第20話出発前日

 それは、クーナレドが任務地へと出発する一日前の出来事。


「本当に君をくだんの任務へ行かせて良いのだろうか…」


 ミナス中将と俺は、現在地下に特捜室が存在する館の庭にいる。


 誰も手入れをしていないためか雑草は無造作に生えておりあるはずの土すら見えない。


 ただ、そんなみっともないとも言える庭にもマトモな品がある。新品であると人目で分かる真っ白なテーブルと大理石を真四角に加工した椅子が4つある。


 そこに俺たちは隣り合って座っているのだ。


「ミナス中将は気にしなくていいんです。これは俺の問題なんですから、やることはやるんで…!」


「…そうか」


 簡素な返事をした後に彼女は口元に手を当て黙り込んだ。


 少し居心地の悪い空気が辺りを支配する。


 それを破ったのは作り出した当人であった。


「分かった…。ならば私は特捜室としての任務を課すしか無いね」


「お願いします」


 俺としてはとても納得したように見えないが黙って話を聞こう。


「クーナレド君にはホムンクルス研究所破壊工作に潜入し、事の成り行きを観察して欲しいんだ」


「はぁ…」


 ミナス中将の言葉を噛み砕くことが出来ずに中身が籠もっていない返事が漏れる。


 今一度頭で整理しようとしても整うことはない。


(それに意味はあるのか…?)


「それに意味はあるのか?って君は疑問を持ってるね?」


「え」


 考えていた思考そのものを言い当てられ間抜けな顔をしているのが自分にも分かる。


 それを彼女は眺め、悪戯が成功した悪ガキの様なニヤついた笑顔をした。


「君は存外単純な生き物みたいだね、継続的に観測していたくなるよ」


 端的に述べるとムカつく顔をしたままで、冗談めいた感想を漏らすのだった。


「なんなんですか、それは。遠慮させて頂きます…」


 冗談だと分かっていても内心心がザワツイたので拗ねた言い方をしてしまう。それと同時に自分こそが子供なのだと辟易する。


「すまないね、変な話をしたことを謝るよ。本題に入ろうか」


 すぐに俺の様子に気付いたようで話の流れを変えた。どうやら人の機微に相当聡いらしい。


 ノイ先生はよく分からかいが、俺より年上ではあるのだが見た目としては大分若い彼女が中将という階級にいるのは実力以上にこういった点が優れているのだろうな。


「新人類の会が我が国の破壊工作に対してどのような行動を選択するのか。上層部が現場にどれほどの結果を求めるのか」


 彼女は一息をついた後続ける。


「これは相当に特異な事案なんだ。状況がどう変化するのかを君の目で確認するんだ。その情報を次の糧にしたいと私は思っている」


「なるほど」


 おおよそ彼女の考えが透明となる。


 つまり、ミナス中将はホムンクルスに関して諦めているのだろう。国が既にこの禁忌を許容しないと判断したのだからホムンクルスが今後も存在することは出来ない。ならば次に事柄そのものに目を向けるしか無い。


「ん…、その目はどうやら私の意図が伝わったようだね。賢い子は好きだよ」


 そんな軽口に対して少し顔が赤くなるのを感じ、目を背け素知らぬ顔で会話をすることにした。


「あー、つまりですね!俺はあくまで従順に任務を遂行しつつミナス中将の目として機能すればいいんですよね」


「ああ!この役目は特捜室に大きな利益を与えるんだよ」


 正解だ、と言いたいかのように彼女はウインクをするのであった。


「しかし、君が私の目になるというのは中々に面白い表現だね」


「そうですか?」


「面白いよとても。ならば改めて命じようかなー」


 隣りにいる彼女は、また悪ガキの様な笑顔を漏らしてつつ立ち上がった。


「原則君は私の目として行動するように!頼んだぞ、クーナレド少尉」


「了解」


 どうやら俺はミナス中将の目になったらしい。 

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