第12話ホムンクルス

「はぁー、本当に少尉には呆れてしまいます」


 鬼の形相でこちらを見ていたカーマに全力で弁明して何とか宥めることに成功した。のだが、溜飲が下がりきっていないのかこのように軽口を言われる始末である。


「ごめんって。でも誤解だからさ、な?ノイ先生」


 少しでも疑いを払拭しようとノイ先生に同意を求めた。


「んあ?別に誤解でもないだろ。あの布切れを寄越したのはクーナレド少尉なのだから」


 食事を済ませた彼女は、満足したようで眠そうに欠伸をしながら答えたのだった。


「ですよね?少尉は昔から呆けているというか頭が足りないというか」


 思いっきりカーマが同調していた。火に油である。


(くそ、この先生に聞くのが間違いだった…)



「えーと、ノイ先生は特殊捜査室でしたっけか。行かなくていいんですか?」


 俺は少しでも話を逸らそうと話を振った。


「おっと!忘れていた…。ミナスの奴に報告しなきゃいけないことがあったよ」


 急用だったのを思い出したのか目を見開き立ち上がった。


「ついでになんだ。君たちも特捜に来たまえよ」


「え?」


 思ってもない提案だった。一度ミナス中将に誘われたのを断った手前行きづらいなという気持ちがある。


「特捜室にはそこそこ金を置いてるからこの服と食事代も返したいしな!…布切れは返さんがな」


 ジト目で布の事を言ってきた。余程気に障るものだったらしい。


「だ、大丈夫ですよ。そんなに高価なものでも無いですし」


 服を探し買ってきたカーマが遠慮がちに断っており俺としては応援するスタンスを取る。


「そうっすよ。気軽に受け取ってください」



 追従する形で言葉を重ねた。その二人の言葉にノイ先生は首を捻り迷っている。いいぞこの調子だ。


「いや駄目だ!ノイは上官だからな、奢るならまだしも奢られるなど言語道断なのだよ!」


 どうやら失敗したようだった。彼女の中には上司センサーに触れてしまいこれ以上断っても面倒だし好意に甘える形となった。


「「わ、分かりました」」


 結局カーマと二人してそんな言葉を出すのがオチである。


 現在俺たちがいた場所であるカラマラス区から暫く先に特殊捜査室があるようで魔動車にて移動していた。



 魔動車は、人間の魔力を動力源にして起動するため少し疲労してしまうが走るよりは遥かに楽であるため軍人はかなり重宝している。


 ただ魔動車は個人所有をするにはあまりに高額なためレンタル店を活用するのが常である。


 これを所持できるのが男の夢だったりする。


 俺は、少し不慣れながらもハンドルを切り目的とする場所へ向かっていた。特に会話は無いが居心地が悪い訳ではなくこの空気を好んでいた。


「そうだ、クーナレドよ。ホムンクルスの件を知っておるか?」


 唐突にノイ先生が訊ねてきた。


「知らないですね。カーマはどうだ?」


「すみません。私も心当たりが無いです」


 どうやらカーマも知らないようで申し訳無さそうな声色をきていた。


「そうかー。王都の軍ぐらいにしか噂は流布されていないんだな」


 全く話の内容がつかめない。


「何なんですか?それ」


 無知なのは仕方ないとして掘り下げることにした。ホムンクルスという単語も少し興味をそそられるものであったから。


「ロージランド王国の国境付近で民間人がホムンクルス、人造人間の研究をしており遂に完成したという噂だよ」


 人造人間。魔術を嗜む上で一度は考えたことのあることだ。魔法使いが扱う魔獣のように魔術師でも使役獣を用いることはそう珍しくない。


 だが人間となると話が別である。あまりにも神に叛逆しているようで世で憚られる技術だと思う。


「上層部は何してるんですか。本当だとしたら禁術も良いところでしょう」


 当然ノイ先生も考えついているようで嘆息を溢していた。


「彼らも切羽つまってるのだろうな。利用できるものを利用したいって話だよ」


 嫌な話である。だが合理的でもある。ホムンクルスという魔術がどういうものかは分からないが、強力な武器として存在するなら魔法使いにも対抗できるかもしれないのだから。それを自分の手を汚さずにすむなら幸運であろう。


「一般の人たちもただ蹂躪されるばかりで恐れ続けるのは嫌うでしょうからね。そんな研究をしてしまうのも仕方無いですよ」


 カーマは少し同情した見解を持っているようだ


 とても軍に頼りきれたものでもない現状だ。民間人の気持ちも否定出来ないのが辛いところだ。


「あ、でも噂でしょう?」


 そうだ、これは噂だ。信憑性は乏しいのではないだろうか。


「火のない所に煙は立たないのだよ。それを今からミナスに報告してくるのだ。」


 どうやら現実の話であるようだ。


「やれやれ、この世界は本当に残酷なものだ。だからギャンブルでもして逃げたくなる」


 そんな複雑な気持ちがあんな行動をさせたのかと気付き俺は痛ましい気持ちへと変わる。


「ノイ少将」


「なんだね?」


 カーマは質問を投げかけた。


「ホムンクルスとは具体的に何なのですか?」


「…」


 ノイ先生は足を組み顔を下に向く。少しの間重苦しい程の沈黙が流れる。


 ようやっと口を開くとその質問に答えるのだった。


「ホムンクルスは少女の死体を使うんだ。それに魔術回路を組み人外の化け物へと化す技術だ。調べた所何人もの年端のいかない少女が殺され実験体に使われた形跡があった」


 それはあまりにも衝撃的な内容だった。



 どうやら俺が想像していたよりも遥かにこの世界は壊れていたらしい。

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