どうやら今日は初登校らしい。

 母親が起きてくる前に身支度を済ませ、朝ご飯を食べた。

 父はご飯を食べ終えるとすぐに仕事に行ってしまったのでリビングでは俺一人。

 もうすぐ7時になると言うのに母親はまだ起きてこない。

 早めに起きて来られても困ってしまうので、俺はリュックと弁当が入ったカバンを持ち少し奇抜なスニーカーを履いて外に出た。

 鍵を閉めたことを確認して、隣のみるくの家に向かう。

 今日はみるくにとって初登校、少しは緊張しているだろう。

 

 玄関前に着き、チャイムを鳴らすといつも通り走ってくるような音が聞こえたかと思うと扉が開いた。


 「あっ、りょー……涼真!来てくれたんだ!」

  

 やはり名前呼びが難しいのか時々「りょーくん」と呼びそうになっている。

 やはり無理をさせて治させるのはやめておこうか悩む、それに配信をするとなったら明らかに「りょーくん」呼びの方が良い。

 

 「やっぱり、呼びづらいか?」

 「どっちかって言うと呼びづらいかな……」

 「だったら好きな方で呼んでくれ。そのかわり、亮の事は苗字で呼ぶとかあだ名みたいなのをつけて呼んでくれ」

 

 みるくは「分かった!そうする!」と朝にしては元気な声でそういった。

 みるくも準備が出来ていたようで新しめな革靴を棚から取り出して履いた。

 一応、北嶺高校は革靴登校は許可されているが体育の授業がある日は履いていけないし、何より履いている人はほとんどみたことが無い。

 上級生はほとんどスニーカーや運動靴と言った動きやすそうな靴だし、同級生でも他クラスに一人いたかいないかレベルの物。

 外に出て歩いている最中、俺は純粋になんで革靴を履くのか気になった。

 

 「お前なんで革靴なんて履いてるんだ?」


 俺が聞くとみるくは少し小走りになり、俺の前に出ると「ふふっ、大人っぽいでしょ~」と腰に手を当てそう言った。

 確かに足部分だけ見れば大人っぽいかもしれない、だが全体像を見たら大人っぽさは無くなり子供っぽさが顔と身長のせいで目立ってしまう。

 俺は苦笑いしながら「ははは、そうだな……」と乾いた声で言った。


 駅に着くとすでに20人ぐらいの人が電車を待って居た。

 制服は様々で、北嶺高校の制服も居れば他の高校の制服姿の人も何人も居た。

 隣にある踏み切りが音を出し始め、少しして電車が来た。

 乗車口が開き、待って居た学生たちがぞろぞろと乗り込んでいく。

 それに便乗するように、俺はみるくの手を引いて電車に乗り込んだ。

 中に入ると30人ぐらいの学生達が友達同士で席に座って話していたり、イヤホンをして何かを聞いていたりした。

 みるくの事を考えて人が多い所はあまり良くないだろうと思い二両目に行った。

 一両目ほどではないが人はちらほらと居て、静かに本を読んだりしている人が居た。

  人の少ない後ろの方の席に行き、俺とみるくは座った。


 「人多いね……」

 「まあ、仕方ない。いつもこんなもんだ」

 

 みるくは緊張しているのか体をソワソワさせて下唇をキュっと噛んでいる。

 しかし特に話すことはないし、かと言って無理に話を振るのは気まずさを増すだけだと思い俺は外の景色を眺め始めた。


 久しぶりの景色、スピードが速くて鮮明に見る事は出来ない。

 しかし、それが電車に乗っているという事を実感させてくれる。

 

 

 みるくとは特に話さず、「次は~榎し野~榎し野~」と聞こえて来た。

 景色を見るのを止め、隣を見るといつの間にかみるくが寝ていた。

 制服越しに感じる暖かさ、みるくは俺の肩に頬を乗せてぐっすりと寝ている。

 この状況に少しドキッとしてしまい、子どもっぽくてそれでいて天使のような寝顔にまたドキッとしてしまう。

 しかしこの至福の時間ももう終わり、少し緊張しながら俺はみるくの肩をさすった。


 「んんぅ……?」と言いながらみるくは起き、そして俺を見るや否や顔を赤くさせた。


 「ごごご、ごめん!その、何か心地よくて……」

 「あ、ああ。俺は大丈夫だ、それよりもう着いたぞ」


 立ち上がり乗る時取っておいた切符を取り出した。

 みるくにも切符を出しておくように言い、一両目に向かった。

 まだ降りている人ばかりで列が進む様子はない。

 なまった体を伸ばし、列が進むのを待っていると後ろから声がした。

 

