どうやら誤解は解けたらしい。

 ホテルに戻った。

 浅草観光の後は本当に大変だった。

 みるくは琴音姉さんと面識があったから簡単に説明したら「琴ねえと会ったの!?」って驚きながら納得してくれたけど、問題は心々音。

 

 いくら従姉だと説明しても納得はしてもらえず、みるくにも説得してもらったが効果は無し。

 多分だが、この状況を利用して何かを仕掛けようという目論見なのだろう。

 部屋に戻って来ても心々音はツンツンしたまま。

 さて、どうしようか。

 

 時刻は6時過ぎ、そろそろ二人ともお腹が空く頃だ。

 朝、心々音に聞いたのだがレストランは今日の朝食で終わりらしい。

 今日の夜と明日の朝と昼は自分で済まさないといけないとの事。

 

 近くに北野にもある大型ショッピングモール『AONE』があるためそこで夜飯を済ませるか、また電車を使い適当な場所に行くか。

 俺は浅草名物をたんまりと堪能したのであまりお腹は空いていない。

 

 「おい心々音、拗ねんなって」

 「別に拗ねてないですよ、浮気されたのが悲しかっただけで」

 「だから、あれは従姉だって」

 「そうだよ心々音ちゃん……確かに前会った時と印象は変わってたけど、あれはりょーくんの従姉の琴ねえだよ!」

 「分かってますよ、私が嫌だったのは涼真くんがすっごく楽しそうな顔をしていたんのが嫌なんです」

 「は……?」


 言っている意味が分からず、思わず疑問の声が出てしまう。


 「だから、私といる時はあんな笑顔しないくせして従姉のお姉さんといる時は凄く楽しそうな顔をしています。前にゲーセンに行った時だって、時たまぎこちない笑顔でしたし」

 「それは……初めてだったんだよ、あんな事されたの」

 「……どういう意味ですか」

 「だから、あの時は不良みたいな人に絡まれて彼氏面してお前を助けた。その後にあんなカップルみたいな事をした、でも俺は全然そういう経験をしたことが無い。全部ギャルゲーの知識なんだ、お前を彼氏面して守ったの時も、カップル限定メニューを食べたの時も置かれている状況をギャルゲーとして例えてどういう風にしたら守ったり喜んでもらえるか考えてた」

 

 心々音は急に振り返る。

 その顔は涙で濡れていて、可愛らしい顔が台無しになっている。

 しかし、心々音はそんな事には触れず俺に怒鳴った。


 「じゃあ私は、ギャルゲーのヒロインとしてしか見られてなかったって事ですか!」

 

 ヒロインとしてしか見ていなかった。

 言われてみれば確かにそうかもしれない。

 でも、俺は心々音の事をヒロインだとしか見ていたわけじゃない。


 「ああ、そうだ」

 「何でですか……何で私はあくまでもギャルゲーのヒロインとしてしか見られていないんですか!」

 「……あのな心々音」

 「……何ですか」

 「まず、お前の事が嫌いだったら到底ヒロインとしては見れない。それに、俺が心々音の事を何とも思てなかったらお前はただのモブだ。でもな、今こうやって一緒に配信したり旅行したりで色んなイベントが起きている。俺は今この瞬間が最高に楽しい、それってヒロインがいなかったら成り立たないと思うんだ」

 「……」

 「そして俺が主役のギャルゲーには二人のヒロインが居る。まず一人は幼馴染のみるく」

 「りょーくんのヒロインです!」

 「そして二人目は、心々音。お前だ」

 

 俺はそう言い心々音に手を差し伸べる。

 確かに、今の考え方を心々音に行ったら怒られると思う。

 でも、心々音だって最高に可愛いしドキドキしてしまう事もある。

 口では『俺を堕としてみろ』なんて言ったけど、堕とされる日も遠くはないかもしれない。

 

 でも俺は、友達の苦しんでいる姿は見たくはない。

 だから救える人はしっかりと救って、一緒に時を過ごす。

 そんなものが素敵なのではないか。

 

