキャラデザ担当、つまりママになるらしい。

 俺の同級生の姉がママって、言葉だけ聞くと気持ち悪い。

 

 「これからよろしくね?」

 

 彩花さんは魅力的な微笑みを俺に投げかけた。

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