第42話陽炎
「ありえねぇよ、こんなの…、一瞬で俺たち3人の魔法を防ぎやがった!」
あまりに衝撃的な光景だったのか、敵の魔法使いは開いた口が塞がらないという状況であった。
「何なんだ一体!」
そして、ぞろぞろと他の部屋から集まってきたと思しき仲間が集結してくる。
(敵は7人。後一人はいないのか?)
下っ端の風体の魔法使いと言えど、数で言えば7人もいる。
しかし、ローマリは動じない。
その理由は一つだ。ローマリにとって7人の魔法使いなど雑魚に等しいのだから。
「怯むな。アイツが攻撃する前に先制しろ!」
「了解、俺が行く!」
集団の中の一人が一歩前へと出る。
「ミス・ディレクション!」
その魔法を唱えると途端に、その者の影は塵一つなく消え失せる。
「死ねぇ!」
敵の魔法の正体は、「瞬間移動」であった。
瞬きの一時すら許さない一撃。
点と点が繋がり線となる、といった自然の摂理に反した異法の術だ。
このような魔法は使われてしまえば一介の魔術師など為す術もなく…。
「残念、ハズレだ」
「は…?」
魔法使いの斬撃により致命傷を受ける。その場の誰もがそんな予想を抱いていたが、どうやらローマリ以外は不正解のようだ。
「あ、ああああ!!」
剣がローマリに触れた瞬間、そのローマリと思われた姿は鈍く歪む。
「陽炎かげろう:蜥蜴とかげの尻尾切り」
先程まであったローマリの正体はなんと炎の塊でしかなかった。
「熱い、熱いぃぃぃ!!」
そんなものに触れてしまえば剣を伝い、本体に延焼するのは理ことわりでしかない。幼き子でも分かる理屈というものだ。
「まず一人」
「あ、あれが幻だと…」
「明らかに人間だったろう」
仲間が死んだ。その事実以上に化け物じみた業を見させられた魔法使い達は、精神的ダメージが大きかった。
(こんな奴に勝てるのかよ)
そんな一文が大なり小なりといえ、浮かばずにいられなかった。
「もう終わったな」
ローマリは、消え入りそうな声でそんな一言を呟いた。これはまさに真理ともいえるし、未来予想図でもあったのだった。
「あ、あああ」
一人目。
「がぁぁぁ!!」
二人目
連鎖的に悲鳴をあげていく魔法使い達。ある者は頭を抱え、ある者は体を全身で抱える。
「分からない、分からない、一体どうしたのと言うのだ!」
その身に何も起きていない者は、その異様な状況にただ動揺するしかない。
それもそのはずだ。
今異常をきたしている人間は一切の無傷なのだから。突然一人で喚き出した、何も起きていない者はそうとしか判断出来ないのだ。
「これは…!あ、ぁぁぁ!」
その何も起きていない者すら数秒後には同じ状況へと陥る。
「呆気ないな」
しまいには、この場の7人の魔法使い全員がほぼ戦闘不能に陥った。これならば、ローマリが溜息混じりに不満を漏らすのも納得だろう。
「陽炎:幻炎侵食…。思ったよりも効いてるな」
どんな事象であれ原因があり、理由がある。このカオスとも言える状況にももちろん理由がある。
それはローマリの業であった
「とりあえず殺そうか」
ローマリは、軽く剣を振るう。そうすると、剣から満ち溢れた炎が前方へ蛇のように進み、敵全員の心臓を掠めた。
これだけで絶命。あまりにも簡単すぎる殺人方法である。
「さて、最後の一人を始末するだけだ」
ローマリは、死体にはまるで興味ない風体でズカズカと歩を進める。だが、次へ繰り出そうとした一歩はある要素により封じられてしまった。
ぱちぱちぱち
乾いた音が前方より遠くから聞こえてきたからだ。それとともにカツカツと革靴の類から発せられるような音まで聞こえる。
「見事なり。
「誰だ」
「吾輩としたことが紹介が遅れてしまったようだね」
「早く言え」
芝居かかった口調に少しローマリは苛立ちを覚える。
「はじめまして。吾輩は魔法機関上級フォーツ・クラス、ジレイオン・ライファーである。どうぞお見知りおきを」
ローマリの前に現れた男は、自己紹介とともにシルクハットを胸に置き、姿勢良く頭を下げた。
次に、頭をあげ顔を見せた。
その男の髪は灰色じみた白色で、また顎と口の上に付いた髭も髪と同様の色合いであった。目元や口元は、深いシワが刻み込まれおり、言い方を悪くすればしなびた顔とも言える。
服装を見ると、シルクハットに派手な紳士服に白い手袋、手にはステッキを持っている。まるで物語に出てくる怪盗のような風貌である。
最後にローメリの経験から言えることとして、これまで彼が出会ってきた魔法使いの中で、目の前の男は最高齢であることは分かった。
「何をボーっとしてるのかね。君も自己紹介をしなさいな、それが礼儀というものだろ?」
紳士風の男、ジレイオンはまるで孫を相手するかのように口の端を歪ませ笑って見せる。
「…ローマリ・グレイシス少佐」
敵とは思えないような態度ばかり取る魔法使いにどうして良いか分からず、ローマリは吐き捨てるように喋ることにした。
「やれやれ、愛想が足らんなぁ。まあそれも個性である、吾輩は許容しようぞ」
「…」
相変わらずの冗談めいた口調に、ローマリは殺気が緩んでしまうのを気合で耐えるのであった。
「しかし、吾輩の部下を篭絡した先程の業は中々に見事だったぞ」
「え?」
「まず一人目を予想外の一手で殺す。その様子を見た者たちを動揺させ、その隙を付け入るように幻術ではめる」
ジレイオンは、種明かしをするかのように陽気に語りかけてくる。
「心が弱れば何事も悪く見たがるのが人間である。その性質を最大限活用する戦術。非常に見事であると言えよう!」
「なんなんだ、あんたは…」
つらつらと語る様子は、何か感動的な劇を見たかのようで、ついさっき仲間が全員殺された後とはとても思えない。
(まさか…)
ローマリは、その様子からある仮説が思いつく。
「まさかあんた…、部下を犠牲に私の能力を盗み見たな」
「クフフ」
先程の優しげな笑みはどこへやら、ジレイオンは悪役も真っ青の不敵な笑みを浮かべる。
「ご明察だ、少年よ!吾輩は部下たちのように簡単に殺せぬぞ、覚悟せよ!」
まるで底がつかない無限の沼かのような存在に対して、ローマリは久々に汗を一筋垂らすのであった。
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