 「あら、涼真くんとみるくちゃん、おはようございます」


 後ろを振り向くと昨日会った宮下心々音が居た。

 どうやら俺が景色を見ているうちに乗ってきていたようだ。


 「あ、おはよう心々音」

 「ふふっ、名前でちゃんと呼んでくれていますね」

 「指示に従わないとお前は何かと面倒くさそうだしな」

 「そうですか、それは良いように思われてなさそうですね」


 心々音は感情のこもっていない笑みを浮かべるといつの間にか俺の後ろにいたみるくに抱き着いた。

 みるくはよっぽどいやなのか抱き着いてきた心々音をはがそうとしている。

 だが、みるくの力が弱すぎるのか剥がし方が悪いのか分からないがみるくも心々音に抱き着いているような形に見える。

 

 「あ~可愛い。ほんっとなんでこんなにみるくちゃんは可愛いのかな~」

 「もうこの人やだ!りょーくん助けてよ!」

 

 並んでいた人全員がこちらに視線を向けた。

 俺は二人を引き剝がし、強引に前に行き三人分の料金を払いながら無理矢理電車から降りた。

 

 「お前らうるせぇ!外とか家でやるならまだしも場所を考えろ!変に注目を浴びるな!」


 俺が怒鳴ると二人は争いを止めた。

 周囲の人たちが俺の怒鳴り声に反応して俺の方に視線を向ける。

 その視線がなんだが気持ちわるくて嫌だったので、二人に「早くいくぞ」と声を掛け歩き始めた。

 二人とも反省しているのか反応が無く、意気消沈している。

 俺も怒鳴ったのは悪かったなと思い「俺も悪かったよ、すまん」と二人に顔をみせずに言った。


 「りょーくん、怒ってる?」

 「怒ってないから、でも次やったら怒る。心々音も分かってるよな?」

 「はい……分かっていますとも。みるくちゃん、ごめんね?」

 「わ、私も……その、ごめん……なさい……」


 二人に仲直りをさせて、学校に着いた。

 

 みるくが来たことを先生に報告しなければならないからと心々音を先に教室に行かせ、俺とみるくは職員室に向かった。

 職員室に向かう途中、数人の生徒とすれ違ったがその生徒達全員がすれ違った瞬間みるくを二度見していた。

 

 職員室前に着き、扉をノックし入室すると丁度担任の先生がプリントを印刷していた。


 「おお~荒川どうした?」

 「おはようございます、先生。実は今日、中山さんを連れて来たんですが……」

 「おお、本当か!それはありがたい。本人はどこにいるんだ?」 

 「今、廊下で待ってもらってます」

 「そうか、すまないな迷惑かけて」

 「いえいえ、全然大丈夫です」


 俺と先生は職員室から出て、みるくの元に行った。

 やはり緊張が収まらないのか体をソワソワさせてみるくが待って居た。


 「先生、連れて来たぞ」

 「おはようございます。私が1年2組の担任、久下実ひさしたみのるだ。よろしく頼む!」


 先生が軽い自己紹介をするとみるくも自己紹介をした。


 「え、えっと中山胡桃です。その、りょーくんとは幼馴染でみるくって呼ばれてて……え、えーと、お、お願いします!」

 「おおう、こちらこそ頼むぞ!」


 みるくはオドオドしながらもなんとか自己紹介を先生に向かってやってみせた。

 俺はみるくの成長に関心していた。

 みるくは自己紹介を終えると俺の隣に来てそっと制服の袖を掴んだ。

 この場から一刻も早く抜け出したいような顔をこちらに向けてくるが、そうはいかなかった。


 「中山、申し訳ないが職員室に来てくれるか?この一週間に溜まっていたプリント類が山ほどあってな」

 

 みるくは顔を怖がらせたが俺が「大丈夫だ、すぐ終わる」と耳打ちするとそっと歩きはじめ、先生のもとに行った。

 俺は職員室にみるくが入るのを確認して教室に向かった。

 

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