 「私、涼真くんの人生のヒロインで良いの……?」

 「ああ」

 「私、すぐ泣いたりしたり凄く重くて面倒臭い女だよ?」

 「だからなんだよ」

 「それでも、私は涼真くんのヒロインなの……?」

 「ああ、もちろん。お前は最高に可愛いし頼りがいがある、だからそんなお前なら俺を堕とすことは容易だろ?」

 「ぐすっ……うん……」

 

 心々音はいつものように抱き着かず、俺の手をそっと掴み立ち上がった。

 涙を拭うと、足早に洗面所に駆け込んだ。

 ドア越しに声が聞こえる。

 

 「ごめんね二人とも、ちょっと落ち着かせて欲しいな」

 「ああ、分かった」

 「待ってるね……」


 俺とみるくはベッドに座り、心々音の帰還を待つことにした。


 ~~~

 

 「すみません、お待たせしました」


 洗面所のドアが開き、心々音が戻って来た。

 先ほどのぐしゃぐしゃになった顔面は綺麗に整えられていて、いつもの心々音に戻っていた。


 「大丈夫か」

 「心々音ちゃん……」

 

 みるくは余程心配だったのか心々音に駆け寄った。

 心々音は駆け寄ったみるくを優しく抱きしめた後、俺の前に立った。


 「私は涼真くんの事を何も考えずに、自分の事だけを優先してました。だから謝らせてください、ごめんなさい」

 

 何かと思えば謝罪か。

 だから俺は怒ってるわけじゃないんだが、なぜ謝られるんだ。

 謝られるのはなんだか優越感が出てしまって俺は逆に嫌いなんだ。

 でも、謝られたのに何も言葉を返さないのも失礼になる。


 「大丈夫だ」

 「ありがとうございます。あと、これから接し方も変えます」

 「どうした急に」

 「その、やっぱりガツガツ行くのは迷惑だと思いまして……だから少しもどかしいですが気軽に絡めるぐらいの接し方で行こうかなと。だから前みたいに誘惑するとかはもうしないので」

 「そっか、そんなんじゃ俺を堕とす日はもっと遠くなったな」

 「もう、意地悪言わないでください!」

 

 心々音は両手に力を込めて握り、頬を膨らませた。

 そんなあざとい行動がなぜか可愛らしく見えた。

 なぜだろうか、前ならば多少は可愛いと思いもしたがこんなに可愛くは見えなかった。

 これが心情の変化と言う物なのだろうか、詳しくは分からないが俺もきっと心々音に対して何かが変わったのだろう。

 

 「それで、飯はどうするんだ?」

 「確かに、お腹空いたー」

 「そうですね、私もお腹が空きました。AONEが近くにあるわけですし、今日はそこで済ませませんか?」

 「そうだな、金も余裕はあるし俺は二人に合わせるぞ」

 「私も美味しければなんでも良いよー!」

 「私もなんでも良いので、とりあえずAEONに行きましょうか」

 「うい」

 「行こー!」


 三人とも財布を持ち、各々上着を羽織った後部屋を出た。

 面倒臭い女と俺にべったりな幼馴染か、ノリであんなことを言ってしまったが俺はギャルゲーの主人公なんかじゃない。

 二人を攻略対象として見ていないし、これからもそのように見ることは無いかもしれない。

 みるくと心々音、どちらを好きかと言われたら当然みるくを選ぶだろう。

 だが、みるくを選んだら心々音の悲しむ顔を容易に想像できてしまう。

  

 『二人とも手に入れたいからずっと片方と付き合わないんだろ!』

 

 こんな風に思われる時がこの先くるかもしれない。

 でも俺はそんな風には思わない。 

 この二人と亮と紅音さんといる時が楽しい、ずっとこのままでいたいと思うから付き合わないんだ。

 もし心々音かみるくのどちらかと付き合ったら、その片方は必ず気を遣って俺の周りからいなくなってしまう。

 そんなのは嫌だ、だから俺は今のところは付き合おうとはしない。


 ここ二日で見慣れたエントランスとも明日でお別れ。

 色々な事を考えながら俺は心々音の後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る