第11話少女

 ある日の事、カーマが本部に連絡を行なっている間暇だった俺は郊外を少し離れた野原を散歩していた。


 それは気持ちの良い昼下がりで最近心が荒みがちだった状態を緩和するのに最適とも言える。だが、ふと横を見ると下着姿で大の字に寝ている少女を目撃した瞬間にその淡い日常は掻き消されてしまうのであった。


(え?何事?)


 思わず戸惑いを隠せず動けずにいる俺であった。それは客観的に観察すると下着姿に欲情し凝視している男性とも言えるかもしれない。


「何を見ている変態」


 当然凝視した先の少女もそう思考するのも当然であった。


「ち、違うんだ!変態とかではない!ホント、マジで」


 自身の潔白を晴らすために口もたどたどしくなりなごら大袈裟に身振り手振りを添えた。


「いや怪しすぎるだろ、お前」


 大の字を維持しながらこちらを見つめ責めるような視線を送る。


「い、一体どうしたんだ?こんな所でそんな格好危ないだろ」


「心配するフリして話変えたな?」


(変えてない、変えてない)


 依然不審感を帯びた眼差しを変えない少女に心の中だけでも否定するスタンスを取ってしまう。


「非常に難解かつ複雑で緻密に練られたストーリーがあるので長くなるが良いか?」


「もしかしたら力になるかもしれないからな、聞かせてくれよ」


「ギャンブルで下着以外の全財産失ったのだよ」


「短いな…」


「悪かったな」


 一切の表情を変えずに言われたものでギャグ感満載だ。


「というかお前未成年だろ?いいのかよ賭博なんてして」


「は!?誰が未成年だ!」


「うっわ、こわ」


 大の字を保ったままに顔だけ動かして睨みついた。狂気としか言いようがない。


「ノイはお姉さんだからこれから尊敬の念を込めて敬語を求める!」


 一切この少女の独特のノリに付いていけず、半ば珍獣と接するような感覚へと至ってしまう。



「分かりましたよ。これで良いでしょう」 


色々と面倒くさそうと判断して適当に従うことにしたのであった。


「その反抗的な態度は気にくわないが了承しよう」


「はいはい」


「よし」


 少女はわりかし満足そうな顔をしていた。意外にチョロいのか。



「では、子分のお前に任務を提示しよう。この姿はいささか恥ずかしいので服を買ってきてくれ」


 いつの間にか子分にされていた。


「え?」


「勿論、お前の金でな」


「は?」


「ノイは一文無しなのでな。後はわかるだろう?」


「…」



 無駄に偉そうかつ威圧感だけは一丁前に放つ少女に呆れながら服を買いに街へと向かうのだった。


「貴様、ふざけているのか?」


 開口一番怒気をはらんでそう抗議した。


「ちゃんと買ってきたじゃないですか」


 若干目線を逸らしつつ応対をすることにした。


「布切れ一枚のドコが服だとそう宣う事が出来るか!」


(ですよねー)


 少女は、白い布に包まれていた。その姿はまるで雪山で遭難した様に酷似している。


 ただ少し違うことは、その布の下は下着姿であることと微妙にサイズが小さかったためか立ち上がると太ももどころか少しパンツが見え隠れしてしまうことか。 


「こんなの痴女以外の何物でもないわい!何で普通の服を買えないんだよ!」


 顔を真っ赤にして胸ぐらを掴んでくる少女に、少しの罪悪感を感じてしまう。


「実は女性用の服を男一人で買うのが恥ずかしくてつい近くにあった布を買ってしまいました」


 正直に言おう。きっとこの素直な姿を見せれば優しい一言でも返してくれるのだろう。


「そうなのか、なら仕方がないか」 


 ほらこんな風に。人間は言葉によってわかり会えるものなのだ。



「とはならんだろ普通。お前のしょうもない羞恥心でこのノイが奇天烈な格好を許すものか!」


「だよなぁ」


「はぁぁぁぁ」


 物凄い勢いの溜息を溢していた。


「んぁ」


 それと同時にけたたましい程の音が少女の腹部から鳴り、少女は思わず可笑しな声とともにお腹を抑えていた。


「空腹なんですか?」


「見れば分かるだろうが」


「どちらかというと聞けばな気もしますけどね」


「あ?」


 俺の戯言にすぐさまメンチを切る。余程お腹が減り機嫌が悪いようだ。


「じゃあ何処か飯屋にでも行きますか」


 さて、この近くに食事処はあったかと記憶を探る。


「おい待とうかお前」


 探っている最中、ドスの効いた声で語りかけられた。


「なんすか?」


「お前、この格好が見えないのか?常識的に考えて捕まるぞ」


 その姿は先程から変わらずの変態的な布切れを纏いし者であった。


 こんな風貌で飯屋に行こうものならとんでもないだろう。料理を口に運ぶ度に布切れの隙間から肌が露出したり、そもそも足など丸見えに近いためそれはもう犯罪と呼称しても一切問題ないだろう。


「また新しい服買ってきます」


「当たり前だ。頼んだぞ」


 これから女性服を扱う店に一人行くことを想像して憂鬱になりつつある事を思い出す。


「そういえば自己紹介してませんでしたね」


「今更だなぁ」


 本当にその通りである。



「俺は魔術軍部のクーナレド・アシュレス少尉です。よろしく」


「!お前あの時の…」


 少女は目を丸くして驚いていた。どこかで会っていただろうか。



「えっと、貴方は?」


「おっと悪い。コホン」


 少女は咳払いをしてかしこまるように背筋を伸ばしていた。



「私は魔術軍部特殊捜査室所属ノイ・リーグマン少将だ。さて、2年前の怪我は如何ほどで?」


「少将!?それに2年前の怪我…。何でそれを」



 この年端もいかなそうな少女が将校クラスなのに驚愕するのと並んで2年前の怪我といえばナーランド市街地戦が想起される。



「君は、あの時考え事をしてか上の空だったから覚えてないのだろうが当時ノイが主治医をしていたのだよ」


「…、一切記憶に無いな」


 確かその時は痛みでほぼ寝たきりの上、やっとマトモに行動出来そうな時にカーマの転属の知らせを聞いて呆然としていたのだ。


 とはいえ、こんな特徴的な先生が相手なのによくも覚えてないものだ。自分に呆れてしまう。



「全くー。君は治っていないのに突然病室からいなくなりおって!とても心配していたのだぞ?」


「たはは、すいません」


 気に懸かりすぎて居ても立ってもいられなくなったんだよな。結局、カーマにはそれから一年半会えない事になるのだけれど。


 まあ、今はカーマに再開できて良かったものだ。


「少尉?」


 思わずカーマの声が幻聴として聞こえてしまう。そんなことはありはしないはずなのに。


「少尉」


 今度は、強く聞こえた。おかしいなと思い振り返るとそこには幼馴染であり相棒のカーマがいた。


 その調子のまま挨拶しようとしたが体が硬直してしまう。


 こんな誰もいなそうにない原っぱでほぼ半裸に近い布切れを着た少女との密会は色々とヤバイ状況ではないかと思い至る。


 全くやましい事は無いはずなのに滝のような汗が吹きでる。


「少尉、何してるんですか?」


 恐る恐るカーマの顔を覗くと、そこには慈愛にも似た微笑みを浮かべた彼女がいた





 ならばどれ程良かっただろうか。  

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